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自然社会と富社会


Natural Society and Wealthy Society


富と権力


Wealth and Power
     古今東西   千年視野                                          日本学問   世界光輝
                  
                                     
                                     


                                       第二 AIロボット開発の諸問題 

 こうしたAI開発をめぐるこの競争が環境問題・難病問題の解決にとどまっているならば、人類に深刻な問題をなげかけることはなかったであろう。しかし、GNR革命、AI開発によって、人間の自然知能が人工知能に凌駕され、人類が踏み込んではいけない問題領域に踏み込み出してゆくならば、人類は、軍事、経済、法律、自然宇宙循環など、あらゆる分野で途方もない新たな大問題に直面することになるであろう。つまり、後述の既存諸問題を解決しないまま、人類は従来とは「異質」な 新たな大問題を抱え込んでしまうということである。

                                       1 人間のロボット観 

                                          @ 人工知能

 
ここで、グーグルが創業当初から目指していた人工知能の定義・研究史を振り返っておこう。

                                         a 人工知能の定義 


 1956年に米国ダートマス大学でコンピュータ科学者、、情報科学者らが「知的なマシン」の作り方を話し合って 以降、「『人工知能』という情報科学の新しい分野が登場」し、研究者は、「人間の思考を模倣あるいは再現するプログラムを生み出すことを問題にするようにな」ったが、未だ「自律型ロボットは、人工知能プログラムを『回す』コンピューターがコントロールする身体としてしか考えられていなかった」(フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』34頁)のである。

 1969年、「ワシントンDCで、第一回の人工知能国際会議(IJCAI[International Joint Conference on artificial Intelligence])が開催され」て、人工知能が「学問の一分野として認められた」(三浦宏文『ロボットと人工知能』岩波書店、2002年、D頁)。

 現在、人工知能の定義は多様だが、 スタンフォード大学人工知能研究所長のセバスチャン・スラン(Sebastian Burkhard Thrun)は、人工知能とは機械が「複雑なことを理解し、適切な決定を下す」能力とする。この定義なら、「情報を察知し、それに基づいて行動する、反応型知能」、「以前の情報から何が起きるかを予想し、事前に行動する、予測型知能」、「情報パターンを認識し、問題の新たな解決法を考案する、創造型知能」など「様々な種類の知能」を想定することが可能になる。この結果、研究者は、「従うべき何百ものルールに行動を分類する『エキスパートシステム』のような高度なAIから、人間の脳を真似た神経回路網のような『進化する』もしくは『自ら学ぶ』AI、絶えず自己研鑽する遺伝的アルゴリズム」まで、「あらゆる種類のAIの開発に取り組んでいる」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』118頁)。

 小林雄一氏は、「一般にAIとは『見る、聞く、話す、考える、学ぶ』など、人間が持つ様々な知的能力を、コンピューターやロボットなど各種マシンの上で実現する技術」とする(小林雅一「AIとは何か?その歴史と今注目される理由、今後の展望」[『人工知能ビジネスーなぜGoogle、Facebookは人工知能に莫大な投資をするのか』日経BPムック、2015年10月])。

 
楽天役員森正弥氏は、「人工知能とは、人間の脳が行う知的作業をコンピューターで模倣したソフトウェアやシステムのことであり、具体的には、環境や物体の認識、人の使う自然言語の理解や論理的な推論、経験からの学習を行うプログラムの事をさ」(森正弥「EC(電子商取引)への機械学習の応用を読み解く」[『人工知能ビジネスーなぜGoogle、Facebookは人工知能に莫大な投資をするのか』日経BPムック、2015年10月、108頁])すとする。


                                  b
 欧米の人工知能研究史 

 第一次ブーム 1940年代に計算機が開発され、「人間の知能や機能を模した機械を作りたいという願望」が芽生えだした(長田正『ロボットは人間になれるか』166頁)。そこで、電子計算機の開発当初から、「計算機に本来の役割である数値計算以外に人間の思考プロセスを実現させようとする試み」が種々行われだしたのである(長田正『ロボットは人間になれるか』47頁)。

 1957年、米国心理学者・コンピュータ科学者フランク・ローゼンブラットは、出力層と入力層という二層だけからなるパーセプトロン(初代ニューラルネットワーク)という「初歩的なパターン認識」を開発した。こうして、1950年代には、「多くのAI研究者は、ニューロンをシミュレートして、脳の動きをシミュレートすることに熱中し」、「とくに、言葉や記号を基礎にして、プログラムを進めた研究者は、ものすごい進歩を遂げ」、「そのため、AIの中心課題が少しずれてきてしまった」(K・エリック・ドレクスラー『ナノテクノロジー 創造する機械』116頁)のである。そこで、米国のAI科学者マービン・ミンスキーは「パーセプトロンは排他的論理知(のような簡単な問題)も理解できない」としたため、「ニューラルネットワークの熱狂的ブームは一気に冷」え込んで、1960年を迎えた(小林雅一「AIとは何か?その歴史と今注目される理由、今後の展望」[『人工知能ビジネスーなぜGoogle、Facebookは人工知能に莫大な投資をするのか』日経BPムック、2015年10月])。

 1960年代以降、「コンピュータ科学(情報科学)だけでなく論理学、言語学、心理学、認知科学、経済学など、さまざまな領域の第一線で活躍する研究者」がAI研究をリードすることになった(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』87−8頁)。つまり、,「単刀直入に人間の知的行為を実現しよう」として、「記号処理型のAI」あるいは「ルールベースのAI」が勢いを増した。「各種の記号とルール」を「コンピューターに移植するというアプローチが、実践的な人工知能を実現するうえでももっとも手っ取り早い方法と考えられた」(前掲小林雅一「AIとは何か?その歴史と今注目される理由、今後の展望」)のである。

 特に、アメリカでは、東海岸のMIT、西海岸のスタンフォード大学で人工知能研究が積極化した。つまり、MITは、1963年に計算機研究のマック・プロジェクトの一つとして「人工知能に関する研究」を取り上げた(長田正『ロボットは人間になれるか』170頁)。1970年マック・プロジェクトの「人工知能に関する研究」部門が独立して人工知能研究所(AI Lab)となり、「人工知能や知能ロボットの研究が本格的に進められ」「シーン解析(画像認識)や自然言語処理」などが研究されたた(170頁)。

 スタンフォード大学やSRI(Stanford Reserach Institute)は、1968年に「手、眼、耳をもったコンピューター」(A computer with hands,eyes,and ears)発表した(長田正『ロボットは人間になれるか』171頁)。スタンフォード大学の「ロボットシステムは、油圧式と電気式の2本のマニュピュレーターをもち、簡単な音声命令を認識理解し、テレビカメラ入力情報を解析して対象物の識別と位置・姿勢の計画を行い、簡単な作業を実行する能力を持っていた」(長田正『ロボットは人間になれるか』171頁)。

 一方、SRIは、「各種のセンサーを備え、単純な室内環境のモデルを構築しながら各種の作業を実行することのできる移動ロボットを開発中」であった(172頁)。1970年代、この移動ロボットは「汎用問題解決システムであるストリップス(STRRIPS;Stanford Research Institute Problem Solver)を装備」し、「自ら考える能力を有」し道具で「複雑な作業を成し遂げる」というシェーキィ(Shakey)として再登場した(長田正『ロボットは人間になれるか』173頁)。

 英国でも、1960年代から、エディンバラ大学の人工知能研究グループは研究を始め、1970年代に「知能ロボットの具体的な研究成果が発表」(長田正『ロボットは人間になれるか』173−4頁)。

 こうして、英米では、1970年代には、「まさに、人工知能研究の隆盛が始まった時期」(第一次ブーム)であり、「LISP(人工知能のために開発されたプログラミング言語)が広く普及し、研究分野も、推論による問題解決、ビジョン(視覚情報処理)、自然言語処理、知識工学など、・・主要なテーマであり続けているものが出揃」い、「知能ロボットの研究が、人工知能に関わりの深いものと認識されて、この時期から盛んになった」(三浦宏文『ロボットと人工知能』岩波書店、2002年、D−E頁)。つまり、1970年代から1980年代にかけては、「簡単な数字モデルにもとづく演繹推論の方式が提案され」、「定理の自動証明、計画の自動作成、問題の自動解決、自動プログラミング、学習などが次々と論理推論、論理処理の枠組みで進められ」、「自然言語処理、画像理解、音声理解の研究や知識ベースの構築・利活用の研究など」(長田正『ロボットは人間になれるか』48頁)が人工知能研究としてなされたのである。

 日本でも、1970年10月、電子技術総合研究所(現・産業技術総合研究所)、日立中央研究所がそれぞれ「知能ロボットに関する実験」を公開した(長田正『ロボットは人間になれるか』168頁)。前者の電総研研究の特徴は、「ロボットに通常の画像情報処理機能に加えて色識別の能力をもたせたこと」、「視覚情報を利用することにより桝の中に四角い積み木を挿入するという、視覚フィードバックの機能を世界で初めて実現したこと」であったが、マニュピュレーターには力センサーが装着されず、「力制御を実行することができず、微妙な作業を行わせることは難しかった」。1983−1992年、電総研は機械技研(現・産業技術総合研究所)と協力して、極限作業ロボットプロジェクトを主導した。後者の日立中研の実験は、「テレビカメラで読み取った設計図面を解読して簡単な積み木構造物をマニュピュレーターを用いて組み立てるというもので、三角画法で描かれた図面から構成要素の組み合わせを解読し、組立作業の手順を導出するという、人工知能の研究色の強いものであった」。以後、日立中研は、「視覚を利用した半導体自動車組立装置や自動検査装置および触覚利用の自動はめ合い装置」などの知能ロボット応用製品を世界に先駆けて世に送り出した(長田正『ロボットは人間になれるか』168−9頁)。

 こうした人工知能研究の目的は、「人間の知的な操作あるいは思考過程を、機械(大抵の場合は、コンピュータを中心に置くシステム)に行わせようとするもの」で、「行わせた結果を、われわれの日常生活、社会生活や工業生産の場などに実用的に役立てよう」し、一方、「その方法論が人間の脳における情報処理の一面をよく模擬しているものと考えて、科学的な脳研究に役立て」ようとした(三浦宏文『ロボットと人工知能』岩波書店、2002年、2頁)。まだ脳科学の研究成果を人工知能に応用するという視点はないのである。

 だから、1968−72年に、上述の通り、スタンフォード研究所が「自律型ロボット」シェーキーを造ったが、当時、「シェーキーのようなロボットはたくさんあったが、どれも重く、反応が鈍かった」(フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』34頁)のである。その結果、1999年後述のようにエンターテインメント(或いはペット)・ロボットが東京で生まれるまで、こうした鈍い「自律型ロボット研究は・・40年近く停滞」することになった(フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』39−40頁)。

 第二次ブーム 1980年代、「人工知能研究の成果が実用化される可能性が見えてきて、米国では、多くの企業が人工知能市場に参加し始め」、「エキスパート・システム関係(データベースの中から、カスタマーが欲しい情報を効率よく検索するシステム、あるいは、そのようなシステムを構築するためのソフトウェア)、自然言語処理システム、視覚認識システム、音声認識システム、人工知能用プログラミング言語、人工知能用コンピュータ(たとえば、LISP言語を高速で処理するLISP Machine)」などがその市場で扱われる商品となった(三浦宏文『ロボットと人工知能』2頁)。「こうしたシステムで知的業務を自動化することによって、各分野の専門家に支払う人件費を節約」(前掲小林雅一「AIとは何か?その歴史と今注目される理由、今後の展望」)しようとしたのである。こうして、1980年代「AIは低迷期を脱して、第二次の世界的なブームを迎え」、「従来の『記号処理型の方式』を踏襲しつつ、各界の専門家の知識やノウハウといったものをコンピュータに移植して開発された『エキスパート・システム』と呼ばれるAIが主役を演じ」たのであった(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』90頁)。

 1985年、第九回人工知能国際会議がロスアンゼルスで開催され、「世界中のジャーナリズムが人工知能ブームと大騒ぎし」、5500人もの研究者らが参加した。J,マッカシー(LISP言語創始者の一人)は、講演で、「常識をいかにしてプログラミングするかが人工知能の中心課題である」とし、研究者は1万個から一千万個の事実をデータベースとして集めて常識を作ろうとしているとした。三浦氏も「常識と人工知能の関係は、最も重要で、本質的な問題である」とし、「結局は、常識をロボットに持たせられるのかどうかというところに行き着く」とした(三浦宏文『ロボットと人工知能』3−4頁)。こうした「認識論」にとどまっていたのが、この時期の人工知能研究である。

 やがて「あまりに商業主義に走りすぎた人工知能関係企業が、人工知能の限界を漏らし始め、『人工知能の冬の時代』という表現が出たりした」(三浦宏文『ロボットと人工知能』7頁)。人間の専門家なら「柔軟に対処して問題を解決」できるが、「杓子定規のルールに従うAI(エキスパート・システム)では、とても対応し切れない」(前掲小林雅一「AIとは何か?その歴史と今注目される理由、今後の展望」)事がわかったのである。1990年から1993年、日本では、文部省が自律分散ロボットシステムが重点領域研究に指定し、「知能の具現化がいかに困難であるかが次第に明らかにな」り、「正面切って知能ロボットの研究を謳うことにためらいを感じる研究者」もいて、1995年から1998年「感覚と行動の統合による機械知能の発現機構の研究」という名称のもとに「全国の大学のロボット研究者五十数名が参加」した(長田正『ロボットは人間になれるか』176頁)。

 こうして、1990年代末、人工生命(artificial life)の研究なども「やりつくすところまで来」て、「想定した以上のところまでなかなか飛躍できないという閉塞感」が漂い始めた(岡田美智男『弱いロボット』医学書院、2012年、39−40頁)。「じっとしているロボット」もあってもいいのではないかということから、1999年暮れに「目玉のような」、「柔らかな」、「乳児らしい」、「ヨタヨタしている」「むー」が登場した(岡田美智男『弱いロボット55頁)。

 統計・確率的な手法の登場 1980年代、コンピュータ科学者ジュディア・パール(カリフォルニア大学)は、ベイズ定理(事前確率を実験・観測・測定などでより正確な事後確率へと改良する)を使って、「統計・確率的な考え方」をAIに持ち込み、「種々な物事の因果関係を確率的に記述するネットワーク」、つまり「ベイジアン・ネット」を考案した(前掲小林雅一「AIとは何か?その歴史と今注目される理由、今後の展望」)。

 1990年代、これは、「インターネット上にWWW(world wide web)が登場する」と、勢いをました。カリフォルニア大学・スタンフォード大学などでは、「バール氏賀先鞭をつけた統計・確率的なAI手法」が教えられ、グーグル、マイクロソフトなどで活用された(前掲小林雅一「AIとは何か?その歴史と今注目される理由、今後の展望」)。

 これは、あくまで「単なる数値計算から割り出された対照関係や統計的パターンを認識しているにすぎない」のであり、これに対して、@「この程度のものが果たして本当に人工の『知能』と」は呼べない事、Aこれでは、自動運転車への衝撃物の実態までは区別できない事などと批判された(前掲小林雅一「AIとは何か?その歴史と今注目される理由、今後の展望」)。

 新地平の展開 一方、1990年代には、「計算機内部の論理操作や知識データベースの処理だけでは、知能の本質に迫ることができ」なくなり(長田正『ロボットは人間になれるか』59頁)、「入力、出力層の間に『隠れ層』と呼ばれるレイヤーを幾重にも重ねた多層」の新しいレベルのディ―プラーニングという「ニューラルネット―ワーク研究が盛んに行われ」、「これまでとは少し異なる人工知能の側面が現れ始めた」(三浦宏文『ロボットと人工知能』9頁、前掲小林雅一「AIとは何か?その歴史と今注目される理由、今後の展望」)。

 2006年、脳科学の研究成果が積極的に取り入れ始めた。つまり、ジェフリー・ヒントン(トロント大学)は、「大脳視覚野の認識メカニズム」などの研究成果をニューラルネットワークに導入し、画像・音声認識の能力を向上させた(前掲小林雅一「AIとは何か?その歴史と今注目される理由、今後の展望」)。

 さらに、「本格的な普及期に入ったインターネット」がこれに大きく寄与し、「当時のAI研究者たちは、ウェブ上に存在する大量の文書や音声・画像などのデータ、いわゆるビッグデータをコンピュータを読み込ませ、これらを機械学習で消化することによって音声や画像の認識精度、あるいは自然言語処理などの性能をどんどん向上させてい」った(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』95頁)。この結果、「パターン認識への人工知能の利用」がなされ、先ず文字認識で「比較的うまく実用化に成功」したが、「より広い範囲で利用が要求されているのは、画像認識である」(三浦宏文『ロボットと人工知能』27−8頁)ということになった。2012年、グーグルは、こうしたディ―プラーニング手法の導入で音声認識・画像認識を飛躍的に向上させた(前掲小林雅一「AIとは何か?その歴史と今注目される理由、今後の展望」)。

 このように、AI研究の歴史とは、情報研究と脳科学研究との相互作用の歴史でもあり、ブームと衰退の繰り返しであり、「私たち生物の脳の仕組みに接近しては離れるということの繰り返しだった」(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』80頁)のである。


                                     A ロボット観


 本田幸夫氏は、ロボットとは、「コンピュータによる知能処理をはじめ、アクチュエータ、コントローラ、センサー、バッテリー、通信、プロセッサーなど多岐」な構成要素からなる、「組み合わせ技術」(本田幸夫『ロボット革命』138頁)とする。長田正氏は、「ロボットは人間に似た知能と機能を備えた機械であり、その特性は『何でもできること』、つまり汎用性もある」が、「世の中には汎用的な機械は存在せず、経済性や効率を求めると、どうしても専用機に落ち着いてしま」い、「実用化を目指すとたちまちロボットではなくなってしまうという不思議な存在」であるとする(長田正『ロボットは人間になれるか』PHP研究所、2005年、5−6頁)。

 だが、ロボットの定義は、「曖昧で、ここからがロボットという線引はない」が、一般には、「人の代わりに作業する機械」、「自律して判別・判断して行動する機械」、「センサーやカメラ、マイクなどから得た情報を解析して、マイコンやICチップ、あるいはコンピューターで制御する機械などをロボット」としているようだ(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』日経BP社、2015年5月、42頁)。

 そして、AIロボットについては、『ロボット白書』によれば、「ロボット技術を活用した、実世界に働きかける機能も持つ知能化システム」、「センサー、知能・制御系、駆動系の3つの要素技術を有する、知能化した機械システム」ということになる(本田幸夫『ロボット革命』137−8頁)。

 こうして、戦後、世界でAIロボットが造られ始めたが、ロボットに対する考え方が、欧米とアジア、特に日本では異なっていた。

                                   a 欧米のロボット観

 ここでは、西洋でのロボット観を瞥見しておけば、西洋では、「神のみが、みずからの似姿を創造でき」、「神は、人間の技術を超える秘密を握」っているとされている(フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』208頁)。西欧文明の源流たるメソポタミア文明では、神のために労働するべく人間は泥からつくられたものでしかなかった。キリスト教では、アダムとイブの原罪から、人間は労働を罰として余儀なくされることになった。欧米では、労働は人間への罰なのであり、故にこの罰から解き放たれるために、人間労働を代替するロボットが「肯定的」にみられる傾向があったともいえよう。

 従って、奴隷視されるロボットは、それを不満として、人間を凌駕し、人間にに反乱することもありうることになる。欧米では、「ロボットは敵対する存在や、人間を凌駕する脅威として描かれているケースが目立」ち、「人間を凌駕する能力が脅威として描かれていることが多い」(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』日経BP社、2015年5月、45頁)のである。

 西洋では、AIロボットは、人間労働を代替する「奴隷」的存在であり、日本のように人間の精神的慰安となる存在とか、人間と共生する存在とかいう発想はでてこないことを確認して、日本のロボット観を次に見ることにしよう。


                                    b 日本ロボット観の基調 

 日本の伝統的ロボット観 日本では、欧米のように人間労働の処罰観はなく、かえって労働は苦しいがゆえに生き甲斐であり、人間性を磨くものという考えも芽生えた。だから、日本では、労働を代替するロボットは、奴隷ロボットではなく、共生ロボットと「肯定的」に受けとめられることになった。カブランは、適確に、日本では「自然と人工が連続した一種の玄妙な織物をなしており、両者は対立することはない」とする((西垣通「和製ロボット考」[フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』295頁])。そういうこともあって、「生活を支援するサービスロボットの技術開発と実用化」が日本政府の成長戦略になっているのである(本田幸夫『ロボット革命 なぜグーグルとアマゾンが投資するのか』祥伝社、2014年、7−8頁)。

 カブランは、「エンタテインメント・ロボットを生んだ日本の文化、さらにそれを温かく迎え入れる日本の社会に対する、一種の憧れと共感」を抱き、「ユダヤ=キリスト教の宇宙観に発」する、西洋ロボット観を批判するのである(西垣通「和製ロボット考」[フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』291頁])。

 サービスロボットの盛行 こうしたこともあり、日本では、1960年代の産業用ロボットブーム、1980年代の第二次産業用ロボットブームを経て、2000年ベンチャー企業による、『遊び心にあふれた」「ソフトウェア」・「情報産業」としての第三次ロボット・ブームとなる(長田正『ロボットは人間になれるか』PHP研究所、2005年、3頁)。産業用ロボットの目的は「従来人手に頼っていた作業の自動化・省力化であり、基本的には、作業の効率化であった」とすれば、ペットロボットAIBO、デジタルペット、エンターテインメントロボットなどの「癒し系ロボット」は、産業的「作業をしないロボット」なのである。以後、「各社から続々とペットロボットの開発、発売がつづいている」(長田正『ロボットは人間になれるか』184−6頁)。

 ロボット犬「プーチ」(2001年、セガトイズ)、「ネコロ」(2001年、オムロン)、「DR−02」(2002年、エポック社)、「ドラえもん ザ ロボット」(2002年、バンダイ)、アザラシ型ロボット「パロ」(2004年、知能システム)がつくられ(長田正『ロボットは人間になれるか』長田正『ロボットは人間になれるか』186頁)、2004年には東大生産技術研究所、産業技術総合研究所が、「民謡『会津磐梯山』を躍る人間型ロボット」HRP-2(154cm、58kg)を発表し、後述のように、ホンダが二足歩行ロボットを発表したのである(長田正『ロボットは人間になれるか』PHP研究所、2005年、4頁)。2005年1月、経済産業省は、ロボット政策研究会を設置し、「次世代ロボット実用化のための安全基準つくりや市場化調査にのりだした」(長田正『ロボットは人間になれるか』PHP研究所、2005年、5頁)。ここに、日本では、「ロボット産業はこれまでの産業ロボット主体から、生活系、ビジネス系、教育系、エンターテインメント系、癒し系、医療看護系、防災・レスキュー系など、身の回りの日常生活に関連する分野へと転換」(長田正『ロボットは人間になれるか』70頁)し始めたのである。政府は、ホームロボットを「高度大衆消費社会の起爆剤」となる事を期待していたかである(長田正『ロボットは人間になれるか』81頁)

 2011年、サービスロボットでは、「特許出願件数では、トップがパナソニックの156件、2位が韓国のLGエレクトロニクスで142件、3位がトヨタ自動車の141件」と、日本が上位10社中で4社を占め、「日米韓独4国のメーカーが入り乱れて混戦」となっている(本田幸夫『ロボット革命』70頁)。ただし、「サービスロボットを開発している日本の企業はパナソニック、トヨタ自動車、ホンダ、テルモなどで、ロボットメーカーでは」ない(本田幸夫『ロボット革命』71頁)。

 これを背景に、日本は、「介護・福祉、家事、安全・安心等の生活分野への適用」をめざした生活支援ロボットについて、2010年12月につくば市には世界初の生活支援ロボット安全検証センターを設置し、2014年2月には国際安全規格ISO13482の発行を受けた。さらに、日本は、こうした「ロボット技術でデファクトスタンダードを取っていくことで「国際競争を制」(本田幸夫『ロボット革命』66頁、『産総研』ニュース)しようとしているのである。

 こうした努力もあって、「脚のあるロボットの研究では、日本とヨーロッパがアメリカをリードし」、ある米国科学者は、「小規模なアメリカの人型ロボット研究開発分野は、外国の研究開発と商品化に圧倒される危険がある」とする(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』350頁)。産業用ロボットでは世界市場(2011年1兆3000億円)の6割を日本企業が占めていて、これを含めれば、「日本は世界一のロボット大国」である(本田幸夫『ロボット革命』68頁)。

 人とロボットとの共生 「ホンダの人間型ロボットやソニーの犬型ロボット(AIBO)の登場以来、人間とロボットとの共生がにわかに現実味を帯びてきた」(長田正『ロボットは人間になれるか』62頁)のである。

 従って、日本では、ロボットを生活サービス支援の手段ととらえて、米国グーグルなどや日本ソフトバンク(後述)のように「ユーザーの情報を吸い上げるための端末」とは見ないのである(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』162頁)。安川電機、ファナックなど産業ロボットメーカーですら、「人と共同作業できる次世代ロボットの開発」や「そのために必要な認識系技術などのAI研究」を怠っていないが、「ロボットを情報端末にする」ことまでは考えていないのである(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』163頁)。

 こうした「『次世代ロボット』と呼ばれる新しいロボットの特徴の一つは、人との共存・共生」(長田正『ロボットは人間になれるか』PHP研究所、2005年、16頁)なのである。


                                       B ロボットの製造

                                     a ロボットと生物学的特徴

 「ロボットの元祖の一つは、(17−19世紀の)からくり人形」であり、日本には弓曳き童子、茶運び人形、ヨーロッパでは各種オートマタが作られた(鈴森康一『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』講談社、2012年、13頁)。世界各地で「生き物の外見や動きを模倣することを目指したさまざまなロボットがたくさん開発されている」(鈴森康一『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』20頁)。

 生物の模倣 「ロボットの概念や研究は、そもそもヒトや生き物の外観や機能を模倣することから始ま」(鈴森康一『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』12頁)り、以後も「ロボット設計者は、ロボットのお手本とも言える生き物の設計に興味を抱い」(鈴森康一『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』3−4頁)ていた。「ロボットのからだも、生き物のからだも、ロボット機構学の立場から見れば、しょせん物体」であり、「ロボットと生き物の動きを支配する『力学法則』が、両者の逃れ難い類似性を生み出してい」(鈴森康一『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』34頁)たのである。

 「生き物のからだの特徴の一つは、からだの表面や内部の微細構造を形成し、これら微細構造を用いてさまざまな機能を実現する点にあ」り、「そこには、ロボット設計者が思わずまねてみたくなる魅惑的なアイデアがたくさん隠されている」(鈴森康一『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』151頁)。生物は、「無数の小さな細胞から成り立って」いて、「工学的に言えば、『分散型メカニズム』」であるが、工学者はこれを真似て、「コンピュータを使って力学解析を繰り返し」、「多様な物質の構成物」たるロボットの「最適形状設計を行っていく」(鈴森康一『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』174−6頁)のである。

 しかし、「組織の再生を可能とする原動力」は「細胞の持つ自己複製能力」であり、その実現が「細胞分裂」であるが、ロボットにはそれはないのである。「生き物が持つ再生能力や自己複製能力は、ロボットが目指す究極の機能と言ってもいい」が、ロボットではその実現が困難なのである。「生き物のからだとロボットのからだ」との根本的相違は、自己再生能力の如何なのである(鈴森康一『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』170−3頁)。

 動力源と駆動 細胞分裂の出来ないロボット進化の課題は、「バッテリ―とアクチュエータ(駆動)」といわれる。ロボットモーターの動力源は、日本ではリチウムイオン電池で充電に時間がかかるが、アメリカではガソリンであり、充電時間がかからない。

 一方、アクチュエータとしては、イノベーションによって、バイオミメティクス(生物模倣、「生物の動きを機械で模倣する技術」)が利用される(本田幸夫『ロボット革命』144−6頁)。このバイオミメティクスの代表は、ブリジストンから購入した「ラバチュエ―タという人工筋肉」を使った、ドイツのフェスト社のカモメロボット、ペンギンロボットなどである。「人工筋肉については、iPS細胞を使って作る可能性もある」(本田幸夫『ロボット革命』146−8頁)といわれる。

                                      b 家庭ロボット

  日本では、家庭用ロボットが「召使」と『ペット」という二つの用途で作られ、人間と共生するロッボトの製造が試みられた。

 召使ロボットーアシモ ロボットのマニュピュレーター(手)に比べて、ロボット足の開発は遅れていた(長田正『ロボットは人間になれるか』146頁)。つまり、日本の二足歩行機械研究は1960年代に始まり、@当時普及しはじめた現代制御理論の「応用、実践という立場」、A「機械工学の見地から、二足歩行機械の構造に種々の改良を重ね、機械的に安定な歩行賀可能な構造、ならびにその動かし方を機構学的ならびに動力学的に研究する立場」、B「バイオメカニズム的な接近法で、人間を含めた二足歩行動物の骨格構造、機能、歩行まどを参考に、その巧みな仕組みをなんとか歩行機械に応用しよう」とする立場の三つがあった(長田正『ロボットは人間になれるか』147−9頁)。

 この二足歩行ロボットで先陣を切ったのはホンダであった。ホンダは、「人間と共存・協調し、人間のできないことを実現し、社会に価値をもたらす」(長田正『ロボットは人間になれるか』153−4頁)という理念の元にヒューマノイドの研究を着手したのであった。1993年に、ホンダは、人間型ロボットとしてのモデル第1号機のP1(身長は191cm、体重は176kg)、1994年にP2(182cm、体重は210kg)を製造した。P1は「静歩行」モード(ぎこちない歩き方。重心は足底の範囲)であったが、P2は「動歩行」モードへシフトした(岡田美智男『弱いロボット』医学書院、2012年、64頁)。このP2は、「三十年におよぶ二足歩行機械研究の成果を・・凌駕する」(長田正『ロボットは人間になれるか』156頁)ものであった。

 つまり、このP2で実現した「動歩行」モードでは、「自らその静的なバランスを崩すようにして倒れ込む」が、「倒れ込みながら踏み出した足が地面からの反力を受け、それを利用して動的なバランスを維持している」(岡田美智男『弱いロボット』医学書院、2012年、65頁)のであった。これが、このホンダロボットの最大の特徴であり、ホンダ技術陣は、「人間がジョギングをしている状態とほぼ同じ」「時速3キロで走」りつつ、「専用LSIの開発、および、制御部、駆動部間の通信速度やモーターの応答速度の高速化によりシステム全体の応答速度を従来の4倍速程度高めること」によって、「着地時に発生する衝撃力の吸収と、足が床から離れたときや着地した際の転倒防止の2点」(長田正『ロボットは人間になれるか』PHP研究所、2005年、5頁)の課題に対応したのであった。

 この点を力学的に表現すれば、「ロボットに作用する慣性力ベクトルと重力ベクトルの合力である総慣性力ベクトルが床面と交わる点をZMP(Zero Moment Point)と呼」び、また、「ロボットの各脚に作用する床反力ベクトルの総和である全床反力ベクトルが床面と交わる点を全床反力中心点と言」い、「ZMPと全床反力中心点が一致しているときには安定な歩行が実現でき」、「もしこの両点にズレが生じると、ロボットには偶力が発生し転倒する」。「ホンダの技術陣はこの『ズレ』を積極的に利用することでロボットの姿勢を復元するアイデアを思いつ」き、「全床反力中心点を操作する床反力制御と、目標とするZMPを操作するモデルZMP制御、および、この両制御を行うことによりやむなく生じるロボットの上体と足平の相対的位置関係の理想状態からのズレを徐々に修正するための足平着地制御、これらの三つの制御を同時に働かせることによって、人間のような姿勢安定化制御を実現している」(長田正『ロボットは人間になれるか』150−1頁)ということになる。

 こうしたホンダの成功は、「二足歩行原理の研究よりもむしろ実機にもとづく徹底的な実験の積み重ねと、人間の歩行パターンの分析とその実現という自動車メーカーらしい実証研究をベースとし、理論(ソフトウェア)とハードウェアのバランスのとれた研究の進め方にあった」(長田正『ロボットは人間になれるか』151−2頁)。

 1997年にはP3(160cm、130kg)が製造され、2000年に「歩行の研究や小型・軽量化を進め、ここに、14年の長い年月をかけて、家や仕事場などの人間の生活空間で活躍」できるようにアシモ(ASIMO、120cm、43kg)が製造された(ホンダHP「ASIMO KIDS」)。これは、「人の動きを感知し、自律的に行動し」、「人を追従して歩行したり、手を出すと握手」するものであった(戸内順一『人工知能入門』117頁)。

 2001年、レンタル事業用ASIMOが発表され、「階段やある程度の斜面の移動が可能」となった。だが、「まだ意味のある作業ができるわけではな」く、宣伝の用途がある程度であり、2001年末に年間2000万のレンタル料が得られg谷すぎなかった(長田正『ロボットは人間になれるか』157頁)。2002年、「自律的に行動できる知能化技術を搭載」し、「顔を認識して名前を呼ぶなど人応答機能が実現」した(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』日経BP社、2015年5月、48頁)。

 本田技研では、グーグルとは異なり、アシモを「技術力をアピールするためのPRの道具」か、「あくまで人間の暮らしを助ける高性能ロボットという位置付け」るにとどまった(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』162頁)。

 現在、アシモは、「さらに改良や新機能の追加が行われ、時速9kmで走ったり、ジャンプしたり、凹凸路面を歩く、ワゴンを押しながら歩行する、トレイを持って歩く、トレイを相手に確実に渡す、人やASIMOどうしですれ違う際にぶつからないように避ける等が可能となってい」る。さらに、「水筒を握ってふたを開け、紙コップに水を注いだり、手話表現もでき」、「認識能力も向上していて、3人が同時に発する言葉を聞き分けることができ」る(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』48頁)。

 このアシモ以外にも、「人のように歩き、道具を使うことができる二足歩行ロボット(トヨタ自動車)や研究開発用二足歩行ロボット(富士通)なども開発」(戸内順一『人工知能入門』117頁)された。また、アメリカでは、アイロボット社(1990年MIT名誉教授ロドニー・ブルックスらが設立)は「DARPAの支援を得て開発された地雷探査ロボットの技術を活かし」て、「お掃除ロボットである『ルンバ』」(本田幸夫『ロボット革命』86−7頁)をつくった。これに触発されて、日本でも、パナソニックのロボット掃除機「RULO」、東芝の・ロボ掃除機「トルネオ」、シャープの掃除機ロボット「COCOROBO」がつくられた。

 そういう中で、次述のように、ソニー、三菱重工業はこうした「召使ロボット」ではなく、エンターテインメント・ロボット、或いは、「人と会話したり、ダンスや歌などのエンターテインメントを通じて、相手や周りも人たちを笑顔にさせるために作られた」コミュニケーション・ロボット開発(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』88頁)を推進することになった。

 ペット・ロボットーアイボ このホンダ「人間型ロボット開発成功」についで、ソニーの大型ロボットAIBOの発表が続き、「以後続々とエンターテインメント系ロボットが商品として登場するに至り、ロボットはまったく新しい時代を迎えたかの観」(長田正『ロボットは人間になれるか』PHP研究所、2005年、15頁)を呈することになった。

 1993年、土井利忠(下総小見川藩主で子爵土井家の末裔、ソニー社員でソニーコンピュータサイエンス研究所創設者)は、ソニー社長にエンターテインメント・ロボット開発を提案し、プロジェクト責任者に藤田雅博を推薦した(フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』43頁)。

 1995年、たまごっちなどの影響を受けて、土井チームは「プロトタイプ第一号」を開発した。この最大の魅力は「時間をかけて成長し、ペットのように『育て』『教える』ことにある」のであった。こうしてロボットが「経験によって変化」するならば、「危険な存在」になる可能性もあり、その防止のために「強い衝撃を受けたときにモーターを切るような安全装置を備え」たのであった(フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』49−54頁)。

 1997年、藤田雅博氏は、「みずからの意志で動く」ような四足歩行ロボットをパリに持参した。しかし、このロボットには、「プログラムされた以上の行動を可能にする学習と発達の能力」だけが欠けていた。そこで、フレデリック・カブラン(ソニーコンピュータサイエンス研究所の研究員)は、「子供が最初の言葉を身につける方法や、好奇心の基礎となるニューロン構造、乳児の感覚ー運動の発達、さらには、イヌのトレーニング技術や動物の知覚についての研究を調べはじめた」のであった。こうしたロボットの目的は「ペットのように友だちとなること」だったから、とにかく「面白い」ものにしようとした(フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』8−10頁)。1997年に、土井、藤田はロボットを改良して、「将来のAIBOの特徴の主なもの」を全て備えた「プロトタイプの『ミュータント』」を発表した(フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』54頁)。

 1999年、ついにAIBO(Artificial Intelligence Robot)という「初めての自立型ロボット」が販売されたが、「このようなロボットが社会でどのような位置を占めるようになるかは、全くの未知数だった」(フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』56頁)。

 ソニーのアイボは、日本的な感性に共振するものであった。これは、癒し系のロボット犬であり、「四足歩行ができ、子犬に似せた動作をし、人間とコミュニケーションすることで成長するように設計されてい」た(戸内順一『人工知能入門』119頁)。そして、「感情や本能、学習機能、成長機能を持ち、喜びや悲しみなどを動作や目の光で表現することで人とコミュニケーションを図」る「本格的なロボット」が、「多くの家庭で一緒に暮らす時代が近い将来にやって来る」とワクワクした人もいた(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』50頁)。そして、「無線LANでパソコンと通信して新着メールを知らせたり、メールはホームページの情報を読み上げたり、AIBOのカメラで撮影した画像をパソコンの画面に表示するなどのパソコンから遠隔操作」し、「AIBOとジャンケや簡単なゲームを楽しむことができる等、さまざまな種類のアプリが販売され」た(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』50−1頁)。フレデリック・カブランは、ソニーでこの四足歩行ロボットを製作し、「人間が生み出した言葉やモノの扱い方を教え」、「野生動物のような機械を飼い慣らすことが、何よりもまず日本的なものであることに気づ」いたとしている(フレデリック・カブラン、西兼志訳『ロボットは友だちになれるか』NTT出版、2011年、1頁)。

 アイボは、「発売とともに大ブームを巻き起こし」たが、やはりアシモと同様に、「すぐ飽き」られてしまい、「その後あまり人気がなくなって」(西垣通「和製ロボット考」[フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』301頁])いった。ロボット研究者長田正氏は、「しばらく楽しんだが、もう飽きてしまって触る気にならない」と思う人が多く、「成長することのできない、あるいは、老いることのできないロボットは、感情移入の対象としては限界があるようである」(長田正『ロボットは人間になれるか』190頁)とする。ロボット工学者の本田幸夫氏もアイボを購入したが、「すぐに飽きてしま」った(本田幸夫『ロボット革命』76頁)。AIロボット工学者の谷口忠太氏は、『コミュニケーションするロボットは創れるか』(NTT出版、2010年、50頁)において、「色々な知的機能を設計者が付加」し、アイボ自らが成長しなかったから、飽きられたとする(西垣通「和製ロボット考」[フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』305頁])。

 一方、ソニーは、2000年にヒューマノイドSDR-3X(身長50cm、5kg)を発表し、「パラパラを躍るロボットとして注目を集めた」。ソニーは、2002年にSDR−4X、2003年末にQRIO(キュリオ)を発表し、特にキュリオは「モーターと制御回路を一体化した駆動装置の回転力を30%高めること」と「宮中での姿勢制御のアルゴリズムに工夫を凝らすこと」によって、「世界で初めて非接地歩行や跳躍、つまり走ったり跳んだりする事に成功」したのであった(長田正『ロボットは人間になれるか』158頁)。しかし、ソニーはその先の展開を具体化できなかった。

 2006年、ソニーは、「ネットワーク関連事業への注力や本業のエレクトロニクス部門のテコ入れを重視し、ロボット開発からの撤退を決断」(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』52頁)した。概して、ロボット産業の年間売上高も4951億円(2003年)、5000億円(2004年)と、当初の予想1兆円の半分(長田正『ロボットは人間になれるか』23頁)にとどまっていた。

 以後、人間を飽きさせないこと、それが成功するエンターテインメント・ロボットの鍵」(西垣通「和製ロボット考」[フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』303頁])となった。

 こうした人型ロボットの課題は、飽きられないように工夫する事のほかに、@「モーターによる駆動で人間の動きを再現しようとする」と、関節に限界があり、A「人間の手触り感」をだすには「万単位の微細な皮膚センサーが必要」になり、困難であるという問題があり(本田幸夫『ロボット革命』80−1頁)、これを克服することも必要になろう。

 しかし、ソニーのペット・ロボット「アイボ」(1999年から2006年の間に16万台発売)を「家族の一員と感じる人は少なくなく、ソニーが修理を中止して動かなくなると、2015年に十数名の持ち主がアイボ「合同葬」を行おうとすらしたのである(2015年2月27日付Wallstreet配信、2015年2月28日AFP配信)。これは、日本的なロボット観に基づくものであった。

 ペット・ロボットーwakamaru 三菱重工業は、「泳ぐシーラカンスロボ」、「移動型エンターテインメント・ロボット『新ロボット神ちゃん』」などの開発を経て、2003年2月にwakamaru(身長100cm、重量35kg)を発表した。これは「Linax系OSで動作し、CPUはARMプロセッサ7基、目線LANを内蔵し、ネットワークと連繋する機能をもっているため、サーバから様々な情報を取得したり、メールの送受信も可能」である(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』56頁)。

 2005年、wakamaruが、「一人暮らしの高齢者や健康不安を持つユーザーを視野に『留守番』『見守り』『異常時の通報』『健康管理』機能」をも持つ家庭用ロボットとして1台157万5千円で100台売出された。2015年時点でも三菱重工ビル2階ショウルームと三菱みなとみらい技術部で展示されている(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』57頁)。

 wakamaruの特徴は、@「世界で初めて『人と暮らすロボット』を意識したデザイン」であり、A「話したり握手をしたり、人に歩み寄る豊かなコミュニケーション」をし、B「人に危害を与えない『安全性』を何よりも優先」するというものである(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』58頁)。


                                     c 医療・介護ロボット

 医療ロボット 2012年頃以降、「医療現場では、インテュィティブ・サージカル合同会社(Institutive Surgical)の手術ロボット「ダ・ヴィンチ」が普及し、前立腺ガンの手術ではデファクト・スタンダードになりつつあ」る(本田幸夫『ロボット革命』123頁)。

 医者代理ロボット VGoコミュニケーションズ社は、カメラを搭載し、「血圧や体温などのバイタルセンシングを実装した」テレプレゼンス・ロボットは医者の代わりに「患者の画像情報や、服薬やケアがなされたかどうかをチェック」する(本田幸夫『ロボット革命』124頁)。

 2012年アイロボット社は、「WiーFiと呼ばれる無線通信機能を備え」て、病院で医師指示で「医師の代理」として診断する代理ロボット「RP-VITA」(150cm、頭部ディスプレイに医師のライブ動画が映し出される。グーグル自動運転車と同様に各種センサー・AIが搭載)を開発した(小林雅一『クラウドからAIへ―アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』145−6頁)。重傷でない患者を多忙な医師が「代理ロボットを使ったテレ・メディソン(遠隔医療)」で診察する(147頁)。賛否両論あるが、「大きな流れとしてはロボット導入の方向へと傾いている」(小林雅一『クラウドからAIへ―アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』147頁)。

 また、アイロボット社のAva500はテレプレゼンスロボットであり、入院中の子供らが「学校の授業を受けたり、先生や友だちと対話」したりするために利用されたり(本田幸夫『ロボット革命』207頁)、無医地の患者の遠隔治療に使用されている(本田幸夫『ロボット革命』124頁)。

 現在、こうした代理ロボット企業は少なくなく、ウィロウ・ガレージ(Willow Garage)は「自主開発した『ROS』(Robbot Operating System)とよばれる基本ソフトを、ロボット産業の業界標準OSにすべく、無償で同業他社に提供」し、「同社を中心に、今、ロボット開発を行うベンチャー企業が次々と勃興し、次世代シリコン・バレーを代表する一大産業へと成長する兆しが見られ」る(小林雅一『クラウドからAIへ―アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』148頁)。

 病院補助ロボット その他、ロボットは「従来の人件費の約半分」で「24時間休みなく働くことができる上、必要とあらば200キロ以上もの重い物を運」べるので、「薬や食事、ベッドのシーツなどを病室の患者に送り届けるような単調作業をするロボットであれば、米国の多くの病院で既に実用化」(小林雅一『クラウドからAIへ―アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』149頁)。

 2011年、大阪府守口市の松下記念病院で、「バーチカルコンベアという搬送システム」の交換(1億円)・維持費用(1000万円)よりパナソニックが開発した自律的搬送ロッボト「HOSPI」(130cm、センサーとAIソフトが搭載)が安いとされて、試用され、「普段、病院の薬剤部に続くエリアに待機し・・、電子カルテにより指示された薬剤を受け取り、それを病院運」んでいる(小林雅一『クラウドからAIへ―アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』149−150頁)。

 介護ロボット 「これら病院で働くロボット」に次いで、「自宅で生活する慢性病の患者や一人暮らしの高齢者らを支援する介護ロボット」も注目されている。介護ロボッとは、「介護が必要な人の日常生活を助けたり、看護師や介護士たちの活動を支援するロボット」であり、会話を通して元気づけるものから動作を支援するものまである。通商産業省は日本の介護ロボット市場は167億円(2015年)から4043億円(2035年)に増大すると試算する(小林雅一『クラウドからAIへ』151頁)。

 日本のメーカー各社は「介護用ロボットの開発に本腰を入れ始め」、本田技研工業は、1999年以来、「人間ロボット『アシモ』の技術を歩行補助装置に応用」し、「足腰の弱った高齢者らの歩行を、自動制御されたモーターがアシスト」する「リズム歩行アシスト」ロボットをつくったのである(小林雅一『クラウドからAIへ』152頁、神埼洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』日経BP社、2015年5月、18頁、HondaのホームページのHonda Robotics)。

 2004年にサイバーダイン(本社:つくば市)が設立され、「病気で足腰が弱くなった患者らに向けてロボットスーツ「HAL」を商品化」した。これは、「人が動く際に発する微弱な電波を検出して、その歩行をアシスト」するものである(小林雅一『クラウドからAIへ』152頁、神埼洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』18頁)。

 2005年、産業技術研究所が、玩具動物との触れ合いによる癒しを目指した「アザラシ型メンタル・コミット・ロボット『パロ』」を1年保証30万円で販売した。アニマル・セラピーは、「治療補助のほかにも、コミュニケーションの促進、元気付けや動機付け、話すきっかけ作りなどの」効果に加え、「血圧や脈拍を安定させるといった生理的効果も一部で認められてい」るが、介護施設でこれらの動物を飼うのは衛生・管理・コスト面でも難しいので、ロボットが望まれることになる。パロは、センサー、人工知能を搭載するが、反応するだけで言葉を話さず、本部との連絡はない(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』62−4頁)。

 2010年、富士ソフトは、ゲームやダンスを通して、「介護支援や介護予防の分野で活躍している二足歩行のコミュニケーション・ロボット」パルロ(身長40cm、重量1.6kg)をレンタル開始し、67万で販売も開始した。パルロには、@「最大100人の顔と名前を判別し、自律的に話しかける機能があ」り、A「インターネット上の一般向けニュースサイトが提供しているRSS(Webサイトの見出しや内容をまとめる技術)情報」を約1時間に1回程度自動取得し、相手の趣向に照らして選別して読み上げ」(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』65−7頁)ている。

 2012年、トヨタは『生活支援ロボットHSR(身長83−133cm、重量32kg)を発表し、リハビリテーション用パートナーロボット、歩行支援ロボット、移乗支援ロボットなどの開発にも従事(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』77−9頁)。


 こうして介護ロボットは数多く試作されるが、HALなど一部を除いて、現場ニーズと機能がかみ合わず、実用化されるのは希少である(小林雅一『クラウドからAIへ』152頁)。これに対応して、2016年5月30日、日本医療研究開発機構(2015年4月に医療分野の研究開発を総合的に推進する司令塔として設立)は、すでに普及している19種類のコミュニケーション・ロボットを選び、公募した20カ所から30カ所の施設に1000台程度を導入して介護ロボットの効果実証実験を行うことになり、施設関係者を対象に説明会が催された(「介護用ロボット1000台導入 施設で実証実験へ」(2016年5月31日テレビ朝日系配信])。


                                       d 情報端末ペット・ロボット

 こうした日本的なロッボトと異なり、ソフトバンクは、グーグルと同様に、情報端末にするロボットとしてペッパーを製造する。2015年5月、ソフトバンク代表の孫正義氏は、元グーグル幹部のニケシュ・アローラを後継者にする意向であることを明らかにして、グーグル経営戦略を明確に取り入れる一環にこれを位置付けたのである(2015年5月11日CNET JAPNA配信)。

 ペット的側面 2014年6月、ソフトバンク・モバイルは、「世界初をうたい、人型にデザインされた感情認識パーソナル・ロボットPepperを発表」した。これは「感情認識ロボットを製品化するという壮大なプロジェクトのスタート」であった(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』86−7頁)。

 2015年6月以降には、世界初の感情認識(後述)パーソナルロボット・ペッパー7000台(ソフトバンクロボティクスと仏アルデバランロボティクスが共同開発、本体19万8千円、3年契約の基本プランと保険を合わせて約117万円)が発売され、すぐに完売した。「感情表現を豊かにするため、ペッパーの上半身の動きはとてもなめらか」で、「首、ひじ、肩、腰などの可動部が関節のように動」き、「しっとり、ひんやりとした(手の)感触は人間そのもの」とされる。そして、このPepperの登場は、「パソコンやインターネットが登場したときのような変革を予感させ」、特に「感情認識エンジンは倫理面でも物議を醸し、問題になる日が来るに違い」なく、「感情認識エンジンやクラウドAIの性能が具体的に明らかになり、生活に役立つロボアプリが登場するかどうかによって、その評価は大きく変わる」(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』86頁)ものとされた。

 発売半年後、ペッパーは、各家庭(4人家族の絆を深めたり、独身者の寂しさを慰める)に相応しく受け入れられて「家族」一員となっている(「『この子は私が支えなきゃ』 Pepperを家族に迎えた人々の思い」[朝日新聞出版「ニュース・情報サイト」dot.2015年2月13日配信、『AERA』2016年2月8日号])。

 そして、2015年からIBMとソフトバンクは日本語に対応したワトソンの開発などで協力関係にあり、「IBMのAI『ワトソン』をペッパーと組み合わせて、その会話能力を高める」事が予想がされていた(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』161頁)。実際、2016年1月7日、ソフトバンクロボティクス(SBR)と米IBMは、「ペッパー」に搭載する人工知能「ワトソン」を開発すると発表した。「ワトソンを組み込んだペッパーを使い、言葉や身振り、表情などを通した自然なやりとりができるようにな」り、「人間と円滑に対話できる」ペッパーを「幅広い企業向けに販売する方針」だとしたのである(「ペッパーの対話力をIBM人工知能ワトソンで強化」2016.1.7 20産経新聞配信)。

 情報収集的側面 だが、ソフトバンクの狙いはもっとほかのことにあった。2010年6月株主総会で、孫正義氏は、「新30年ビジョン」をうちだし、「次の30年間についてを考えたとき、人類はかつて経験したことのない人類を超えるもの(ノイマン型から脳型ノコンピューターの登場)が登場」し、「人類に取っての転換点」を迎えるとし(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』89−90頁)、「脳型コンピューターとロボット事業に関する興味とビジョンを発表」(同上書97頁)した。

 2014年9月、開発者向けイベントのテックフェス(Pepper Tech Festival )で、ソフトバンク・ロボティクス社長富沢文秀氏は、基調講演で、「ソフトバンク・ロボティクス社内で、パソコンとスマートフォンに続く、次の産業のデバイスは何かという質問をしたところ、一番多かった回答がロボット」であったと振り返り、「『ロボットは約束された未来を持つまれな素材』と表現し、今後のロボットの普及とビジネスの大きな可能性を示唆」した。グーグルがアップルと激しい競争を展開する中で、AIロボットに重点化したのも、同じような事情があった。こうした展望を可能にしたのが、「2000年にブロードバンドが普及して通信環境が整い、クラウドでビックデータを処理できるようになり、CPU(中央演算処理装置)はますます高速化して」、「ロボットの制御」に必要なクラウドが成長して、「ロボット産業を進めるための技術的な条件が揃った」ことであった(102頁)。孫氏は、日本のお家芸のロボットで、スマートフォン、タブレットの遅れを挽回したいとしたのである(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』103頁)。

 2012年1月Pepperの開発プロジェクトが始動して(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』97頁)、2年間で製造された。Pepperの開発パートナーは、「ソフトバンクの子会社」で「ヒト型ロボット(身長58cmでNAOと言われ、70カ国に5000台以上輸出されるが、クラウドAIを使っていない)の開発で知られているフランスのアルデバラン・ロボティクス社」(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』98頁)などが選ばれた。「コミュニケーション・ロボットは表現のために上半身の動きはそれほど重要ではないという判断」から、Pepperの移動は二足歩行ではなく、「中には3つのボール(ローラー)が入っていて、それを転がすことで移動する」オムニホイール式(電力消費は少なく12時間連続稼働が可能となったが、「段差に強くない」)が採用されている(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』128頁)。さらに、株式会社AGI、cocoro SB株式会社が「感情生成エンジン」を担当した。

 2014年発売に際して、孫正義氏は、「情報革命で人々を幸せ」にするために、「新たな事業領域となるロボット事業へ参入し、感情エンジンと集合知によって進化するクラウドAIを用いて、人を笑顔にできる、愛情を持ったロボットの開発を目指」すと宣言した(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』89頁)。そして、AI脅威論に対しては。ソフトバンクは、感情認識エンジンと自律学習機能は人類を脅かすのではなく、かつ「人が操作するのではなく」、「ロボットが意志をもって家族を楽しませるもので自ら学習しながら進化していく」と主張した(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』93頁)。

 ソフトバンクは、「グーグルなどIT企業」と同様に、こうした次世代ロボット・ペッパーを「一種の『情報端末』と見て」、「家庭と企業の情報を収集し、「精度の高いターゲッティング広告を売ったり、個々のユーザーが欲しがるような商品をレコメンド(推奨)する事ができ」る(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』160−2頁)。それだけではなく、クラウドにより進化するとするのである。つまり、「多くの情報はインターネットを通じて専用のクラウドシステム(インターネット上のサーバー等)に送ることができ」るし、「1台のPepperの経験を蓄積するよりも、たくさんのPepperの経験を共有した方が解析するデータは増えて精度があが」り、「集合知による加速度的な成長」が求められるから、ペッパーは単体で「高度な感情認識システムとして精度」を上げる必要はないのである(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』95−6頁)。「クラウドロボティクスの魅力」は、Pepperが「癒し口調で会話をしたり、冗談を交わしたり、歌やダンスパフォーマンスで楽しませてくれる」こというよりは、「これから熟成していくであろう感情認識エンジンであり、クラウドAI」であり、「コグニテイブ・コンピューテイングやディ―プラーニング、脳型コンピューターの実用化と連携によって、コミュニケーション・ロボット本来の能力が発揮」されることである(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』172頁)。

 IBMとの共同開発 ソフトバンクは、このペッパーを開発するにあたり、グーグルではなく、IBMと提携した。IBMには、自然言語を理解する人工知能として日本でも知られたワトソンがあったからであり、これをディ―プラーニングで改善すれば、大きな効果が期待されたからである。

 2014年10月、IBMはソフトバンクと協同してワトソンの日本語対応に乗り出した。ワトソンは、「世界で最も有名な人工知能の一つ」だが、「IBMでは人工知能とは呼ばず、自然言語に対応した『質疑応答システム』や『コグニテイブ(認識の)・コンピューテイング(Cognitive Compyuting)』と呼んでい」る。つまり、それは、「人間が通常に話す言葉、自然言語によって質問(問題)を受けると膨大なビッグデータを解析し、仮設、推論、評価、予測を行い、適切な解答を導き出したり、人間が意志決定するのに重要な情報を素早く提供してくれるシステム」であり、「その成果や経験から自律的に学習していくことも可能」である(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』185−8頁)。

 2015年2月、ソフトバンク・テレコムは、日本IBMと共同でワトソンを「共同展開」すると発表した(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』185頁)。「Pepperは感情を認識し、人に寄り添うロボットとして開発されてい」るが、「ワトソンと連携することによって、自然言語を理解したり表現する能力が向上したり、ユーザーからの自然言語での質問に対して的確な情報を精度良く、素早く解答できるよう洗練されることが期待されてい」(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』188頁)る。

 2015年3月、IBMは、「ディ―プラーニングを使った高度なデータ分析やデータ処理を得意とする学習システムを持」つAlchemyAPIを買収した。「ディ―プラーニングに期待されている機能の一つは、膨大なビッグデータのより深い階層まで自律的に掘り下げて、関連性を追求していくこと」である。今後、IBMが、「このシステムをワトソン・プラットフォームに統合すれば、ワトソンが蓄積している膨大なデータの階層や関連をディ―プラーニングによって理解する能力が強化される」(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』189頁)と考えられている。


 なお、このペッパーについても、ささやかながら、次述のようなルクテープ人形と同じような問題が起きている。所有者が新幹線にペッパーを持ち込むと、車掌との間で「人なのか、モノなのか。座席は、乗車料金は必要か」などで議論が生じ、最終的にペッパーは「手回り品として車両最後部の座席の裏に立たせてもらえて、料金は発生しな」いことになったのである(「『この子は私が支えなきゃ』 Pepperを家族に迎えた人々の思い」)。座席に座らせれば運賃は生じるだろうが、座席浦ならば運賃は生じないのである。ロボットが人間扱いされれば、こう言う問題はどこにでも起こるということである。


                                         C ロボットの人型問題

 脳の擬人化作用 概して、人間の脳には、「生きていて感情移入に値するものだと認識すると、活性化する」ミラー・ニューロンというものがあり、「人間はもともと『擬人化』しがち」であり、「人間以外のものに人間的な性格を与えたがる」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』492頁)という。

 我々は、「機械に独自の人格があるかのようにみなしがちなばかりか、何か感情的な注目や関与に値するとも感じ」ている。それがロボットになると、機械と違って「たいてい生物をモデルにデザインされている」だけに、「『投影』して機械に感情移入する傾向に、さらに拍車がかる」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』492頁)。こうした傾向は、神が泥から奴隷として人間を創ったとする欧米より、人間を自然ノ一部と見るアジア、特にに日本などで顕著となる。

 例えば、ソニ―のアイボの所有者の75%が「AIBOは機械だ」と認識していたが、「48%が、AIBOに『生命のような精髄』がある」とし、「60%は、AIBOが自分の『精神状態』を表現できると考え、42%はAIBOが意図的な行動をしていると考え、38%はAIBOに『感情』があ」り、「59%がAIBOに社会的な絆があるとし、多くの人は家族の一員とみなし」ていた。「ほとんどAIももたない小さなロボットに対してさえこれ」であるから、「ロボット技術システムが進歩するにつれて、こうした傾向に拍車がかかるかもしれない」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』493頁)。

 しかし、「ある研究では、ロボット技術のおもちゃは『虫が生きているみたいには生きているけど、人間みたいには生きていない』と言った子どもがいた」様に、「生きているかいないかの線引きは、非常にあいまいになってい」るのである(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』494頁)。

 ルクテープ人形 特にアジアでは古代から人形には魂がやどるとされ、人形の『擬人化』傾向は顕著であった。

 最近、タイでは、ルクテープ人形(子どもの天使の意)は、「本物の子どもの魂を持ち、幸運をもたらすと信じられ」、「この人形に服を着せて食事を与えていたら仕事で成功したと、著名人らが主張したことがきっかけとなって人気に火が付き、人形を手厚く世話する人が急増し」、「地元の航空会社タイ・スマイル(Thai Smile)・・がこの人形専用の航空券──機内サービスの飲み物や軽食を含む──を発売する計画だと報じ」る事態となった。

 これに対して、2016年1月27日、タイ民間航空局(CAAT)は「ルクテープを人間と見なすことはできず、離着陸の際にはきちんと収納する必要があるとする異例の警告を発した」のであった(2016年1月27日付AFP記事)。もし人形が動き、話したりすれば、人間のそうした人形への思い入れはいっそう深くなってゆくはずである。

 ロボット嫌悪感 一方で、「本物の人間そっくりの外見を持ち、行動するロボットの開発」も、「ある限度を超えると人間は急激にロボットに対して嫌悪感を抱くようになる」という「不気味の谷現象」が起こるという意見もある。「人間には人間にしかできない役割があって、そこにまだロボットが介入する余地は無い」というのである。だが、ロボットクリエイターの高橋智隆氏は、「この不気味の谷現象をうまく避けてロボットを作ってい」て、「かわいらしく、親しみが持てるのが特徴で、・・このかわいらしさこそ重要! これによって人はロボットを社会的に受け入れ、感情移入できるようになる」とする(Bryan Lufkin「ロボットにできる仕事は人間を雇う必要がない…、ってことはもしかして人類失業の危機?」2015年6月22日付Gizmodo US)。

 こうした事を考慮するならば、「かわいい」ロボットが、人間並みの知性などを持つようになり、かつ上述のように飽きられなくなれば、ロボットを深く人間視する動きは日常茶飯事になろうことは明らかだということである。


                                      2 軍事とAIロボット 

 AIロボット研究の大半は軍研究所のみならず民間産業・大学で行われ、全米防衛ロボット・センター(160の企業・大学・政府研究機関で結成)が研究の中心ではあるが、「軍はロボット研究の主要な資金提供者だ」なのである(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』205−6」頁)。AIロボット研究の主たる関心者は何よりも軍、具体的には国防総省傘下のDARPAであり、AIロボット研究はこのDARPAとの密接な関連のもとになされきたのである。

 DARPAとは、米国国防総省の国防高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency)の略称である。このHPによると、1957年スープートニク(大陸間弾道ミサイル)打上げへの衝撃から、「今後は、戦略的技術奇襲の提唱者になって、犠牲者にならない」という公約のもとに、50年以上、ダーパは、「国防技術の躍進に核心的な投資をするという非凡で恒久的な使命を固守してき」たのである。

 2016年現在、「ダーパは、約250の研究・推進計画を監督する100人の計画責任者を含め、6研究室での220人の政府職員から構成され」ている。この6研究室とは、、@生物工学研究室(Biological Technologies Office)、A防衛科学研究室 (The Defense Sciences Office )、B情報変革研究室 (The Information Innovation Office)、Cマイクロシステム技術研究室 (The Microsystems Technology Office)、D戦略技術研究室 (Strategic Technology Office)、E戦術技術研究室(The Tactical Technology Office)である。そして、ダーパは、現在、Rethink Complex Military Systems(複合的軍事システムの再考)、Master the Information Explosion(情報激増の掌握)、Harness Biology as Technology(生物学を技術として利用する)、Expand the Technological Frontier(技術最前線を拡張する)という四領域に注力している。

 具体的には、DARPAは、「インターネット(DARPAが当初想定していた名称は『銀河間コンピュータネットワーク』だった)、eメール、携帯電話、コンピュータグラフイックス、気象衛星、燃料電池、レーザー、暗視装置、初めて人類を月に運んだサターンVロケット」を作り、「今、DARPAはロボット関連の無人技術に重点を置いている」。DARPAは31億ドルの予算の90%を「大学と業界の『ぎりぎり実現可能なことの最前線で研究している』研究者に費やしている」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』209頁)のである。この結果、「アメリカ国内におけるAI研究資金のうち、米軍が提供している分が80%にものぼ」り、「AIに関しては米軍に主導権がある」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』120頁)のである。国防省内では「DARPAは非現実的なアイデアに時間と資金を注ぎ込みすぎているのではないかと懸念する声があ」り、ロボット工学者の中には「DARPAのスタッフは『本当にいかれている』」と批判するものもいる(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』211頁)。AIロボット研究者には、軍が資金的に関与することに批判的な人もいる。


                                    @ AIロボット兵士の登場・展開・未来

                                         a ロボット兵士の登場

 軍人の定義 一般に軍には「独自の訓練、独自の学校、独自の記章と制服、独自の住宅と基地、そして何より、独自の職業規範があ」り、「軍人と言う職業は『単なる仕事にとどまらない』といわれる」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』523頁)。そして、軍人とは、生き死にが直接関わってくる職業である。

 近現代の職業軍人は、「18世紀から19世紀、民族国家の誕生に伴って登場したにすぎ」ず、「21世紀のグローバル化の台頭で、民族国家とお仕着せの軍隊という従来の発想が変わりつつあ」り、「職業軍人は、国土安全保障省やCIAから国境警備隊やFEMA(連邦緊急事態管理局)、さらに国外での平和維持活動屋救援活動では非政府の支援団体や国連まで含めた、ほかの機関や職業と、協力すると同時に張り合」い、軍独自性が「苦境に陥っている」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』523−4頁)といわれる。だが、軍は、多様な国防組織の中核的位置は占め続けるであろう。

 そして、陸軍大学スティーブン・メッツが、将校、下士官、兵士に区別する意義が稀薄化してきて、軍の区別の「検討が必要かもしれない」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』524頁)と指摘したように、AIロボット兵士、無人飛行機などの登場で旧来階級組織が変容する可能性が濃厚である。

 こうして、ロボット兵士、無人飛行機が登場してことで、軍人の定義はますます変容してこざるをえない。

 ロボット軍の登場 ロボット兵士には、こうした軍人のみならず、別個の行動原理が作用する。つまり、「周囲の状況を監視して変化を察知する『センサー』」、「どう反応するかを決める『プロセッサー』もしくは『人工知能』」、「その決定を反映したやりかたで環境に反応し、ロボットの周囲の世界になんらかの変化を生じさせる『エフェクター』」の三つが「同時に働いて・・人工生物の機能性を獲得する」(P.W.シンガー、小林由香利訳『ロボット兵士の戦争』NHK出版、2010年、103頁[Peter Warren Singer,"Wired For War,"The Penguin Press,2009])兵士である。このうち最も重要なのは中枢たる人工知能AIであろう。

 この人工知能が「戦争に最も重要な影響を与える」ことは、「ロボットのこの決定を下す部分・・かもしれない」のである。「従来、戦争における役割分担はそれぞれ人間の体と頭の範囲内で生じ」、「兵士の目は標的をとらえ、脳はそれを脅威とみなし、剣やライフルやミサイルなどの武器を向ける方向を手に指示」していたが、「こうした仕事は今では機械にアウトソーシングされつつある」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』119ー120頁)のである。

 2002年、カーツワイルは軍に、「AIとロボットが戦争の標準になりつつある」ことを初めて軍に伝え、「今では、その予測は『主流』」となっているのである(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』147頁)。2008年、「イラクの地上では合計で約22種類のロボットシステムが活動し」、退役米陸軍将校はイラクでは「大ロボット軍が生まれつつある」と述べた(P.W.シンガー、小林由香利訳『ロボット兵士の戦争』NHK出版、2010年[Peter Warren Singer,"Wired For War,"The Penguin Press,2009]54頁)。つまり、「バックボット、タロン、SWORDS、プレデター、グローバル・ホーク、その他デジタルの仲間たち」が戦場に登場し、「戦争が人類だけのものだった時代は終わり」、「ロボットが戦争に行く時代を迎えている」(P.W.シンガー、小林由香利訳『ロボット兵士の戦争』NHK出版、2010年[Peter Warren Singer,"Wired For War,"The Penguin Press,2009]66頁)のである。

 こうしたロボット軍時代において、、軍のロボット担当にとって、テレビゲームの「英雄的行為や殺人」のゲームは事前訓練になり、「軍にとっての明かなメリットは、新兵がある程度訓練を受けた状態で入ってくること」である(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』528頁)。プレデター飛行編隊指揮官の空軍大佐は、「テレビゲーム文化のおかげで、無人飛行隊の若いパイロットは、自分がF15に乗っていたときの将校たちよりも優秀かもしれない」とする(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』529−530頁)。

                                    b ロボット兵士外観

 ロボット兵士外観 ロボットは、「センサーやプロセッサー、エフェクター、動力源でできてい」て、「これら各パーツの多様性を考えれば、ロボットの外観を作り出す組合せはほとんど無限に近い」が、「大まかには、エフェクターがロボットの形を一番左右する」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』134頁)。

 2004年、DARPAは、イラン・イラク戦争で「多数のアメリカ兵が命を落とすなかで、ロボットを開発することによって兵士の犠牲を減らすことを目的に」、「コンテスト形式のロボット開発プロジェクト」(本田幸夫『ロボット革命』28−9頁)を始めた。ダーパは、「軍用ロッボトの最も望ましい姿に関する研究に資金を提供」し、「ヒューマノイドを実戦配備すべきであ」り「早ければ早い程いい」と結論した。「人間の姿はロボットが取りうる形の一つ」であり、「大きさに制限はない」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』134−6頁)のである。

 なお、ロボット設計者は、「さまざまな形状から異なる要素を融合し調和させて、『ハイブリッド』を創り出す場合もあ」り、「例えば、米海軍研究局(ONR)は、セグウェイの上にヒューマノイドの胴体を載せたロボットを開発中」で、「陸軍の未来戦闘システム(FCS)構想は、空飛ぶ扇風機のようなヘリコプターを製造」した(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』140−1頁)。

 上述の通り、ダーパは、2004年にはヒューマノイド・ロボット兵士が最も望ましいとした。しかし、現実には、二本歩行のロボットは「トラックや戦車の行く手をさえぎる障害物でもまたいで行ける」が、「脚は大きな弱点でもある」。だから、DARPAも「二本の脚は必ずしも最適の形状ではない」ともしていた。「科学者と軍当局を対象にしたDARPAの調査では、二足歩行ロボットに対する関心は強いものの、将来の戦争用ロボットは三足(三本目)や四足(軍当局者は最も可能性が高いと考えていた)になる可能性もあると考えている」事が判明した。つまり、「多くの専門家」は「ケンタウロス(「古代人の半人半馬の生き物のように四本の脚とヒューマノイドの体をもつロボット)が、将来軍事的に利用される」としていたのである。例えば、ボストン・ダイナミクス社製のロボットは四本脚であり、「バックパックなどの装備を積んで兵士の後をついでいく、現代の荷馬年て設計された」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』137−141頁)。二本足を理想としつつも、現実的には四本足も考えて行こうということである

 2012年頃において、DARPAは、この時までのロボット研究について、@必要時に兵士が発汗するという生理機能を模して設計された頭のないヒューマノイド『PETMAN』や、軍備輸送に使用される『AlphaDog』(4本足で歩く大型の動物型ロボット)のように、自律度の高い生物型ロボットの研究に力を注ぎ、A後者のAlphaDogプロジェクトでは、「聴覚によって人間の命令を理解し、視覚によって人間を追随する能力も目指され」、「訓練された動物が人間の訓練士と交流するような、自然な形で交流できる」ことも期待され、Bさらに「思考の力だけでコントロールできるロボット」に関しても、成果を収めたいくつかの研究(デューク大学と日本の国際電気通信基礎技術研究所の研究者らが、サルの脳活動だけを使って、遠隔地にあるランニングマシンの上で人型ロボットを歩かせることに成功した実験など)に資金を提供したのであった( Katie Drummond「「人間代用ロボ」を米軍が開発へ」[2012年2月20日付「ideas/Inovations Wired」記事])。米軍にとって、人型ロボットはやはり大きな関心事であり、大学研究機関にも資金提供して軍事転用ロボット研究に取り込んでいたのである。

 以下、最近の軍用ロボットを見てみよう。

 軍用ロボット「パックボット」 2011年東北大震災の福島第一原発事故直後には、米アイロボット社開発の軍用ロボット「パックボット」が投入された。しかし、これが難航したために、ここに世界中から賞金200万ドルで「DARPAロボティクス・チャレンジ」(DRC)に参加する企業・大学を求めて、専門的トレーニングを積まなくても「原発施設内部で、瓦礫を除去したり、バルブを開閉したり、故障・破損した設備を修理するロボットを開発」する「災害対策ロボット」を目指した。

 本田技研も参加を打診されたが、軍用を懸念して参加を控えた(小林雅一『クラウドからAIへ―アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』165−9頁)。因みに、ホンダ・ロボット研究室は、2013年6月、産業技術総合研究所と共同で「遠隔操作型の調査アーム・ロボット」を開発し、福島第一原発の建屋内に投入した(小林雅一『クラウドからAIへ―アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』170頁)。

 2足歩行ロボット こうした活動を踏まえて、2012年には、DARPAは、2足歩行ロボットを兵士の代理(アバター)として行動させる『Avatar』プロジェクトを開始する。このプロジェクトの目標は、「兵士が半自律型の2足歩行ロボットとパートナーになり、そのロボットを兵士の代理として行動させるための、インターフェースおよびアルゴリズムを開発する」ものである。

 このロボットは、「誰もやりたがらない戦争関連の作業をこなせるくらい賢く、機動性に富んでいなくてはなら」ず、「部屋の掃除、歩哨の管理、(そして)戦闘による損害の回復」といった作業を、パートナーである人間の命令に従って行い、「兵士たちが自らの分身であるロボットと心を融合させる日が来るかもしれない」と想定されている( Katie Drummond「「人間代用ロボ」を米軍が開発へ」[2012年2月20日付「ideas/Inovations Wired」記事])。ここでは、DARPAは、2足歩行ロボットを実戦担当の人間兵士に従順な補完兵士という位置付けをしているである。

 災害救助ロボット 2011年福島原発事故において、、アメリカのアイロボット(iRobbot)社製のパックボット(PackBot)、東北大学・千葉工業大学の共同開発した災害対策ロボットのクインス(Quince)などが投入された(本田幸夫『ロボット革命』26頁)。これを通して、ダーパは、「壊れた配管やがれきを乗り越えて中に入っていくためには、ヒューマノイドが有効であることがわか」り、「ヒューマノイドの開発が重要だと考えるに至った」(本田幸夫『ロボット革命』28頁)のである。そこで、2013年には、ダーパは、「原発事故現場のような危険な環境下で自律的に作業する次世代ロボットの開発プロジェクト」の予選競技会を開いた(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』138頁)。

 ダーパは、「原子力発電所の事故現場のような危険な場所」で、「自分で判断して」「人に代わって復旧・解体作業などをこなす次世代ロボットの開発」を目的にして、「世界中の大学や研究機関にDRCへの参加を呼びかけ」た。米国の大学(カーネギーメロン大学、スタンフォード大学、MIT)、NASA、日本のシャフト、韓国のKAIST(韓国先端科学研究所)など100以上が参加を表明したが、本田技研(ヒューマノイドのアシモ)は戦場ロボット転用を懸念して参加を見送った(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』147頁)。

 ダーパは、参加チームを16に絞り込み、2013年12月にマイアミの自動車レース場で、自動運転車、凸凹道の歩行、梯子の登り、電気ドリルでの穴あけなど予備競技会を開催した。日本のシャフトが優勝したが、総じて動きの鈍い競技会であった(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』148−150頁)。

 2014年1月、DARPAロボティクス・チャレンジが終わった後、グーグル・ロボット・グループのチーフのジェームズ・クフナー(1999年にスタンフォード大学コンピュータ科学で博士号取得)が本田幸夫に、「今回のチャレンジで驚いた発見」は「アメリカのヒューマノイド『ATLAS』(ボストン・ダイナミクス社、MIT発のベンチャー企業)もそこそこやれることがわかったこと」だと語っている。「ヒューマノイドの技術では日本が圧倒的に勝っている」わけではないことが判明したのである(本田幸夫『ロボット革命』61−2頁)。

 シャフト(グーグルに買収)は、「アクチュエータ(駆動装置)の技術を特徴」とし、「モーターに銅線を巻き」「冷却液を使って銅線を冷やし、大量の電流が流れるように工夫」しているが、ボストン・ダイナミクスのロボットは「ガソリン・エンジンを積載し、モーターではなく油圧で動か」している(本田幸夫『ロボット革命』62頁)。「ヒューマノイドのメカトロニクス技術や制御技術がいくら優れていたとしても、認識技術やデータ処理技術に差がない」ので、アトラスがシャフトに対抗出来たのである(本田幸夫『ロボット革命』63頁)。「カフナーたち米国の研究者は『次はAIの技術、AIならアメリカが勝つ』と言っており」(本田幸夫『ロボット革命』63頁)、アメリカにはAIロボットなら世界一という自信があるようだ。

 2015年6月5日には、AI装備で「外界を認識する能力」(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』152頁)を改善して、カリフォルニア州で開催され、「8つのタスク(自動運転車の運転、下車、ドアを開ける、バルブを回す、壁に穴を開ける、日替わりのタスク、がれきを越える、階段を上る)を1時間以内にこなせるかどうか」を判定した(「DARPAロボットコンテスト」2015年6月8日付ITmedia ニュース配信)。

 荷役用四足歩行ロボット 2014年には、DARPAの主導で Boston Dynamics 社が荷役用四足歩行ロボット LS3 (Legged Squad Support System)を開発し、「屋外での不整地踏破試験」を積み重ねた上で、海兵隊員とともに初のフィールド演習を実施した。オペレーターを務めた海兵隊上等兵 Brandon Dieckmann は、「現時点の LS3は海兵隊員が徒歩で移動できる地形の70から80%を踏破可能」であり、「自律動作で障害物を避け、オペレータに追従し・・またときには転倒することがあり、多くは自力で立ちあがるものの、立ち直れない場合でも海兵隊員一人で楽に元に戻せるよう設計されている」と、コメントしている。なお開発元の Boston Dynamics社 とは、「BigDog のほかヒト型の ATLAS、BigDogとは比較にならない高速で疾走する WildCat なども手がける生物模倣ロボットの大手」であり、2013年には、「ロボット技術に力を入れる Google によって買収」されていた(「米軍の四脚ロボLS3、海兵隊とRIMPAC演習に参加。Google傘下のBoston Dynamics開発」[2014年7月15日付engadget記事])。従って、グーグルは、2013年には米国陸軍とも深い関係を持っていたのである。

 2015年2月、グーグルが買収したBoston Dynamics社のロボ犬「BigDog」が「Spot」として改良され、アメリカ海軍でさまざまな戦場シナリオのもとに実験された。このSpotは、「ノートパソコンに繋がれたゲームコントローラーのようなもので操縦し、約500m離れた場所でも敵に隠れて操作することができ」、「BigDogより、さらに小柄な73kgになり、静かに、「歩く」「走る」「登る」といった単純な行動も進化し、四足歩行で困難な地形も進むことができる」ようになった。さらに、アメリカ海軍のMarine Corps Warfighting LabとDARPAは共同して、「このSpotを使って、たとえば何かしらの危険な状況にある人間を調べにいくためにビルの中に送り込まれるといった戦場シナリオなど、森や都市などを想定したシチュエーションでテスト」した(「実戦に投入できるか? アメリカ海軍、四足歩行のロボ犬を実験中」[2015年9月24日付Gizmodo US 記事 ])。

 こうして、米軍では、陸軍・海軍ともに、戦場用の実戦ロボットの製造が企てられたのであった。

                                  c DARPAの 「最高度の兵士能力」プロジェクト

 2004年、ダーパは、「通常の身体的要求を持たない兵士を生み出そうという研究プロジェクト」(『メタボリック・ドミナンス』、あるいは「最高度の兵士能力」プロジェクト)の一環として、「兵士が何も食べずに5日間も戦い続けられるようにする方法」や、「睡眠の必要性を減らす研究や、負傷した兵士がそのまま何日も戦闘を持続できるようにする研究」などが行われた。

 これについて、ダーパの科学者たちは、「兵士が最高レベルの体調を持続しながら──食事をとらずに──作戦遂行ができるかどうか」を解明するとした。ダーパの生命科学コンサルタントは匿名を条件に、「兵士がすでに疲れきっているとき、最後の力を振り絞れるようにするために、一時的に利用可能な生化学的方法を探ることが目的だ」、「われわれが解明に取り組んでいるのは、悠久の時間をかけて発展してきた生化学的プロセスだ。だから、明日にでも臨床試験を行なおうというわけではない。しかし、この研究の一部(体内の熱を調整する技術)は、一般の予想よりも早く現実のものとなるだろう」と、コメントしている。ダーパは、@「ニュートラシューティカル」(Nutraceuticals、「ニュートリション=栄養」と「ファーマシューティカル=医薬品」の中間に位置する「健康食品」の意)と呼ばれる栄養補給食品群を配合すれば、持久力を向上できるかもしれない」事、A「兵士の体中心部の体温を下げることによって、過熱状態を防げる可能性がある」事、B「ミトコンドリア──細胞のエネルギー供給源──を活性化することで、細胞レベルから兵士の能力を高めることも可能かもしれない」事などを明らかにしている。

 米国防総省では、「人間なら通常持つはずの身体的要求をほとんど持たずにすむ戦闘員を生み出すために、将来を見据えた広範な研究を行なっているが、このプロジェクトもその一環だ。たとえば、睡眠の必要を減らす研究プログラムにDARPAは膨大な資金をすでに投入している。また、負傷した兵隊が──衛生兵の助けなしに──何日も戦闘を持続できるようにする技術についても、研究に取り組んでいる」とする。

 しかし、栄養学者たちは、「DARPA傘下で実施されているほかの多数のプロジェクトと同様、メタボリック・ドミナンスが無謀の域に属する」と批判している。ニューヨーク大学の栄養・食品・公衆衛生学部の前学部長マリオン・ネッスルは、「このプロジェクトが求めている成果は、あらゆる点で空想的だと言ってかまわないだろう。カロリーはカロリーであり、熱力学の法則は依然として働いている。そして、人間が人間だという事実はどこまで行っても同じだ。彼らはロボットを使うべきだ」(Noah Shachtman「『5日間食料なしで戦える兵士」』開発プロジェクトに取り組む米国防総省」[2004年2月20日付WIRED配信])とした。こうした批判が、この研究はロボット兵士の必要性を導き出すことになるということに注目しておこう。

                                       d ロボット兵士の増加と現状

 ロボット兵士の優位性 知能面で人間と変わらぬ、或いはそれ以上のロボットが登場すれば、いかに犠牲少なくして最大の軍事効果を実現するかと言う軍事研究にこれが応用されて、無人兵器化の弱点(誤爆など)を克服するために、高度な人工知能に制御されるロボット軍隊が登場しかねない。つまり、 「ロボットは疲れを知らず、おそれなどの感情をもたず、人間をはるかに超える能力を備え、いつでも命令に従うのだから、・・ロボットは軍が『3K』と呼ぶ仕事(型にはまった、汚い、危険な仕事)をさせるのに、何より向いている」から、「政府と軍が・・ロボットや無人システムを戦闘に使いたがる」のは当然なのである(エリック・シュミット『第五の権力』316頁)。「軍事用ロボットはどんな兵士よりも耐久力が高く、反応速度が速く、また政治家にとっては人間の部隊に比べてずっと戦闘に送り出しやすい。ロボットを陸海空の軍事作戦に投入すれば、戦死者や民間人犠牲者、巻き添え被害を減らせることに、大方異論はないはずだ」(エリック・シュミット『第五の権力』316頁)からである。

 実際、アメリカ軍の指示・支援などのもとに、@アイロボット社はバックポットを作り、「地雷や化学薬品、生物学兵器、道端に仕掛けられた即席爆発装置」の探索に使用し(これが後にルンバになる)、Aフォスターミラー社はバックボット競合品「タロン」、武装ロボット「ソーズ」(特殊武器観測遠隔直接行動システム)を開発し、B「プレデター」ドローン、小型無人機、大型無人機がつくられている(エリック・シュミット『第五の権力』317頁)。

 ロボット研究者のジョン・バイクは、ロボットは戦場で「運搬の仕事」「監視の仕事」を任されているが、「彼らが戦いはじめたら、どんなに組織された部隊も太刀打ちできないだろう」(John Pike発言[(Preston Lerner,"Robots Go To War",January 2006]、P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』165頁)とする。従軍記者ノア・シャクトマンは、「今後十年間の軍用ロボットについては、『指数関数的に増大するのは確実だ』」と語った(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』166頁)。

 戦場の決断は、「OODA(Observe監視、Orient状況判断、Decide決断、Action行動)ループ」で決まるとされる(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』515頁)。「問題は、この意思決定サイクルの間隔が、技術によって短縮されつつあること」であり、「大量の情報がより迅速に入ってくるようになって、より迅速に決断を下さなければならなくなっている」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』516頁)のである。

 それに対して、人間はこうした迅速な決断に対応できなくなっており、2002年陸軍報告書は、「この問題の解決策をもたらすのは、より進んだ人工知能を持つ自動システムかもしれ」ず、「無人システムは人工知能技術の進歩をフル活用して、軍事行動や戦術的状況にアクセスし、適切な行動方針を決定することができるようになるだろう」とした(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』516頁)。しかも、ロボットならば、人間の「喪失や怒りや復讐心といった激情に流されない」ので、「最も統率のとれた軍隊」となる事が可能であり、多くの人が無人システムも「戦場から遠く離れ」た所にいる「使う側の人間からも怒りや感情をる取り除く」と見ている(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』569頁)。だから、ロバート・クイン(フォスター・ミラー社)は、「武装ロボットに移行する最大のメリットは、発砲の決断から感情を、恐怖の要素を取り除くこと」だとした(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』569頁)。

 AIロッボトの指揮官支援 既にDARPAは統合作戦指揮(IBC)システムを生み出し、「軍の将校に『意思決定支援』(「指揮官が自らの計画を視覚化し評価するとともに、さまざまな効果の影響を予測できるようにするAI」)を提供」し、「軍事行動計画を立てている指揮チームが予測されるさまざまな相互作用を評価する手助けをし、特定の変数を変えると、直接的にも間接的にも、人間にはなかなか算定できないほど複雑な結果になることを理解させる」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』517頁)のである。

 「プロジェクトの次の段階」は、「作戦の全体計画を立てるAIを作ること」となり、「『戦闘管理』システムも稼働しており、部隊の移動のための配備・兵站計画まで策定するとともに、将校が出すべき指令も作成して、敵が取りうる行動と、考えられる対抗手段について助言する」ことであり、この情報将校向けのバージョンがRAID(Real-time Adversarial Intelligence and Decision-making。リアルタイムでの敵対する知性・意思決定)は「行動区域における敵の過去の行動を記録したデータベースをスキャンし、『指揮官が敵の戦略目標を予測する』のを支援するAI」である(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』517頁)。この点、「イスラエル軍は『バーチャル戦闘管理』AIまで実戦配備し」、「指揮官の支援が主な仕事だが、向かってくる標的の数が多すぎて人間は太刀打ちできないなど、極端な状況では代わって指揮をとることもある」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』517頁)とするのである。

 国防総省は指揮者判断の「プログラムの開発」を行っていて、「多くの人」が「将来の指揮統制で最も可能性が高いのは、戦場で兵士とロボットの混成チームが戦う『準戦闘員』構想に似たものになる」と考えている。そして、「基地にいる未来の指揮官はやがて、人間の将校とAIの両方からの助言を調和させる参謀をももつようになる」とされる。ジェームズ・ラスウエル大佐(海兵隊戦闘研究所)は、「各種のハイテク意思決定支援システムは指揮官にとって、『分身』AIに進化する可能性が高」く、彼は、「一種の人工副官で、『指揮官の要請に応じて、自動的に情報を送って照合する』」存在となる(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』519頁)。AIロボットは、こうした過渡的「人工副官」を経て、事実上の参謀に上昇してゆくであろう。

 DARPAも、PETE(Professional Educated Trained Empowered)という電子アシスタントを開発中であり、PETEは「人間の指揮官のために情報を収集して照合するだけでなく、指令を実行し、ほかの指揮官のバーチャル・アシスタントと連携し、PETEのネットワークをつくりさえする」ので、開発者は、その結果「人間の指揮官とAIの準指揮官のチームがOODAループをどう扱うかに分裂が生じる」と予想し、「PETEは監視の90%、状況判断の70%を行うかもしれないが、おそらく意思決定はわずか30%、行動は50%にとどまる」とした。(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』519頁)。

 こうして「無人システムは指揮官の重荷をいくらか軽減している一方で、新しい重荷をいくつも加え」ており、「機械はまだ、戦争における指揮の決定はしていないが、これまでになく決定に影響を与えているのは確か」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』520頁)なのである。

 こうした過渡期を経て、熟練したロボット兵士が参謀として指揮官となることが一般化すれば、従来の軍事力は大きく変貌するであろう。

 戦争の変化 この様に、ロボットと無人航空機で、全般的に戦争方式自体が大きく変わりつつある。軍事史家によれば、「西暦1300年以降、長弓から核兵器まで少なくとも10のRMA(Revolution in Military Affairs、軍事革命)が起き」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』267頁)、21世紀戦争の特徴たる「ネットワーク中心の戦争」は、「戦争のハードウェアではなくソフトウェアが重要だということ」、「情報共有の重視から生じている」ことで、「これまでのRMA」とは根本的に異なるとされている(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』270−1頁)。

 無人飛行機や「ロボットというデジタル戦士」の台頭は、「戦争の致死性だけでなく、誰が戦うか自体を変えるという点で」、つまり、「人間が戦争を独占する状態に終止符が打たれ」るという点では、「極めて重要」であり、「今後何世紀にもわたってー人類が運よく生きのべればの話だがー歴史家が話題にする」(P.W.シンガー、『ロボット兵士の戦争』25頁)事になる。こうしたAIロボットなどによってもたらされた「現代の戦争の自動化」は、「銃の発明と並んで、人類の戦いにおける最も重大な転換」なのであり、「科学者のいう『特異点』、つまり『ものごとがあまりにも根本的に変化するため、古い法則が崩壊し、知識がほとんど通用しなくなる状態』にあたる」(エリック・シュミット『第五の権力』315頁)とも言えるのである。

 エリック(グーグル会長)が休職中の海軍特殊部隊(SEAL)の隊員(2011年ウサマ・ビンラデイーン襲撃作戦参加)に「未来の戦闘部隊がどのように変わるか」を尋ねると、彼は、@「部隊は超高性能の安全で信頼できるタブレット型機器を使って、UAV(無人航空機)からのライブ映像を確認し、必要な解析情報をダウンロードし、友軍の行動を把握できるようにな」り、「こうした機器は、街並みや建物の歴史的重要性、住宅の所有者、上空に無人機がとらえた建物内部の赤外線の動きなど、周囲の環境の詳細情報を表示する、独自のライブマップを搭載しているため、兵士は攻撃すべき目標、回避すべき目標を、より明確に把握でき」、A「兵士はパルスで意思疎通を行え」、「ヘルメットは視界が広く、通信機能が内蔵され・・基地から兵士に遠隔指示を与え」、「兵士はカモフラージュ機能を使って、軍服の色や質感、図柄、においを変えられ」、こうして「兵士の軍装や装備も変わる」などと答えた(エリック・シュミット『第五の権力』319頁)。

 また、「陸軍大学のある報告書」によると、軍におけるロボット革命は、「政治的、法的、倫理的問題のハリケーンを引き起こ」し、「戦争の戦い方」、「世界的大国の盛衰」、「国家と市民の関係」、「兵器や仲間の兵士に対する兵士の見かた」、「一般市民と兵士の関係」、「戦争の始まり方と終わり方」を変え、ここに「将兵と指揮官はどう戦い、どう指揮するかをめぐって、新たなジレンマと格闘することにな」り、同時に、「戦争の担い手の範囲が拡大し、その結果、兵士のアイデンティーという新たな問題が生じ」、さらに「人類は自分たちが生み出した戦争と兵器を今後も掌握できるのか」と言う問いまでゆきつくとした(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』298頁)。

 2007年、軍事研究家シンガーがラリー・コープ(元海軍パイロット、レーガン政権国防次官補)に、「ワシントンの防衛界が見落としている最も重要な問題は何だ」と尋ねると、コープは「ロボット工学と無人システムというやつ全般だ」と答えた。コープが、「無人システムを大いに支持するのは、ごく単純に『それらは命を救う』から」であるが、無人システム使用が増加するにつれて、「戦争なんて簡単じゃないか」と思い込み、「戦争が起きる可能性を増大させる」事を懸念したのである(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』456−7頁)。「無人システムは戦争の悲惨な代償を軽減するかもすれない」が、市民は戦争への関心が低下し、「指導者は戦争を始めやすくなる」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』462頁)というのである。

 イラク反乱作戦でのロボット兵器の役割 イラク戦争後のイラク反乱に対しても、無人システム、ロボット工学などの技術は有用だとされる。陸軍大学教授スティーブン・メッツは、「対反乱活動は純然たる”人間の”努力であって、機械はほとんど役に立たない、というようなよくあるデマが気がかりだ」とし、「これが、大規模な従来型の競争用に設計された”共同構想”(つまり、セブロフスキーとラムズフェルドのネットワーク中心)タイプの技術にかぎった話なら確かにそうだろうが、アプローチを変えれば、きっと技術的な打開、ひょっとすると革命のチャンスさえあるはず」であり、「ロボット工学やAIや非致死性は、この領域のカギを握る技術だと思う」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』315頁)とする。

 シンガーは、イラク戦争は、「ロボットが役に立つ可能性を証明し、その結果、ロボットが本当の意味で認められることにな」った戦争だとし、エリオット・コーエン(国防総省顧問)は、イラク戦争ではUAV(無人航空機)が望まれる戦争だったとした。イラク戦争では、当初はプレデターは軽視されていたが、やがて「プレデターは・・イラクにおける空爆の標準」となったのである。「使っているロボット飛行機の数も規模」は、空軍より陸軍の方が多く、国防総省はこの調整機関としてCOE(Center of Excellence)を設置した(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』315−7頁)。

                                 e 自律ロボット兵士の諸問題

                                 (@) 人間兵士の「改造」

 非自律的ロボット兵士の限界  「戦場のロボットが自律的な人工知能をもつようになるまでは、接続が妨害、遮断されれば、ロボットは高価でやけに重いだけの無用の長物と化し」、「敵にロボットを捕獲」されれば「独自技術を敵に渡」し危険でもある。「ロボット的要素が絡む戦争では、双方が互いの活動を妨害する目的で、サイバー攻撃を仕掛けるだろう」。ロボットを動かす「ネットワーク化されたシステム」のような「高度なマシン」を動かすコンピュータコードは「「信じられないくらい密度が高い」ために、「問題が起こりがち」で「簡単に対処できるとは限らない」(エリック・シュミット『第五の権力』332−3頁)。

 「人工知能システムが人間の脳の働きを模倣できるようになるまでは、無人システムが直接的に、または意思決定者として間接的に、人間の兵士に完全にとって代わることはない」(エリック・シュミット『第五の権力』334頁)。ということは、人工知能システムが人間脳作用を模倣し、それを凌駕すれば、AIロボット兵士は人間兵士にとってかわるということである。

 軍事研究家シンガーはエリックに、「アメリカ軍の兵士が、イラクやアフガニスタンで使っている地上ロボットは、驚くべき技術を搭載していますが、武装勢力は虎の罠を仕掛ければいいと気づき」、「ただの深い穴を掘って、ロボットを落と」し、「よじ登って出て来られない」ようにすると語っている(エリック・シュミット『第五の権力』334頁)。「ロボットの知能は専門的なために、オペレータや開発者が戦場で試運転すると、予想もしなかった方法で敵に迂回され、改良の必要が生じることが多い」(エリック・シュミット『第五の権力』334−5頁)のである。

 特殊部隊隊員は戦場では「直感」や目くばせという「非言語シグナル」が重要になるが、「人間だけが持ち得る特性」たる「判断力、共感力、信頼など」は「ロボットに移植する」のは難しい(エリック・シュミット『第五の権力』335頁)。だから、「ロボットの知能がさらに進化して、人間の軍隊との一体化が進んでも、当面の間は人間が軍事活動をとり仕切る」(エリック・シュミット『第五の権力』336頁)ことになる。

 「米陸軍が五百人近い将官と大佐を対象に、21世紀の将校に必要な特質について調査」した所、「柔軟性」「順応性」「潜在的洞察力」「思いやりのある洞察力」などの人間的資質があげられていた。だから、陸軍大学のハリグ大佐は、「機械は、彼らのリーダーシップの人間的な面を拡張することはできでも、それに取って代わる事はできない」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』515頁)とした。

 「恐怖心のない兵士を作るプロジェクト」 2012年、ダーパは、「生身の人間で実際に行なわれているニューロ・サイエンス(神経科学)の研究」に資金提供し、「人間の身体と機械が物理的に結合」し「戦場で一切疲れも恐怖も感じない兵士」を研究している。米大統領の生命倫理委員会上級スタッフ、ジョナサン・D・モレノは、近未来兵器たる「操作される脳」の実態を指摘する。

 「恐怖心のない兵士を作るプロジェクト」では、「心臓病の治療薬として用いられるβ(ベータ)ブロッカー(交感神経β受容体遮断薬)」が注目されている。この薬は、「交感神経のアドレナリン受容体のうち、β受容体のみに遮断作用をするものだが、この薬を服用していると感情が平坦にな」り、「暴行被害などで精神的外傷ストレス障害(PTSD)を負った人に、心理療法やカウンセリングと共にβブロッカーを与えることが行なわれ」ている。多くの科学者は、この「情緒的な激しい感情の記憶を遮断する作用がある」βブロッカーは、「改良が進めば戦場の兵士に有効になる」と思っている。

 しかし、民間の科学者の中には、「マインドコントロールの実験台になっている」と批判する声もある。さらに、「兵士の感情をコントロールするといった研究を突き詰めていけば、人間であるとはどういうことかという倫理的な命題に突き当たることは確か」でもあると懸念されている(「米国で疲れも恐怖も感じない兵士を作るプロジェクトが進行中」[小学館「NEWS ポストセブン」2012年4月25日配信])。人間としての兵士の限界が指摘されていることは注目される。

 人間的脳の軍事的転換 英国のサイバネティクス・ロボット工学者のケビン・ウォ―リック」は、「人間機械系インターフェイスの進化における次のステップ」として、「さまざまなハイテクのコントローラーを自分の体内に埋め込む実験」を行ない、「コンピュータ・チップを腕に埋め込」んだりした。インプラントだけが「人間が自ら生み出した機械についていく方法」とした。2001年マサチューセッツ州で「首から下」が麻痺した青年マシュー・ネーグルが、頭部にコンピュータ・チップを埋め込み、「動こう」考えるだけで、「コンピュータ画面のカーソルを動かした」のであった。こうして「コンピュータに直接接続できることで、戦争にまったく新しい可能性が開け」、ゆえにDARPAが「脳インターフェイス・プロジェクト」に多額の研究費を援助したのであった(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』108−111頁)。「脳が機械とつながるとしたら、脳同士もつなぐことができ」「兵士は敵が待ち伏せしている」ことを送信連絡などせずに「思考によって伝えればすむようにな」り、全米科学財団は「そうした情報伝達は今後二十年以内に可能になる」と考えている(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』112−3頁)。

 2016年には、この米軍DARPAは、「脳とコンピューターを繋ぐチップを頭に埋め込み、前線の兵士を『サイボーグ』に変える技術」を開発中である。これは、あくまで人間を主体にして「一度に接続できる脳細胞の数を数万個単位から数百万個単位へと飛躍的に増加させ」るという改造である(アンソニー・カスバートソン「米軍の新兵器は「サイボーグ兵士」、DARPAが開発中」『ニューズウィーク』日本版 2016年1月22日配信 )。

 このように米軍では「人間的脳の軍事的転換」がはかられているが、あくまで主体は人間であるから、死亡損失を回避することはできないので、米軍にサイボーグのような軍人改造志向が存在する限り、人工知能などによる「人間知能を凌駕する人工知能」を装備したロボット軍人の開発は重要課題であり、従てそうしたロボット軍人からなる軍隊の開発もまた考慮せざるを得ぬ課題となるであろう。

 小型マイクロチップを埋め込んで「人体はこれまでの限界を超え」、「こうした『増強』『拡張』に関する研究は、軍の研究室で最も予算が潤沢」なプログラム(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』543頁)。「技術的インプラントは、戦争での人間の能力を多くの面で増強するのに使われるかもしれ」ず、DARPAは、AugCogと称する「拡張された認識」を重視し、「ロボット用の記憶チップを人体に埋め込」もうとする。「差し込みプラグが可能にする、記憶力の拡張とインターフェース接続の組み合わせは、強力なもの」であり、「脳のなかに携帯情報端末や携帯電話があるようなもの」(脳インターフェース専門家フィリップ・ケネデイ言)となりうるのである(543頁)。「人間の脳の記憶装置はお粗末」だから、「差し込みプラグ式の新たなロボット・インターフェイスを使えば、転送速度は高周波帯域通信(ブロードバンド)並みににな」り、「『脳と交信する大容量のフラッシュドライブ』にプラグインする」のと同じになる(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』544頁)。

 こうして「ロボット技術を生身の体に組み込むことは、『戦場の弱者』だった人間の歩兵を、・・『超人兵士』(元陸軍大将談)に変えるのに役立つ」のである。「すべての戦争は人間の弱さを前提とし、それを利用しようとする」(カール・フォン・クラウゼヴィッツ[P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』544頁])が、その人間がロボット技術で強くなるが、もっと強くするにはロボットで置き換えればいいことになる」。

 しかも、人体にロボット技術を埋め込むことには、「多くの兵士は・・動揺」し、「深い不安」を示す。兵士は、「技術に取って代わられるようでは、自分たちの努力とアイデンティティーが過小評価される」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』545−6頁)と懸念もするのである。

 英国研究者のケビン・ウォーリックは「自作のロボットとのインターフェイスのレベルを向上させるため」、技術装置を自らの体内に埋め込んだが、「身体能力の向上」のみならず、「自分のコンピュータに親近感を覚え」、「もう純粋な人間ではなく、サイボーグ」になったのである(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』551頁)。

                                        (A) 自律的ロボット兵士

 ロボット兵の成長 2009年5月、アメリカ国防総省は、2030年の『未来の兵士』として、「群集の中で隠れている敵の顔をスキャンし自動照準することができるヘルメット、移動速度や筋力を向上させる戦闘用ブーツ、保護機能を持った戦闘服など」を公開した。ニューヨーク・ポスト(2009年付5月23日付)によれば、「未来の兵士が使う先端軍事技術のうちの相当数は既に開発済みの状態であるとし、20年後の兵士の姿はSF映画に登場する戦闘ロボットに似ている」と報じた。ただし、ここでは、まだ人間兵士が「手袋を利用して攻撃機や共に戦う攻撃用ロボットも操ることができる」と、人間兵士が主で、ロボット兵士が従とされている(「アメリカ国防総省が2030年の 『未来の兵士』 を公開!」[2009年付5月27日付『ロケットニュ―ス』])。しかし、いつまで人間兵士がロボット兵士をコントロールできるであろうか。ロボット兵士が人間兵士より優秀であるとなれば、早晩、ロボット兵士が人間兵士をコントロールする日がくるであろう。

 ハリー・ウィンゴ(海軍特殊部隊SEALの元隊員、現グーグル社員)は、「ロボット技術の進歩が今後数十年間の戦闘活動に」与える影響について、@「人間の代わりにコンピュータや『ボット』(ロボットの略称)を監視に使うこと」、「戦火を進む際や建物を制圧する際にロボットを先頭の死て突入すること」では大いに役立つこと、A「今後10年間でますます多くの『致死的活動(銃器を用いる戦闘活動)、たとえば標的を瞬時に解析しなくてはならないルームクリアリング(室内に潜んだ敵の確認、排除)などが、ボットにまかされ』」ること、B「当初ロボットは『機械の補助』つきで、つまり兵士が遠隔地から指示を与えるかたちで用いられるが、やがて『ロボット自身が標的を認識、攻撃する』ようになる」とした(エリック・シュミット『第五の権力』317−8頁)。

 ロボット兵士の「戦友」化 ロボット兵士が自律化する以前から、人間戦士は「ありとあらゆる考えや思いや感情を新しい機械に投影し、戦争体験にこれまでにない側面を生み出し」、「ロボットに対する親近感」を抱いている(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』489頁)。人間戦士は、「ともに戦い、命まで救ってくれたロボットを、単なる『モノ』とみなすのは、自分自身の体験を侮辱するのに近い」と思うので、勲章を与えたり、戦友として接するようになる(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』490−1頁)。「無人システムは人間のリスクを軽減するとされている」が、「兵士がロボットに絆を感じると、ロボットの身を案じるようにな」り、「イラクであるロボットが動かなくなったとき、EOD班の有る兵士は、敵の機関銃による」銃撃のなかを50mも走って、『救出』に向かった」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』491頁)。「傷ついたロボットと行動をともにする兵士」はロボットに愛着をもっているので、バクダッド修理工場は「整備士というより、緊急救命室の医師の仕事に近」いことをしたのであった(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』491頁)。

 「人間の操縦者と協力して任務に当たる」二タイプのAI(@「人間のような声と癖をもち」、絆を強め、冗談を言えるAI、A「単調な声で『ハロー』と言うだけ」のAI)プログラムに関する研究で、前者の「人に好かれるAIと人間チーム」が「速く任務を終えた」事が判明した(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』495頁)。ピータ―・カーン(「人とロボットの交流に関する世界有数の専門家」)は、「軍のチームの一員になるようロボットを設計」し、「ロボットにより効果的に関与できるようになるかもしれない」が、「仲間のロボットを爆破」し仲間を「使い捨て」にしがたくなったとした(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』495頁)。

 自律ロボット兵の登場時期 この様な人間兵士とロボット兵士との絆を経て、やがて人間コントロールから外れて自律的に軍事行動するロボットが登場する。
では、こうした自律ロボットが登場するのはいつ頃であろうか。

 軍やロボット・メーカーなどでは、「政治的」に「より知的で高性能で自律的なロボットを武装することは・・触れてはいけない話題」になっていて、「無人システムが『自力で武器を発射できるようになる』なんて、想像もつかない」(フォスター・ミラー社副社長ロバート・クライン談)と発言した(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』184−5頁)。しかし、「より有能で知的なロボットを作る圧力」、軍人が複数ロボットを支配するという「軍の単なる利己主義」などが、「戦争用ロボットの自律性をさらに増大させ」る(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』188頁)のである。

 2004年、DARPA研究者は「軍人とロボット工学者」に、「近い将来、軍のどんな役割で人型ロボットが人間に取って代わる」かを問うと、軍幹部は「最初に自律ロボットに引き継がれる機能は対機雷活動、次いで偵察、前進観測、兵站、それから歩兵」であり、「ロボットへの機能が最後になると思う機能は、防空、乗り物の運転・操縦、食料調理」だとした。軍人予測の平均は、「人型ロボットが歩兵の戦闘役割に使われ始めるのは2025年」だった(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』194頁)。

 ロバート・フィンケルスタイン(軍用ロボット専門家)は、関係者は「ロボットが戦場で人間の兵士とまったく同等の能力をもつのは2035年」としている(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』195頁)。

 2005年、統合戦力軍は、「戦場に自律ロボットがいることが、20年以内に当り前になる」と示唆した(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』191頁)。

 2006年、ジョン・S・キャニング(米海軍海上センター所長)は、「脅威となる勢力を殺さずに武装解除」するように「米軍の武装無人システムが自動的に相手を識別するように、武器を使う人間ではなく兵器そのものを標的とし、無力化もしくは破壊するように設計」するとした。2007年、米陸軍は、「人間が介入しない完全に自律的な交戦」を遂行できるシステムの「提案要請書」を提出した。2008年、米海軍は、「戦場における武装自律システムの運営構想」についての研究成果を配布した(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』191頁)。

 既存将兵の不安 2007年の空軍士官学校卒業生は、空軍将校に、ロボット登場で「戦闘で飛行するチャンスは巡って来ないのではないか」と言う不安を表明し、「一部ではロボットのせいで人間の戦士は時代遅れになるのではないか」と考える人もでてきた(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』192頁)。

 海兵隊退役少将トム・ウィルカーソンは、「現に、UAV(Unmanned Aerial Vehicle、無人機)がより簡単に操縦できて、より致死的になっているので、『おそらく、戦闘機パイロットはまったく必要ないだろう』」と語った(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』193頁)。

 戦場歩兵についても、「機械を導入することが検討されはじめ」、フォスター・ミラー(ロッボト製造会社)のロバート・ケインは、「EOD(爆発物処理)から戦闘工兵への進化は明らかだ。次のステップは、兵器化したロボットをもつ歩兵部隊だと思う」としている(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』194頁)。

 自律兵力の運用戦術問題 まず、ロボット軍運用面の「スウォーム主義」(群れ、分権的運用、指揮系統・通信回線・補給線は複数あるので、切断のおそれはないが、「群れが勝手な行動をとる」場合もある)からみてみよう。

「DARPA、ONR、海兵隊戦闘研究所といった機関も、ロボットの教義がロボットの自律性の増大をどう活用するかについて、『生体系によるヒント』に目を向けて」、ハチ・アリなどの機能的小集団からなる集団での狩猟(スウォーミング)からヒントを得た戦法を打ち立てる(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』336−7頁)。 「アイロボットのスウォーム・プロジェクトの責任者ジェームズ・マクラーキンによれば、プロジェクトチームのヒントになったのはハチやアリ」であり、「戦争における無人システムの群れ」において個々のパートが「他のパート」と連絡をとりつつ、敵を攻撃する(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』339頁)。

 サンタフェ研究所(複雑系の研究所)が、「拡散型自律兵器(PRAWN)について・・ロボット戦争においてどう動くか」を調査し、@「基本的な無人兵器は、シンプルなセンサーを使って標的を見つけ、見つけた標的を自動目標認識アルゴリズムで特定し、無線や赤外線通信など簡単な通信方法を使って群れの残りのロボットが何を見、何をしているかの情報を伝え」、A「ロボットは、鳥が群れるときやアリが餌を集めるときに使うものをまねた、簡単なルールを与えられ、それに従」い、B「PRAWNは広がって行き当たりばったりに近い捜索をするとき、発見した敵の標的に関する情報を仲間に送信」すると、「標的を攻撃するべく、群れが形成」され、C「個々のロボットは、同じ標的を攻撃している仲間の数を把握し」「必要な数に達すると、残りの小エビのようなロボットは新たな標的を探しにい」き、D「アリの群れに役割分担があるように、PRAWNもそれぞれ違う兵器やセンサーを搭載し、群れ全体のニーズに対応できる」のであり、E「個々のPRAWNはごくシンプルで、無能といっていいくらいだが、群れ全体ではどんなシステム単体よりはるかに効果的になる」と報告したのである(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』340頁)。

 これに対して、ロボット軍運用面の「母艦」主義(集権的運用、一本の通信回線切断で任務中断のおそれあり)を見ると、ジョン・アーキラ(海軍大学)は、「将来は数多くの小型ロボットが、敵をあらゆる方向から同時に攻撃できる。標的の防御に過剰に負荷をかけるのが狙いだ」と、ロボット波状攻撃論を説く(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』341頁)。アイロボット社は、安価なロボット群の規模を「1万台に拡大したプログラム」を実施し、DARPAの研究者は「いずれは『天文学的数のロボット』の群れになる可能性がある」とした(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』342頁)。

 以上のロボット軍運用面の「スウォーム主義」と「母艦」主義」とは「対極」にある構想である(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』342頁)。 「それが母艦であれ、群れであれ、それ以外の、私たちがまだ知らない、戦争の組織に関する構想であれ、ロボットを組織する指針として米軍が最終的にどんな教義を選ぶのかはまだ分からない」のであり、「実際には、さまざまな選択肢が混ぜ合わされるかもしれ」ず、「群れと母艦の構想が融合され、群れが集まりはじめた時点で、指揮する人間が自ら入り込むのではないかと想像する向きもある」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』344頁)のである。

 また、ロバート・ベートマン(陸軍士官学校教授)は、やがて「機械がついに、人間であるかのように人間を欺くまでにな」り、「その結果、嫌悪感をいだく人もでてくるだろう」とする。しかし、ベートマンは、「軍が将来、無人システムを使って戦争をどう戦うかの方向づけ」を考えているが、彼は「未来に軍がどう活動するかの包括的計画がない」事を懸念している(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』303頁)。ある陸軍軍曹は、「『毎回新しい技術を渡される』が、どこですべてが組み合わさるのか、誰も全体計画は持っていない」とこぼす(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』308頁)。ゴードン・ジョンソン(米統合戦力軍で無人システム・プログラムを指揮)は、「海軍にも、空軍にも、陸軍にもプログラムがある。だが、国防総省レベルで、無人システムを使って何をするのか、明確なビジョンをもつ人間がいない」と嘆く(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』309−310頁)。この様に、米国の陸海空軍はいずれもロボット兵士・無人兵器の包括的な計画なく使っているのである。

 「無人システムがもたらす三つの重要な弱点」は、@「無人飛行機のパイロットは・・まったくリスクを負っていない」事、A「そうしたパイロットたちは仲間の命よりも機械の安全を重視している」事、B「そういう連中は重大な決断を下している仲間の兵士ではない」事である(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』488頁)。

 自律ロボット兵の人間扱い問題 軍事ロボットについて、ロバート・フィンケルスタインは、「人間並みの知能を与えられたら、ロボットは人間のように扱われる」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』583頁)とした。ヒューマン・ライツ・ウォッチのマーク・ガーラスコは、「ヒューマン・ライツ・ウォッチは人工の機械人間のために立ち上がる」とした(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』583頁)。

 「ロボットの知能が向上し、とくに人間との交流がよりスムーズになる(リアルな体やAIの人格をもつなど)と、人はロボットに人格や個性を与え、アイデンティティーを付与しはじめる」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』583頁)。心理学研究によって、「ロボットについては、人は彼らを生命のないモノと生命のある機械の中間と見なしがちだ」ということが判明した(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』584頁)。「私たち人間の心理的な習慣と自意識のせい」で、「ロボットは普通の道具や機械より、いい扱いを受けるべきだという意識がでてくる」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』585頁)。

 ヘンリク・クリステンセン(ジョージア工科大学のロボット・知能機械研究所所長)は、ロボットが虐待・拷問を受けないために、「人間がロボットと道徳的に交流するように道徳的ルールを設け」る必要があるとした。「ロボットにある種の保護や権利を与えることは、そもそも私たち人間の善と悪の認識を保つことになる」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』586頁)。米軍は無人飛行機の自衛権について、人が乗っていなくても、「無人機も実体であり、しかも『国有財産』なのだから、無人機を送り出した人びとの代理とみなすべきだ」とする(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』587頁)。ジャンマルコ・ベルッジオ(「自律性のための知能システム研究所」)は、「ロボットを作っている科学者の倫理」と、「ロボットに内蔵される人工倫理」を優先的に考えなければならないとする(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』610頁)。

 だが、ロボット工学界には「参考にできるような職業規範や伝統がない」のである。ニック・ボストロム(オックスフォード大学「人間性の未来研究所」所長)は、「技術革命は人間の状態を変え、無数の人びとの生活に影響を及ぼすものは、おそらくほかにはない」が、「このテーマについて、倫理学者はほとんど語っていない」ので、「発明家であれ資金提供者であれ、道徳的でありたいと思っても、すぐに頼れる指針がない」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』610−1頁)のである。

  自律ロボット軍の危険性 2012年末HRW(Human Right Watch)レポートによれば、「米英やイスラエル、韓国など一部先進国では、政府主導で高度な自律性を備えたAI兵器の開発に注力し始めており、この傾向が野放しにされると、いずれ『自らの判断で人を殺す軍用ロボット』が開発される可能性が十分にある」(180頁)とし、「ロボットがどれほど進化したところで、市街戦などで敵の兵士と民間人とを誤認する可能性は高」く、また「ロボットが戦うようになれば、味方の兵士の戦死を気にする必要がなくなるので、為政者が戦争を起こしやすくなり、それによって逆に民間人の犠牲者が増加する」として、自律型ロボット兵器の完全禁止を各国政府に訴えた(小林雅一『クラウドからAIへ―アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』184頁)。

 2014年5月には、(AIを搭載することで誕生する)自律的なロボット兵器の規制を検討する国連の会議がジュネーブで開催され、「人間の操作無しに自動で人間を殺傷するロボット兵器(Lethal Autonomous Robots)」の開発禁止を訴える声明が採択された」。しかし、「英国、イスラエル、そしてノルウェイなどでは、すでにそうした自律的なミサイルや無人攻撃などの配備を進め」、「米国でも同様の兵器を開発中で、すでにテスト段階に入っている」といわれる(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』41頁)。

 こうした自律的兵器の到達点が、自律的な ロボット兵士で編成されるロボット軍隊である。こうしたロボット軍隊が人間軍隊より卓越した戦略をもつならば、参謀分野にどんどん進出し、事実上軍を掌握しかねない。そして、ロボット全体がそのロボット軍事力を背景にクーデターを起こせば、政治権力が人間からロボットによって掌握され、人間がロボットに隷属させられるという大問題も起こりかねない。さらに、想定される最も恐ろしいことは、人間知能以上の能力を持った人工知能のロボット軍は、放射能の直接被害を受けないことから、参謀主導権を掌握し、ロボットエネルギーの製造・維持の地下施設を確保すれば、「国際政治学者」らが浅はかにも戦争抑止論の根拠としてきた核兵器、或いはそれを上回る兵器を「先制攻撃」兵器と位置づけはじめかねないということだ。

 2016年2月6日米大統領選の共和党候補によるテレビ討論会で、「北朝鮮による事実上の長距離弾道ミサイル発射を受け、各候補からは北朝鮮への圧力強化を求める声が続出。中国に影響力行使を迫るべきだとする発言が相次ぐ一方」で、ジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事は「われわれの安全を守るのに必要なら(北朝鮮のミサイルを)先制攻撃すべきだ」と主張したのである(AFP時事2016年2月7日配信)。人類破滅危機から核兵器先制使用が抑止されている今でさえ、相手が弱いと見ると、こう言う先制攻撃論が唱えられる状況である。AIロボット軍が参謀主導権を掌握すれば、相手が優勢になる前に核兵器を先制使用すべしという動きはかなり可能性がでてくるであろう。その時になって、「あの時に核兵器は全面廃棄しておけばよかった」と、人類がこの核兵器による抑止という「重大誤判断」を後悔したとしても、もう遅いということだ。地球が核戦争或いはそれ以上の兵器の戦場と化した場合、ロボット軍が必要要員とした人類以外は絶滅するばかりでなく、宇宙のエネルギー循環を少なからず狂わせ始めるであろう。

 自律ロボット兵反乱の可能性 ダニエル・ウィルソン(「ロボットの反乱に対する手引書」[How to Survive a Robot Uprising]の著者、ノースロップ・グラマン社で無人飛行機設計に従事)は、「機械なら反抗する可能性があ」り、「あらゆる敵ロボットの一般的な強みと弱みを知ることが不可欠」であり、「それを知らない人間には、おおぜいのロボットが働くのをやめて攻撃を始めることにしたら、悲惨な運命が待っている」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』597頁)と警告する。そして、彼は、「ロボットが反乱を企てている」兆候は、「単純作業に急に興味を失う」、「刺すような動きを繰り返す」事(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』598頁)などであると注意を喚起する。

 ウィルソンは、こうしたロボット反乱の可能性は低いとしつつも、「敵の戦闘員を無力化する」とか「兵士が生き残る可能性を高める」などとして大量にロボットを設計しているから、やはり反乱の可能性はあるとみる。ウィルソンは、ロボット・ロボット製作者への「不正確な描写が多い」ハリウッドに反撃する」という「軽いノリ」で、「人間が創り出した人工物が将来、私たち人間に何をするかという本当の恐怖の、より長い歴史に分け入っている」のである(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』598−9頁)。

 ロバート・フィンケルスタイン(軍用ロボット技術者)は、「『二十年以内に』AIとロボット技術の組合せは、機械が『人間の能力に匹敵する』までにな」り、「ロボットは人間をしのぐことができるほどの能力を与えられ」、「人間以上のもの」「人間には対抗できない」ものになるとした(軍用ロボット会議で発表された"Millitary Robotics"[P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』599頁])。その善悪は誰にも分からず、「人類の破滅につながるかもしれないし、あるいは、戦争を永遠に終わらせることになるかもしれない」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』600頁)とした。この点を正確に言えば、人類が破滅すれば、人類の戦争は永遠になくなるということである。

 ロボットとの戦い ロドニー・ブルックス(アイロボット創設者)は、「ロボットの使用と役割は『モラルの戦場』」となり、「多くの人はこうした新技術にひどく抵抗して、それらの技術が社会に非常に浸透していることを不快に思い、自分たちの価値そのものを脅かすとみなす人さえい」て、「新技術を作って使う人びとを、恐るべきもの、さらにどんなことをしても阻止すべきものとみなすだろう」とした(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』425頁)。

 「今後一世紀の間に、様々な文化や社会や宗教はかつてない規模とペースで接触し、多くの場合、これらの価値観は衝突し、反感を買いさえ」する所に、我々は「戦争において何が正しく何が間違いか」、「人間とはなにか」といった「本当に根本的な疑問を提起する」様なロボット技術を投入するのである。だから、ヒューゴー・ド・ガリス(コンピュータ科学者)は、「ロボット技術による技術的進歩を人類のより広い運命の一部と見る人」と「そういう未来は自分たちのアイデンティティーと価値観そのものを脅かすと考える人」との対立が「大規模なイデオロギー論争に発展する可能性がある」と懸念する。そして、これが「大規模な戦争」になれば、20世紀の政治的(戦争、粛清、大量虐殺など)死亡者2億人から類推して、数十億人が死亡する可能性があるとする試算がある(P.W.シンガー、小林由香利訳『ロボット兵士の戦争』NHK出版、2010年、428頁[Peter Warren Singer,"Wired For War",The Penguin Press,2009])。ここまで悲惨化するか未だ確証はないが、AIロボット文明の普及は、@AIロボット普及をめぐる人類間の対立と妥協、AAIロボットと人類との対立という二段階を経て、最終的にはAIロボット文明が人類文明を従属・支配することになろう。

 シンガーは、「人間は今後も、たとえ世界が人間と戦うロボットだらけになっても、戦争の主導権を握り続けるだろう」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』428頁)としているが、数百年先にはロボットが主導権を握っていないとは断言できない。


                                        3 経済とAIロボット 

 既にロボット技術が自動車生産工場などに導入されていることは周知の所である。2013年4月9日付日本経済新聞で、産業ロボットメーカーのファナック名誉会長稲葉清右衛門は、「ロボットによる(工場の)無人化が製造業を日本に残す解となる」と指摘した。産業ロッボト肯定説では、「新技術はある種の雇用を奪う一方で、それよりも高度な新しい仕事を創出している」と主張するのである(小林雅一『クラウドからAIへ』206−7頁)。

 しかし、問題は、失業者を吸収する新技術雇用を生み出しているかである。ロボットは、確かに生産性をあげはするが、現実には吐き出された失業者が新たな雇用先を見出せず、滞留してゆく可能性が濃厚である。

 さらに、将来的には、経済分野においても、高度な知能を持つロボットが技術革新を途切れることなく推進して、ロボットが経済「成長」推進の主導力となり、経済の方向を指導し、やがて冨を蓄積する財閥ロボット集団が登場しかねないという危険があろう。こうして、長期的に見れば、ロボットが、軍事・政治・経済各分野に進出し、ロボットに「人権」まで認められてゆくならば、それらにとどまらず、あらゆる分野で人類がロボットに代替され駆逐されるという大問題も起こりかねないのである。それは、「衣料革命」時のラッダイト運動の原因の比ではないであろう。

                                         @ 一般的影響

 これまで失業率の大小は景気動向に大きく左右され、故に政治家が雇用を生み出す成長を重視して来たといっても過言ではないのだが、AIロボットが導入されれば、今度は失業率はこれに大きく左右されてゆきかねないであろう。つまり、松田卓也氏も的確に指摘しているように、「最近の人工知能とロボットの目覚ましい進歩は、普通のオフィス労働者やサービス従事者から仕事を奪ってい」き、特に「高等教育を受けた知的労働者の多くが失業する可能性を秘めている」のである(松田卓也「機械との競争: 技術革新による失業の第3波を人類は乗り越えられるか」[2013年2月『基礎科学研究所』HP] )。

 楽観論 本田幸夫氏は、高齢化社会にあって、「東京オリンピックに向けて、ロボット技術の事業化を進め、人とロボットが共存する社会を世界に先駆け作り上げ」、「ロボット技術を活用することで、超高齢国の日本は老若男女すべての人たちが元気で生き生き暮らし」、「これこそが日本が世界に向けて発信するイノベーション、ロボット革命なのです」(本田幸夫『ロボット革命』197頁)とする。

 日本のロッボト導入が脅威を和らげている一因は、工場などでの生産性向上より、家庭における利用者の生活利便性や余暇時間の増加があるからである。例えば、本田幸夫氏は、「専門家がいくらロボットを開発しても、ロボット革命は起き」ず、「ロボット革命を成功させる鍵は、一般市民の意見を聞きながら、日本の社会でロボットを使ったら便利になるような場面と、そのソリューションを見つけることにある」(本田幸夫『ロボット革命』201頁)とする。また、氏は、「サービスロボットは、労働集約型の現場に入り込み」、「必ずある階層の人の仕事を奪う」事は認めるのだが、「その一方で別の階層の人たちの仕事は確実に良くな」り、「生産性が上がることで、余暇に時間が取れ、充実した生活を送る事ができるようになる」とするのである(本田幸夫『ロボット革命』215頁)。

 中村天江氏(リクルート・ワークス研究所の主任研究員)は、日本では、欧米と違って、「働き手の技能レベルが高い」こと、「消費者が期待するサービス・レベルが高い」事、「雇用維持に対してとても厳しい」事から、「人工知能は、期待するほど人間の仕事を置き換えていかないのではないか」とする。「人材不足が深刻な問題になっている農業や医療、福祉の領域」では「人工知能の導入が進む」が、一般的に「経済的なメリットなどの合理的な理由がないと、なかなか置き換わらない」とするのである。そして、氏は、「人工知能が人間の仕事を奪うのか、両者が力を合わせて新しい仕事を生み出すのか」、「人工知能を上手く使いこなす側」になるか、「人工知能によって使われる側の人間」になるか、この先、「様々なパターンが出てくる」(『人工知能ビジネスーなぜGoogle、Facebookは人工知能に莫大な投資をするのか』日経BPムック、2015年10月、57頁)とする。様々なパターンに上手く乗れれば、人工知能普及でも解雇されることはないことになる。

 これに関しては、新井紀子氏(国立情報学研究所)も、「人間にしかできない仕事」は、「人工知能を使いこなすことによって成し遂げる仕事」であり、「状況判断とか、状況理解が不得意」な「人工知能を使いこなせるインターフェイスを持っている人は、すごく価値があ」り、「筋道理解が出来る人間」はAIを使いこなして「強い人間をより強くする」(新井紀子「東ロボくんは偏差値60が可能 仕事の半分は人工知能に代替へ」」[『人工知能ビジネスーなぜGoogle、Facebookは人工知能に莫大な投資をするのか』日経BPムック、2015年10月、82−3頁])とみる。

 野村直之氏(AI研究者)は、「現状のAIに人間一人の全人格がリプレイスできるわけではないし、その見通しすら立っていない。人の意識とは何か、モチベーションとは何か……そういったことが、まだまったくわかっていない」のみならず、「自意識や価値観を持たないAIは、丸暗記した対話シナリオ以外では『なぜ』を問うことができません」とAIの限界を指摘し、「この“なぜ”を考えられる人」や「好奇心や健全な競争意識、健全な見えといった、人間らしいモチベーション」があれば、AIの中で人間は生き残れるとしている((江沢 洋「ロボットやAIに人間の仕事が奪われる【テクノ失業の恐怖】」[週刊SPA! 2016年5月28日配信] )。

 こうした楽観論は少数意見であり、度合いは一様ではないが、下記の「悲観論」が大勢を占めている。

 悲観論 2011年、エリック・ブリニョルフソン(Erik Brynjolfsson、MITスローン・マネジメント・スクール教授)、アンドリュー・マッカフィー(Andrew McAfee)によって、コンピューターの発達により工場労働者ばかりでなく、「平均的なオフィス労働者の仕事も漸次なくなってきて」、コンピュータとネットワークを合わせた情報通信技術(ICT)は、「単にハイテク産業を促進するだけでなく、あらゆる産業に浸透して、大きな影響力を及ぼし、人々から職を奪っていく」と指摘された(『レース・アゲンスト・マシーン(機械との闘い)』電子書籍、2011年[肥田美佐子「デジタル革命とグローバル化で消える中間職」2011年 12月 2日付『WSJ日本版])。

 2014年3月、ビル・ゲイツ(Bill Gates、マイクロソフト創業者)は、米シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ・インスティチュート」(The American Enterprise Institute)主催の講演会で、「AIによる雇用の侵食は、『運転手』『ウエイター』『看護師』等々、さまざまな職種に広がろうとしている。・・今から20年後、現在の労働者が持っている各種職能への需要は大幅に低下しているだろう」とした(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』43頁)。

 2014年11月には、デロイト(Deloitte)会計事務所とオックスフォード大学マーティンスクールの研究者の協力によって、「英国の仕事のうち35%は、今後20年間でロボットたちに置き換えられる可能性があるという調査報告書」が発表された。この調査報告書によると、「奪われる可能性が最も高いのは、賃金が安く、高い技能を必要としない仕事」であり、「製造業だけでなく、人工知能の進化で、カスタマーサポートなども置き換わる可能性がある」とされている(EMIKO JOZUKA「ロボット化で35%が失業する? 「20年後」にどう備えるか」[ 2014.11.11 WIRED NEWS(UK)配信]。

 2015年、現代は、「コンピュータ技術とロボットの精密化」によって、「データ入力、会計、法務、レジ打ち、株の取引き、音楽の演奏、記事の執筆、接客、運転、音楽プロデュース、デザイン、料理、マッサージ」など三次産業の分野にまで機械が進出してきている(「ロボットにも奪われない「将来も安泰な仕事」って!?」[2015年9月15日付『10MTV』])。三次産業の広範な労働者が長期的にロボット進出によって失業の危険にさらされ続けられるとしている。

 2015年、マーティン・フォード(Martyn Ford)は、@「工場や小売店、事務所や倉庫など労働者によって維持されている「定型業務」が、機械やロボットによってどんどん奪われてい」き、A「機械によるセルフサービスへの転換という現在のトレンドが、今後ますます加速され」、既に「銀行のATM、スーパーマーケットの無人レジ、オンラインバンキング、音声自動応答システムなど」となって実施されているとする。こうして、従来「生身の労働者の従事が欠かせなかったが、機械の登場で利用者が自律的にできるような」り、「この流れは将来さらに進み、モバイル機器と広がり、場所を選ばずに誰もが機械による自動化支援を利用できるようにな」り、「テクノロジーの進歩は容赦なく続き、自由経済市場の誘因よって、民間企業は機械化による雇用削減の現実からは逃れられ」ず、「将来、相当な範囲で雇用が機械化された場合、なんらかの修正が実施されない限り、「現行の経済システムを今後も継続することは不可能」という事実を受け入れることになるだろうとした(マーティン・フォード、秋山勝訳『テクノロジーが雇用の75%を奪う』朝日新聞出版、2015年[「ロボット×人工知能」のテクノロジーが雇用の75%を奪う」『ホンビュー』2015年])。そして、彼は、 機械は人間に代わって労働することはできるが、消費することはできないので、消費者を失った大量消費市場はやがて破綻し、「失業状態が永遠に続く社会が到来」し「高賃金の知識労働者こそ危な」くなり、テクノロジーが雇用の75%を奪うと指摘した(マーティン・フォード、秋山勝訳『テクノロジーが雇用の75%を奪う』朝日新聞出版、2015年)。

 2016年1月19日に、世界経済フォーラム(WEF)が、ロボット・人工知能の労働市場に与える影響に関する分析報告書「ザ・フューチャー・オブ・ジョブス(職の未来)」(WEFのHP,Jan 18,2016)を発表した。それによると、ロボットや人工知能(AI)の台頭などが労働市場に大きな影響を及ぼすと指摘し、世界15の国・地域で今後5年間で約510万人が職を失うとしている。これによると、2020年までに710万人が職を失う一方、200万人分の新たな雇用が創出されるとし、大幅に失業者が再雇用者を上回っているのである。同調査でWEFは、全業界で職の喪失が見込まれるとしながらも、影響の度合いは、業界ごとにまったく異なり、@「最も被害を被る業界は、テレ医療の台頭がめざましい医療業界で、次にエネルギー、金融業界が続」き、A「営業、事務、総務部門など低成長分野での就業が多い女性労働者は、もっとも雇用喪失の影響を受け」るが、「データアナリストや専門セールス外交員など、特定の技術を持った労働者への需要は増えるとしている」(「ロボットや人工知能台頭、今後5年で500万人が失業」[2016年1月19日付『ニューズウィーク』日本版、ロイター配信])。それは、あくまで初期ステージの予測であり、実際にはもっと深刻な影響を及ぼし出すであろう。

 ロボット・人工知能が人間から雇用を奪う度合いは、短期・中期・長期で異なって来ようが、長期的には限りなく「ロボット・人工知能」維持・補修人員のみを除いてほぼ全員失業して、失業率は90%未満にまで増加してゆくであろう。遂には、AIロボットが自分達で維持・補修できるようになれば、「ロボット・人工知能」維持・補修人員も不要になるであろう。ロボット・人工知能が人間から雇用を奪う度合いはそれだけドラステイックなのであり、その度合いは35%とか75%ではすまないということだ。

                                          A 個別的影響

 上記「一般的影響」でも個別産業への影響にも言及したが、ここで改めてAIロボットの各産業労働者に与える影響を個別的に考察してみよう。

 単純労働者の失業 既に自動車工場などでは産業用ロボットが導入され、工場労働者を減少させ。派遣労働者によって大幅に人件費を節約して、生産性をあげている。従って、AIロボットが導入されても、既に整理されている自動車工場などでは工場労働者を一気に駆逐することはないだろう。問題は、第三次産業などの単純労働者である。

 2015年、ブライアン・ルフキン(Bryan Lufkinm、Gizmodoのスタッフ・ライター)は 、上記@ショップ店員のような単純労働者の失業を広汎に指摘する。つまり、ロボットに「職が奪われる危険にさらされている」ものとして、@倉庫・工場職員(ロボットはプログラム通りに一定の場所で、一定の動きを繰り返しすればそれで十分。これは「narrow AI(狭い人工知能)」と呼ばれるタイプの仕事)、A運転手・タクシードライバーなど(「車、特にタクシーなどの有料自動車は、これから自動化され」、実際にグーグルやトヨタなどの企業が自動運転の実験を進めている)、B警備員(「基本的に、繰り返し同じことをし続ける仕事というのはロボット社員に取って替えられ」、実際「マイクロソフトが、Dalek型の警備員をシリコンバレーのキャンパスに配備)、C清掃員(ただし、「例えばトイレやシンクなどは、いまだにロボットよりも自由に動かせる腕と繊細な知覚が可能な指を持つ人間のほうが、ずっときれいにできる」から、「清掃員のみんながみんな職を奪われるというわけでは」ない)、D建設工事の作業員(「船や飛行機などの大きな建設物の組み立ては、近い将来大幅にロボット化され」るらしい)などがある。これらは、「これから数十年の間に消える可能性があるもののほんの一部」であり、「ナース、郵便局員、小売商、ジャーナリストやアーティストでさえも危ない」とする(Bryan Lufkin「ロボットにできる仕事は人間を雇う必要がない…、ってことはもしかして人類失業の危機?」2015年6月22日付Gizmodo US)。

 2016年、モシュ・バルディ(Moshe Vardim、Rice Universityで情報技術を研究)は、「米国では、製造業の求人が1980年をピークに減少し続けており、それに伴い中間層の賃金も伸び悩みをみせ」、「米国では現在、20万台以上の産業ロボットが導入されており、その数は増加し続け・・近年行われている研究では、機械の推論能力に焦点が当てられており、この分野は過去20年以上にわたり目覚ましい進歩を遂げ」、「米国では今後25年間で、無人自動車の増加によってドライバー関連の求人が約10%減少する可能性がある」とする(「人工知能ロボットの台頭、脅かされる数千万件の雇用 専門家 」[2016年2月16日「AFP=時事」配信])。

 近年、労働力不足に悩む建設業では、土木機械の運転から建築に至る工程で自動化が進展している。例えば、小松製作所は、もはや「建設機械を売るだけのメーカー」ではなく、「建設機械にはセンサーが組み込まれており、稼働状況をリアルタイムに収集し、迅速なメンテナンスを可能にし」、さらに、「収集した情報を基に、生産性を向上できるソリューションを開発し、顧客に(自動化を)提案」している(上原昭宏・山路達也『アップル、グーグルが神になる日』171頁)。また、西尾レントール(東証一部上場)では、他社に先駆けて、建設現場で「情報、通信、測量機械などを活用した『IT施工』」・「無人化施工」に取り組んでいる(同社HPなど)。

 また、後継者問題、人手足不問題が深刻な農業でも、発動機メーカーのヤンマーが無人システムトラクターなどを検討し、農業ロボット研究も視野に上っている(「どこまで進化する? 農業ロボット研究最前線を北海道からレポート!」[Y Media,July 5th, 2017])。

 こうした指摘を意識してか、グーグルのラリー・ペイジ、アマゾンのジェフ・ペゾスは、「工場で製品を組み立てるような単調作業はそもそも人間がやるべき仕事ではな」く、「AIやロボットのような技術革命は、むしろ人間が本来やるべき仕事を見つける良いチャンスになる」(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』209頁)とする。また、本田幸夫氏は「確かにロボットは人間の仕事を奪う」が、それは「主に多くの人がやりたくなかった仕事」だとする(本田幸夫『ロボット革命』183頁)。しあkし、ロボットは、「やりたくなかった仕事」以上に職を奪い取って行くのである。

 しかし、これ以上に深刻な影響を受けるのは、高度な教育を受けた中間層なのである。

 中間層の失業 米国では、1910年に約5%のシェアを占めていた中流層の「事務職、および事務関連の仕事」は、産業化時代に急増し、1950年代には、労働市場の根幹を成すまでになった(米シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ研究所」のオンラインマガジン『アメリカン』2011年11月3日付[肥田美佐子「デジタル革命とグローバル化で消える中間職」2011年 12月 2日付『WSJ日本版』])。だが、アーノルド・クリングは、「1980年の19%強を境に減り始め、ITバブル真っ盛りの2000年には、約17%にまで低下」し、「その代わりに増えたのが、技術系や事務系の専門職など、高度スキルを要する職種である」と指摘する(肥田美佐子「デジタル革命とグローバル化で消える中間職」2011年 12月 2日付『WSJ日本版])。

 肥田美佐子氏(フリージャーナリスト)によれば、1984年、「コンピューターや次世代通信の発達が、電話会社や銀行など、ほぼすべての業界に影響を与え始め」、「1989年、東西冷戦に終止符が打たれ、共産圏が市場に参入。資本家が世界の労働者を手中に収めたことで、先進国は、グローバリゼーションによる労働ダンピングと格差拡大へと突き進」み、「『中流層・冬の時代』の幕開け」が始まった。そして、中国が世界貿易機関(WTO)に加盟した1999年を境に、米国では「安定したブルーカラーの仕事が急減し始め」、「大手出版社が、制作や事務などの部門をインドや国内の下請けにアウトソースすることなど日常茶飯事」となり、「一般管理職や事務職の中流層が、また一人、また一人と仕事を失」い、「グローバリゼーションで米国が手にした富の3分の2が、仕事にあぶれ、貧困に陥る人たちを支えるためのフードスタンプ(連邦政府による低所得者層向けの食料配給カード)などに消えるという試算も出」(肥田美佐子「デジタル革命とグローバル化で消える中間職」2011年 12月 2日付『WSJ日本版])るほどである。

 そして、「景気回復が始まってから生まれた雇用の大半が、ファストフードの食品加工やレジ係、小売店の販売員など、時給が約13.5ドル以下の低賃金労働」となっている。中間層の減少と底辺下層低賃金労働者の増加という二極化現象である。一方、生き残った中間層は、今度は人工知能の展開で、絶えずスキルを磨いていても、生産性に劣れば、いつでも淘汰される恐れに直面することになる。シンクタンクなどの研究者も、もはや安定的中間層にはとどまれないとされる。

 2011年には、エリック・ブリニョルフソン、アンドリュー・マッカフィーは、「問題は、大不況でも大停滞でもなく、経済の「大構造改革」が始まったことにある」とする。 彼らは、「加速する技術革新が仕事を奪い、第二次世界大戦後の高度経済成長期に拡大した中流ホワイトカラー層の仕事が消えていく」と分析した。情報化時代にあっては、「変化に追いつき、自律的に高度スキルを身につける力のない人たちが失業に追い込まれると、警鐘を鳴らす」のである(『レース・アゲンスト・マシーン(機械との闘い)』電子書籍、2011年[肥田美佐子「デジタル革命とグローバル化で消える中間職」2011年 12月 2日付『WSJ日本版])。

 専門職の失業 だが、もっと高度なスキルをもつ中間層も失業の恐れがあるのである。

 2015年、エイミー・ウェブ(Amy Webb、デジタル戦略会社ウェブメディア・グループの創始者)は、10〜20年以内に少なくとも7職業が、科学技術に取って代わられると予想している。つまり、@ショップ店員は「iPhoneとApple Watchに駆逐され」、A広告会社やマーケティング部の仕事は「コンピューターが大量の情報を分析することで、最適なマーケティング戦略を立てられるようになってきたので、広告会社や企業のマーケティング部が消える日もやって」きて、Bカスタマー・サービスは「スーパー・コンピューター『ワトソン』という人工知能が対応」し、C遠隔操作のロボット導入で、「製造業にもはや「人の手」は必要なくなり、工場作業員は失業」し、D「どのアドレスに通貨データが送られたのかを正確に記録することのできるトランザクション・データベース」が普及すれば、いずれ銀行や保険会社の仕事は不要になって」きて、E「コンピューターが人間よりもすばらしい文章を書くようになればライター、新聞記者の仕事もマシンに奪われ」、F「遺言作成や離婚手続き、商標登録などはすでにオンラインでできるようになり、法律家の仕事もいらな」くなるとした(「数年後、あなたは失業するかもしれない!?ロボットに奪われる可能性が高い7つの職業」JCTV『Sodial Likers』2015年6月19日配信)。

 そして、彼は、「当面は医者とか弁護士のよう、まだ人間が強い分野もある」が、しかし、「ワトソン(人の言葉を理解する米IBMの認知型コンピューター)は近い将来に医者の役割を果たすようになるだろうし、弁護士は既に電子開示(e-discovery)の技術の発展で、だんだんと職を奪われつつある」とする。高度なプログラミング、マネージメント、マーケティングなどができる専門職でも、AIロボットには太刀打ちできないであろうとする。

 2015年、矢部誠(監査法人トーマツ)氏は、「人工知能が会計上の異常を検知し、その異常を公認会計士が監査することで会計士の業務そのものが省力化し、生産性が上がる」ので、会計監査業の94%(監査人の意見などは残る)が「人工知能に代替」されると指摘する。一般に「金融・会計にかかわる業務は人工知能によって代替される可能性は高い」(『人工知能ビジネスーなぜGoogle、Facebookは人工知能に莫大な投資をするのか』日経BPムック、2015年10月、56−7頁)と言われる。

 同じ2015年、新井紀子氏(国立情報学研究所)は、「ホワイトカラーのボリュームゾーンである偏差値」は50−60であるので、「東ロボ(2021年度に東大合格を目指す人工知能プロジェクト」)くんの偏差値は60までいく」と、やがて「ホワイトカラーの半分は人工知能に置き換わっていく」と指摘する(人工知能ビジネスーなぜGoogle、Facebookは人工知能に莫大な投資をするのか』日経BPムック、2015年10月、56頁)。偏差値で人工知能が人間知能を上回るというのであるが、日本的発想ではある。


                                           B総合的影響

                                       a カール・フレイらの研究 

 2013年9月、カール・フレイ(Carl Benedikt Frey)、マイケル・オズボーン(Michael A. Osborne)は、「雇用の未来:私たちの仕事はどこまでコンピュータに奪われるか」において、労働分門総体への個別的影響をコンピュータで総合的に検討している。

 この研究によれば、@現存全職業702種から70種の代表的な職業を選び出し、「機械学習の専門家グループ」に推定してもらい、Aこの70種類の推定結果に基づいてコンピューターで702種を分析すると、現存職種の320種(全職種の46%)が、「AIに奪われる度合い」が70%と高い職種だとした。もしこの「AIに奪われる度合い」を50%以上の職種にとれば、実に404種となり、702種の57%となる(Carl Benedikt Frey,Michael A. Osborne,”THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?”,September17,2013[http://www.oxfordmartin.ox.ac.uk/downloads/academic /The_Future_of_Employment.pdf]、なお702の職種詳細はここを参照)。

 個別的に見ると、(A)AIロボットに職を奪われる可能性が高い(90%以上)職種171種(702種の24.3%)は、単純労働者(@製造技術者、A機械設置・操作・修繕者、B機械単純作業員、C単純作業員、Dアーティスト系労働者、E食品作業者、F宅配・郵便・貿易労働者、G交通・通信労働者、H各種事務員、I各種店員・従業員、J観光・遊戯労働者)、「画一的」調査・鑑定専門家、単純補助者、単純代理店・代行者などであり、(B)AIロボットに「仕事を奪われそうにない」(10%未満)職種168種(702種の23.9%)は、専門学者、医者、医療・健康専門家、療法士・福祉士、教師・教育関係者、各種監督・管理などの責任者、各種技術者、各種デザイナー・芸術家、その他各種専門家、宗教関係者などとなる(カール・フレイら同上論文、以上A・Bの職種詳細はここを参照)。

                                       
 このように、ロボット・人工知能が人間雇用に与える影響は、一部階層にとどまることなく、全階層的なのであり、極めて深刻である。従来、@食料・衣料という基本的生業に関わってきたことが、生業への従事を維持して来ており、A従来の産業用ロボットは「人間のインプットしたルールに従う固定的能力のマシンに過ぎ」ず、「ロボットに奪われる仕事の範囲も限定されてい」た(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』50頁)。しかし、「人間にとって『最後の砦』とも言える学習能力を、コンピュータや機械が備えてしま」(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』50頁)い、AIロボットの自律的学習能力が人間から生業を奪いだすのは明白なのである。こうしたAIロボットの普及度に応じて、従来の人間職種自体が変動し、職種別失業率も雇用主が人間かAIロボットか、つまり雇用の主導権を人間が握っているか、AIロボットが握っているかで異なってこよう。だが、最終的には、AIロボットがこの全階層的に人間失業率に影響を与えることになり、AIロボットによる失業率は35%・・50%・75%だとか、或いはAIロボットが人間雇用を奪う職種度合いは46%だとかではすまなくなるであろう。

 そもそも彼らがこうした専門研究をコンピュータに依存していることからして、この研究は極めて皮肉なことではである。これは、やがて人工知能が人間知能を凌駕すれば、こうした専門研究が人工知能によって取って代わられ、遂には人工知能がこういう類の「人間主軸の研究」を不要として、こういう研究そのものが消えて行く可能性がある事を示唆しているからである。

                                       b 野村総研の研究 

 2015年、こうした全職種におけるAIロボットの影響度の研究は日本でもなされている。野村総合研究所( 2030年研究室 寺田知太、ICT・メディア産業コンサルティング部 上田恵陶奈、岸浩稔、グローバルインフラコンサルティング部 森井)は、「人口減少に伴い、労働力の減少が予測される日本において、人工知能やロボット等を活用して労働力を補完した場合の社会的影響に関する研究」の一環として、英オックスフォード大学のマイケル A. オズボーン准教授およびカール・ベネディクト・フレイ博士との共同研究により、国内601種類の職業(労働政策研究・研修機構が2012年に公表した「職務構造に関する研究」で分類したもの。英国人研究者の場合は702種)について、「米国および英国における先行研究と同様の分析アルゴリズムを用いて」、「従事する一人の業務全てを、高い確率(66%以上)でコンピューターが代わりに遂行できる(技術的に人工知能やロボット等で代替できる)職種に就業している人数を推計し、それが就業者数全体に占める割合を算出」し、「それぞれ人工知能やロボット等で代替される確率を試算し」た結果、「10〜20年後に、日本の労働人口の約49%が就いている職業において、それらに代替することが可能との推計結果が得られ」た。

 この研究結果において、「芸術、歴史学・考古学、哲学・神学など抽象的な概念を整理・創出するための知識が要求される職業、他者との協調や、他者の理解、説得、ネゴシエーション、サービス志向性が求められる職業は、人工知能等での代替は難しい傾向」があるが、「必ずしも特別の知識・スキルが求められない職業に加え、データの分析や秩序的・体系的操作が求められる職業については、人工知能等で代替できる可能性が高い傾向が確認」された(野村総研「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に 〜601種の職業ごとに、コンピューター技術による代替確率を試算〜 」[2015年12月2日野村総合研究所のニュースリリース])。英国の研究成果と比較すると、基本的な大勢に変わりはない。詳細の一部はここを参照されたい。

                                     c 小野盛司氏の研究

 以上の研究が「職種ごとのAIロボット代替度」を示したものであるが、結局、最終的には全職種がAIロボットに奪われることになろう。この事を示したのが、小野盛司氏の研究である。

 小野盛司氏は、『ロボット・ウィズ・アス 労働はロボットに、人間は貴族に』(ナビ出版、2005年)で、AIロボットの普及段階を踏まえて、最終的にロボットが全職種に進出」するとする。現在の職種が「段階」を経て2100年頃には全職種が基本的にロボットに移っていることを見通している。しかし、そういう事態になっても、氏は、悲観論者ではなく、「人間は基本的に政府から生活費を支給される『貴族』になる」とし、充満するロッボトと人類とが共存するという意味では楽観論者である。以下、氏の所論を瞥見してみよう。

                                    i 初期ロボット時代 

 ロボットが、「人間の仕事の中で単純作業を行い始め」、「ロボットは敢えて二足歩行でなくてもよく、足は車がついているものでも充分」で、日常会話は難しいが「作業に必要な単語・文章は限られた範囲で理解」し、「人間の労働の30%までやれるようになる」(同上書、4−5頁)。介護ロボット分野では、「充分実用に役立つものがどんどん登場」する(同上書、21頁)。

 しかし、この初期ロボット時代では、「ロボットに完全には取られなくて済む職業」もあり、それらは、「教師、作家、タレント、小説家、俳優、評論家、記者、料理人、デザイナー、科学者、研究者、発明家、音楽家、カメラマン、芸術家、陶芸家、棋士、落語家、宗教家等」である。政府は、「こういった人達の活動を、資金面でできるだけ支援するとよい」(同上書、190頁)とする。教師の場合、「コンピュータの本格的な導入により、少ない教師でずっと質の高い教育が提供でき、ずっと優秀な人材を育てることが可能になる」(同上書、26頁)。

                                    A 中期ロボット時代 

 中期ロボット時代は、2050年頃に開始され、「ロボットは二足歩行になり、人間の労働の60%程度まででき、日常会話がぎこちないが何とかでき」、「外見は、一見してロボットと分かる」(同上書、5頁)ようになる。

 この頃に「国民が安心して暮らせる制度が確立し『労働はロボットに、人間は貴族に』という社会がほぼ実現し」、「人間は、やりたくない仕事はロボットに任せることで、生き甲斐を感じる仕事だけをすればよいようになる」(同上書、89頁)とする。

 そして、「中期ロボット時代で、すでに様々なスポーツでオリンピック・チャンピオンを超えるロボットが次々と登場」し、「楽器の演奏も同様に、やがてロボットのほうが上手になる」(同上書、191頁)。また、この中期ロボット時代に、人工筋肉を使って「女性とそっくりなロボット」がつくられ、風俗店などで働いたりする(同上書、57頁)。

 教育面では、「ロボットは人間以上に教え方がうまくな」り、「一人の生徒に一台のロボット教師がつくという完璧な個別学習ができるようになる」。「ロボットはその生徒がどこまで理解したかを完璧に記憶しており、無駄がないので人間が教えるよりはるかに早く知識を身に付けさせ思考力を養成できる」(同上書、26頁)とする。

                                B 後期ロボット時代=「未来社会」

 ロボットによる全職種代替
 ロボットは、「どんどん進化して機能が充実し」、「町を歩くロボットも増えて」きて、「個人所有のものまで含め、ロボットは様々な機能を持つようにな」り、「どこにいても無線でLANに繋がれていて、大量の情報をいつでも発信・受信できるようになっている」(同上書、198頁)。 その結果、21世紀後半か、22世紀頃の後期ロボット時代、、ロボットは、「人間の労働の90%以上できる」ようになり、「日常会話も、その姿も人間と区別がつかな」(同上書、5頁)くなる。人間の職業の90%以上が、ロボットに置き換えられ、ほとんどの人間は失業するというのである。

 「人間は労働力としては役に立たないから、工場から追い出され」、「工場には、ロボットばかりで、人間はほとんどいない」が、ロボットは無給ではたらき、人間には政府から金が支給される(同上書、90−2頁)。「人間がロボットに劣等感を持つようになり、大部分の人は、その収入を給料以外から得るようになる」(同上書、90頁)のである。

 幾つかのロボット進出状況を見てみよう。後期ロボット時代には、ロボットが「医師より技術的に上回るようになり成功率も高ま」り、「ロボットが、かなりの医療行為を行なうようになり、医師の役割は相対的に下がる傾向がでてくる」(同上書、48頁)。「医療技術は極めて高度であ」り、難関の上級医師免許ではロボットしか合格できず、高い水準の医療から人間医者は排除される(同上書、176頁)。介護ロボットは「よき話し相手」となるのみならず、「臨床心理士の役目もこなし回送法などもできるようになる」(同上書、21頁)のである。

 未来社会では、「余暇の時間がずっと長くな」り、カルチャー・センター教師は増加するとするが(同上書、55頁)、一般学校教員はロボット教員に代替されてゆくであろう。また、会話も楽しめる女性ロボットが完成し、ロボット保護法が制定され、「ロボットに対する暴力屋わいせつな行為」が禁じられる(同上書、57頁)。さらに、ロボットの容姿端麗のピアニストは、「世界一のピアニスト以上の演奏ができるようになる」(同上書、191頁)。

 治安面でも大きく変容する。「町にはかなりの数のロボットがいることになり、それらがネットワークで結ばれ、緊急事態には、いつでも警察を助けるようになるので、治安は飛躍的に向上する」(同上書、51頁)。つまり、「後期ロボット時代の警官は、大部分がロボットにな」(188頁)り、「未来社会の治安は極めてよくなる」(同上書、189頁)とする。軍人についても同じようなことが指摘される。「戦争は割に合わないという事で、大規模な戦争は減」り、日本では「自衛官は減らすことにな」り、「ロボットが替わって戦場に行」(同上書、52−3頁)くとする。

 大きな政府 こうしたロッボト増加による人間失業全面化の事態に対して、小野氏は「労働はロボットに、人間は貴族に」という未来理想社会の実現を提唱し、それには、積極財政をする「大きな政府」が必要となるとする(同上書、71頁)。ますます需給の自然調節作用はなくなり、「資本主義が崩壊しつつあ」り、「労働はロボットに、人間は貴族に」という「経済システムの大改革が必要」(同上書、71頁)になるとする。「人間の職場がロボットに奪われた後、人間にお金を渡せる」のは、大きな政府のみだからある(同上書、71頁)。また、未来社会では、優れたロボットによって人間失業者が増加するので、彼らを公務員に登用するから、「未来社会においてトータルで考えれば、国家公務員は増加する」(同上書、53頁)ともする。

 「供給の分野は徹底して効率化すればよ」く、「結果として供給の分野はロボットだけになり、人間は関与しなくな」り、人間は「貴族のように好きなことをやっていけばよい」ことになり、「人間は『合理化・効率化』の悪夢から永遠に開放される」(同上書、86頁)とする。だが、氏は、人間がAIロボットに従属されるという新たな問題が起きてくることに気づいていない。「ほぼすべての職場がロボットに取られても、人間が快適に暮らせるようにするには、全国民に適切な方法でお金を配布するしかない」(同上書、88頁)とするが、それほど単純ではない。

 国営工場 未来社会の経済システムの「問題の出発点」は、「ロボットのほうが人間より労働資源として、安くて優秀だということ」であり、故に「職を失った労働者に何らかの形でお金を渡さなければ、大部分の人達は地獄の苦しみを味わう」(同上書、216頁)のである。つまり、ロボットによって失職され地獄に突き落とされた人間を救済する者こそ、政府が支給する生活支援金ということになる。

 そこで、国営工場をつくり、そこでは「100%ロボットが生産を行っており、人間はそこで生産されたものを消費するだけでよ」く、「あらゆる面でロボットが人間を上回り、人間は完全に労働市場から閉め出され」、「人間は全員『失業者』になるわけだが、全員が無限にお金が入ったICカードが与えられており、それを使い無制限に財・サービスを入手でき」るとするのである(同上書、204頁)。この国営企業は、「国民に財・サービスを売り、その収入のすべてを(消費税として)国に返し、国はそれを再び国民に分配する」(同上書、204頁)ということになる。

 人権容認ロボットの制御問題 この時代には、ロボットには、 「人権を認めない」「奴隷のごとく働く」ロボットと、「人間に似せ」「人間の感情を持」ち「ある範囲で『人権』を認める」ロボットの二種が作られる(同上書、144頁)。従って、前者のロボットが人間に反抗しないかどうかが問題となる。

 これに関して、小野氏は、ロボットは設定次第でどうにでも操作できるから、「反抗しないように作」り、重労働を不快としないように設定すればよいとする(143頁)。「ロボットは、場合によっては、自己を犠牲にしてまで人間を救うことが善である事を理解させ」、「あくまでロボットは人間に仕える立場にあることは、はっきりしておかねばならない」(同上書、145−6頁)とするのである。「ロボットが大部分の分野で人間の能力を超え」、「ロボットは人間の良き話し相手にな」り、「ロボットに戸籍を与え、人格を与え、家庭の一員としてロボットが迎えられ」(同上書、90頁)るのである。

 ロボットと法 さらに、氏は、ロボットの管理は法によって実施することを説く。つまり、法律によって、問題を起こした「ロボットの制御コンピュータのプログラムの書き換え」をすることになる(同上書、147頁)。

 そして、一般に「ロボットに法律を全部覚えさせておき、それに背く行為はできないようにセットしておき、その設定は一定の人の知識では変更不可能にしておけば、ロボットを使った犯罪はかなり妨げる」(同上書、185頁)とする。

 「ロボットが人間の能力を上回って、多くの仕事を人間から奪ってしまう」が、人間は「不安になる必要はな」く、政府の生活支援金を受けて「貴族のような生活をすればよいだけだ」(同上書、190頁)。未来社会では政府に生活支援金があるから、多くの人々は「やり甲斐」のある職業につけるとする(同上書、192頁)。

                                     C 問題点

 小野氏は、「地球の長い歴史で、ここまで繁栄した種は、登場したことはなかった」(同上書、202頁)とするが、ここには人類の他の生物や自然への優越がある。従って、こうした人類「繁栄」が宇宙・自然の摂理に則った繁栄だったといえるかどうかについて、人類文明の展開の特徴をしっかりと踏まえた上でしっかりと吟味することが必要である。

 また、小野氏は、ロボットが人間知能を凌駕しても、「人間が生き甲斐を感じられる人生を送ることができれば、良いわけであり、ロボットはそのような人生を得るための手助けを行うものに過ぎ」ず、「人間はロボットと競争する必要はな」く、「ロボットは人間の手足の延長と思えばよ」く、「ロボットを作る目的は、人間が種の保存を達成するとともに、貴族のような生活が遅れるように手助けをすること」だとする(同上書、202頁)。ここでは、後期ロボット社会でも、ロボットが人間に管理され、人間に反抗することは無いことを前提としているが、人工知能が人間知能を凌駕して、人工知能も人間への危機感から防衛意識を持ち始めれば、AIロボットがいつまでも人間の奴隷にとどまっている保証はないのである。

 しかも、優秀なロボットに寄生する劣等な人間という位置に、人間が充実感を抱けるはずはないのである。氏は後期ロボット社会において、人間は労働することもなく、「貴族」になるなどとしているが、無為徒食の「貴族」がいかに頽廃的な存在であったかは歴史が示している。食料獲得の労働を通して存在して来た人類が、労働をしなくなれば、人類は機能的・肉体的に退化してゆくことは明らかであろう。


 なお、既に1960年代に、物理学者デニス・ガボール『未来を発明する』(D.Gabor,"Inventing the Future."Penguin Books,1964[香川健一訳、竹内書店])は、「少数の高い天分のある非凡人の働きのおかげで」、「大多数の人々、とりわけ知的に低い人々は、なにもすることがなくな」り、「怠惰な贅沢な生活をつづけ」、「労働という福音の上に築かれている現代文明の標準からすれば、社会的に無用な存在」になるとしていた(ガンサー・ステント『進歩の終焉』177−8頁)。ガボールは、ビルマ、バリ島、南海諸島では「人々はほとんど働かずに、かれらが持っているもので満足していた」としつつも、「自然のパラダイスによって与えられるレジャーと技術的パラダイスによって与えられるレジャーとはまったく異なる問題」だとする。この点、分子生物学者ガンサー・ステントは、「レジャーはレジャーであ」り、「これらのパラダイスの歴史とわれわれの現在の状態との間の明白な関係がほとんど指摘されなかったことの方がおかしい」とする(ガンサー・ステント『進歩の終焉』179−180頁)。ステントは、「南海諸島の歴史、とりわけポリネシアの歴史は、黄金時代へ向っている進化にとって、一つの典型となりうる」(ガンサー・ステント『進歩の終焉』184頁)とする。

 そして、彼は、「現在の未開発諸国も、遅かれ早かれ現在技術的な先進国が享受していると同じ程度の経済的富裕のレベルに達」し、「この経済的変化によって、ビート的態度(カリフォルニアのヒッピー的人々)の全地球的な支配がもたらされ」、「人間の脳随の拡大や構造的変化とかいうような技術的ないし生物学的などラディカルな発展は起こらない」とするが、もしこれが起これば「人類の進化にまったく新しい段階がはじまることになり、その進化のコースは過去のコースは過去の歴史のたんなる延長としては考えられないものとなろう」(ガンサー・ステント『進歩の終焉』191頁)とする。こう言う条件付きで、彼は、「黄金時代とは全地球的な規模でポリネシアが再建されることと大したちがいはないという結論に到達する」(ガンサー・ステント『進歩の終焉』191頁)とする。彼は、「少数の人々」が「大多数の人びとを高度の生活水準に維持する技術がそっくり保持され」るとする(ガンサー・ステント『進歩の終焉』192頁)。

 この実現可能性は低いが、この少数の非凡人が、大多数の怠惰・無用な人々を支えるという問題を提起していた事は注目されよう。



                                        4 法律とAIロボット 

 AIロボットと法律の関係については、「将来、ロボットが自我を持ち命令違反が可能になれば、ロボット法が必要になるが、これは数十年先の話だろう」から、当面は、個別的諸問題を法律的に検討することになる。例えば、「ロボットがソフトウェアのバグ(「瑕疵」、不具合)で事故を起こした場合、そのロボットの管理者、所有者、製造者が製造物責任を負」い、「販売者や輸入者も法的責任を負い」、「バグの程度によっては、メーカーなどの担当者が刑事責任を問われることもあり得る」(小林正啓「ロボットと法規制」[『人工知能ビジネスーなぜGoogle、Facebookは人工知能に莫大な投資をするのか』日経BPムック、2015年10月])とされる。

 また、ロボットへの感情が芽生えれば、「メイドロボットと心中する男性」が現れたり、「ペットロスならぬロボットロスも出て」きたり、「人間とロボットが感情的な交流を行なう場合、これを法律で規制するかは難しい問題」となる。さらに、「最先端の家電に人工知能を組み込み、人間と会話させる技術は実現しつつあ」り、「このとき人間の会話などをどこまで把握していいのか、データをどう匿名化すべきかなどプライバシーの問題が生じる」(小林正啓「ロボットと法規制」)可能性もある。
 
 しかし、まずは、当面の自動運転車において、「ある状況での優先順位をどう判断するか」(小林正啓「ロボットと法規制」)を検討しなければならない。

 自動運転の法律問題 現在、GM、テスラモータース、トヨタ、日産、グーグルが実用化に着手中の自動運転車については、その可能性(一挙移行[グーグル]と段階的移行[GM、テスラモータース、日産])と危険性(制御権が人か機械かのいずれにあるかという混乱。異常事態への対応)」(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』50頁)が問題となっている。こうした「自動運転車が背負わされた原理的な宿命」は「実際にはまず起きないから心配する必要はない」ような「異常事態」にどう対処するかである(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』54頁)。

 例えば、自動運転で恐ろしいことは、@「自動運転のロボットカーが走行している時、何者かにロボットカーのコンピューターがハッキングされたら、簡単に交通事故を起こす」事、A「自動運転のロボットカーがインターネットを通じてクラウドでつながり、世界中のロボットカーと瞬時に情報を共有するようになった時」、交通事故に直面して、「こう言う対応をすると、マイコンが破壊されて復旧可能性がゼロになる」という情報がクラウドに蓄積されると、「次に事故に遭遇した時」には「今回はロボットカーが自らを復旧できる、つまり人を犠牲にしてロボットが生き残れるようなモードで事故に対応する可能性も否定でき」ない事、Bこれに限らず、「すべてのロボットがクラウドでつながった時、ロボットがどんどん学習して『知恵』を持ち出し・・自分が生き残り、人間が死ぬという選択をする可能性」がある事などである(本田幸夫『ロボット革命』149−150頁)。

 ロボットがクラウドコンピューティングで繋がった場合にベイジアンネットワークという考え方がでてきた事について、もうすこし見てみよう。つまり、「コンピュータの速度が圧倒的に早くなると同時に、インターネットでクラウドにつなげて情報が取れるようになると、事態は一変」し、「コンピュータが解を出すのに複雑なアルゴリズムは必要ではなく、単にフィルターをかけてクラウドに蓄積された膨大なデータを絞り込み、整理するだけでよくな」り、「複雑な計算方法で解を出すよりも、あらかじめある解を沢山集めて、その中から正解らしいもの」を「抽出」(フィルタリング)すればいいという「ベイジアンネットワーク」という考え方がでてきたのである。「このベイジアンネットワークは、ロボットの開発にも影響を与え」、AIロボットが障害物に遭遇した場合、「これまではセンサーによって障害物を検知してロボットに内蔵された人工知能が状況を判断してい」たが、現在は「ベイジアンネットワークを使えば、クラウドに蓄積されているロボットがこれまでに体験した膨大なデータのなかから、同じような状況を探し出して対応すればいい」ことになった。ここに、「ロボットがどう動いた時に危険な状態になるか、人間にとって不利益になるのか」という「ヒヤリ・ハット」=リスクに関するデータが重要になる(本田幸夫『ロボット革命』154−5頁)。

 一般に、メーカーは「自動運転機能は(現在の衝突回避や自動追尾機能のような)ドライバーを支援するための安全システムの一種」だとし、「自動運転車でも、今と同じように事故の責任はドライバーが負」うとする(小林雅一『クラウドからAIへ―アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』176−7頁)。

 しかし、一部の法律家は、ロボット導入に伴い、自動運転の自動車の引き起こす責任をどう扱うかなどを既に法律的に検討している。それは、一般論的なドライバー責任論ではない。例えば、弁護士小林正啓氏は、「次世代ロボットの法的課題について」(Robopedia[「ロボットに関する研究開発や教育事例を収集し、共有するためのポータルサイト」] May 25th, 2013投稿)において、「わが国が次世代ロボットの開発に取り組んで久しいが、法制度の整備は未だ緒に就いたばかりである。わが国の次世代ロボットが直面する法的課題の現状と将来、世界的取組の一端についてご紹介する」として、「@事故と製造物責任法その他の法的責任及び安全認証・保険について、A次世代ロボットとプライバシー法制度、B次世代ロボットと法的障壁について(外為法、道交法その他)」を考察している。

 そして、小林氏は、自動運転事故の法学的検討の必要な事例として、@「90歳の老人を乗せた自動車が自動走行中、前のトラックが突然止ま」り、「先には、下校途中の小学生の列があ」る場合、「自動車の人工知能」は独自に判断できないから、事前に人間が行動を決めておくべであり、自動運転の「優先順位は、自動車や自動車メーカーによってまちまちであってはなら」ず、世界共通とするべきであり、「これをサポートする法律学が必要にな」る事、A「人の運転する自動車同士の交通事故」には「過失相殺」が適用されるが、「自動運転自動車同士の事故にも、過失相殺の考え方が適用され」、「そのとき法律家は、人工知能の「過失」とは何か、機械がうっかり間違えたとはどういうことか、という法解釈論と向き合うことにな」る事を指摘している(弁護士小林正啓「ロボット法学と四つのNEW」[視点・論点2016年1月19日])。このように、自動運転事故の場合、自動車メーカーの持論たる「ドライバー責任論」では対応しきれないということである。

 職業裁判官・法体系の問題 また、先例重視の「プロ裁判」のあらゆるノウハウを人工知能に修得させ、この人間的斟酌・裁量面での不備を「裁判員制度」などで補完させれば、職業裁判官は不要になり、従来の裁判制度は根本的に変革を迫られるであろう。

 AIロボットと人権 さらに、もしロボットに人権が認められたり、人間知能以上のロボット法律家が登場したりすれば、法律問題はそれにとどまらない。2006年イギリス政府は「今後20年から50年のあいだに予想される主要な展開」を研究を委託し、AIロボットについては、「ロボットが人工知能をもつまでに進歩すると、『画期的な変化』が起きる」とし、「知的なロボットは、人間と同じ権利や責任の多くを持つ資格がある」とみなし、国家はAIロボットに「所得補助や住宅やロボット医療保険など、十分な社会的利益」を提供する義務があるとした(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』582頁)。

 こうして、AIロボットに人権が認められれば、従来の「人間」本位の法体系の根本的改変が求められる事態に直面するであろう。これは、「従前法律」存亡危機に関わる重大事件である。そして、もっと長いスパンで視れば、やがてAIロボットに人類が駆逐されて、従前法律もなくなり、AIロボットのみが存続するようになって、AIロボット本位の法律が支配することになるかもしれない。


                                       5 医学とAIロボット 

  高齢者対策 高齢者時代の日本において、人工知能の観点から高齢者医療が着目されている。

 セコムのIS研究所などは、「高齢者の健康や、安全な暮らしを守るため」に、「ビッグデータと人工知能などのテクノロジー」を母胎に、202X年の「未来のくらしぶり」を展望している(『人工知能ビジネスーなぜGoogle、Facebookは人工知能に莫大な投資をするのか』日経BPムック、2015年10月、53頁)。

 「特殊なリストバンドを手首にはめておくと、体温や血圧、心拍、血中酸素濃度、位置などがセンシングでき」、姿勢検知機能で転倒に対応し、「こうした健康データを基に、人工知能の技術などを活用すれば、病気の予兆をつかむことができる」(『人工知能ビジネスーなぜGoogle、Facebookは人工知能に莫大な投資をするのか』日経BPムック、2015年10月、53頁)。

 さらに、高齢者の老衰対策がゲノム分析で試みられてもいる。2014年3月には、世界最初のゲノム解読者クレイグ・ヴェンターがグーグルの機械翻訳技術者を引き抜いて、ヒューマン・ロンジェヴィテ(Human Logevity)社を設立した。これは、ゲノム情報のみならず、「血液や心臓の検査、さらには脳の大きさの測定など、包括的なヘルスケア情報の収集に取り組んでいく計画」をたてている。特に血液検査では、「様々な代謝物」ならず、「体内に潜む無数の微生物のゲノム」をも解析して、「人間の老化メカニズムの解明に取り組」むとしている(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』65頁)。

 遺伝子分析による予防医療  グーグルは、「これまで慎重を期して、遺伝子解析などによるヘルスケア情報のデータマイニング(機械学習によるデータ解析)事業からは手を引いてき」た。しかし、2014年6月、ラリー・ペイジは、ニューヨーク・タイムズのインタヴューで、「もしも我々がそれをやれば、来年にはおそらく年間10万人の命を救うことができるだろう」(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』63−4頁)と表明した。

 グーグルは、「ほぼ無限に続くA(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミアン)の塩基配列」からなるゲノム(全遺伝情報)を「一種の言語」と見て、もしグーグルのディ―プラーニング技術をベースにした機械翻訳システムをこうした「医学分野に応用」すれば、ディ―プラーニングのような機械学習技術はかなり効果的となると見通したのである(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』64頁)。

 2014年8月には、グーグルは、「ビッグデータ解析」と「予防医療」の融合を目指して、「遺伝子解析を中心とする大規模な医療研究プロジェクト『ベースライン・スタディ』の概要」を発表して、@「当初175人のボランティアからなる被験者グループを用意し、彼らから集めた唾液や血液、生体組織などを分析することによって、ガンや心臓病など深刻な病の予防につながる情報を蓄積」し、Aやがて被験者数千人から大量データを収集し、「強力なコンピュウティング・パワーと機械学習技術が活用」され、「生理学者や生化学者、さらには分子生物学者など、多方面の専門家が徹底的に分析し、最終的には健康状態の各種指標となる『バイオマーカー(生体指標)』と呼ばれるパターンを割り出す」とした(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』61−2頁)。こうして、「遺伝子治療やバイオエンジニアリングで医学はさらに加速的に進歩し、今世紀中にはガンですら怖い病気ではなくなり、簡単に死ねない時代」(小野盛司『ロボット・ウィズ・アス 労働はロボットに、人間は貴族に』ナビ出版、2005年、62頁)になる友言われている。

 グーグルなど主力IT企業は、「遺伝子解析の結果はあくまで匿名のビッグデータとして扱う」と確約しているが、「保険会社など巨大企業は今、この種の情報を鵜の目鷹の目で探し求めており、それが漏洩などすれば個人の就職や?結婚に際しての判断材料にされ」(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』63頁)、プライバシーが侵害されるおそれがある。

 人工知能による未来医療 一般的に、「ディ―プラーニングによって画像診断技術が進化し、医者を超える診断力を備えるシステムが、それこそ至るところで使えるようになるから」、医療世界は、「人工知能の発展によって、いい意味で大きく変わると見られている」(多田和一「人工知能の活用で誤診が減る」[『人工知能ビジネスーなぜGoogle、Facebookは人工知能に莫大な投資をするのか』日経BPムック、2015年10月、62頁])。

 また「過去の診断・医療データ数千万例を基に、人工知能が目の前にいる病状に相応しい治療方針を医者に提示できるから」、「複数の病気を持つなど症状が複雑な患者にも、今より最適な治療方針を立てられるようになる」(多田和一「人工知能の活用で誤診が減る」[『人工知能ビジネスーなぜGoogle、Facebookは人工知能に莫大な投資をするのか』日経BPムック、2015年10月、62−3頁])。

 こうして、「いくつかの段階を経た後」、クラウドを介して、「いずれ東西に高速処理できる高性能な人工知能医療診断システムが設置され、全国の病院で共用するようになると見られている」(多田和一「人工知能の活用で誤診が減る」[『人工知能ビジネスーなぜGoogle、Facebookは人工知能に莫大な投資をするのか』日経BPムック、2015年10月、63頁])。

 未来医療は、@「医療者のための医療人工知能」が「高度な診断と意思決定支援」をし、A「一般人のための健康医療アドバイザー」となり、B「初動を手遅れにしない全国規模の健康危機アラート」を発し、C「不安な介護者や看護者を支援する医療知能ロボット」が登場する(『人工知能ビジネス』63頁[大江和彦氏指摘])。やがて、医療人工知能が「医療者」を凌駕するようになるであろう。実際、小野盛司氏は、「ロボットの医学の知識は膨大で、その医療技術は極めて高度であ」り、難関の上級医師免許ではロボットしか合格できず、「ほとんどの病気は自宅治療で充分」ということになるとする(小野盛司『ロボット・ウィズ・アス 労働はロボットに、人間は貴族に』176頁)。

2003年7月、ドナルド・ルリア(ニュージャージー州立医科大学)は、「細胞や遺伝子の操作、そしてナノテクノロジーの進歩によって、人間は将来、これまで寿命の限界とされてきた年齢より長く生き」、寿命は120−180歳まで伸びるだろうとし、「一部の専門家は限界などでなく、200歳、300歳、あるいは500歳まで生きられると主張している」とする(同上書、62頁)。

 こうして、人工知能の発展で人類の病気や老衰が除去され、遂には死さえ克服可能になるとすれば、人間生死の自然循環リズムは破壊され、自然宇宙の秩序は大きく乱れることになる。2003年7月、ドナルド・ルリア(ニュージャージー州立医科大学)は、「細胞や遺伝子の操作、そしてナノテクノロジーの進歩によって、人間は将来、これまで寿命の限界とされてきた年齢より長く生き」、寿命は120−180歳まで伸びるだろうとし、「一部の専門家は限界などでなく、200歳、300歳、あるいは500歳まで生きられると主張している」とする(小野盛司前掲書、62頁)。寿命が伸びて、人口がこれまでに見られぬ規模とスピードで人為的に「爆発的」に増加してゆけば、今度はそれもまた人類の生存を脅かすことになりかねない。医学面での人工知能の発展は、人口増加危機をもたらすことで人類生存危機も招来しかねないということだ。


 このように、AIロボットは、軍事・雇用・法律・医学など広汎な分野で人類生存危機をもたらしかねない、人類史上最大の危機を内包しているのである。


                                   第三 AIロボット問題の核心 

                                       1 本来の知能 

                                       @ 本来の知能 

 本来、動物知能は、動かずして栄養を作れる植物とは異なり、自ら動き回って、敵から防衛しつつ、食料を確保する事を基本的機能とするものである。そうした動物の中で特にか弱い人間の知能の場合には、厳しい自然の脅威に対応するために、互いに励まし合い、愛し合い、慈しみあいつつ、食料を確保する行動を司る事をも本務としている。人間の自然知能は、長い長い過程で生きるのに必要な「自然の分子活動」の結果として「精緻化」されていった「総合的」なものなのであり、宇宙の自然秩序に照応し適化した合成物である。

 一般に、人間には400兆個の細胞(フランシス・S・コリンズ、矢野真千子訳『遺伝子医療革命ーゲノム科学がわたしたちを変える』NHK出版、2011、150頁[Francis S.Collins,"The Language of Life."Free Press,2006].、これは体内微生物野細胞を含めた数であろう)、或いは60兆個の細胞(田沼靖一『生命科学の大研究ー遺伝子からiPS細胞、死生観まで』25頁)、うち人間の中枢神経系には「10の12乗(1兆、テラ)ないし10の13乗(10兆)のニューロンが含まれていて、およそ10の14乗(100兆)ないし10の15乗(1000兆、ペタ)のシナプスを仲介として相互に連絡されている」(ジャック・モノ―『偶然と必然』171頁)と言われる。

 そして、人間知能の中枢たる脳の神経細胞の数は、140億個(渡辺格『人間の終焉ー分子生物学者のことあげ』朝日出版社、1976年、56頁)あり、或いは大脳皮質の神経細胞の数は140億個(三浦宏文『ロボットと人工知能』112頁)、約300億個(神埼洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』日経BP社、2015年5月、174頁)あるとも言われ、小脳皮質の神経細胞数は顆粒細胞1000億個、プルキンエ細胞1400−2600万個あり、ゆえに人間の脳全体の神経細胞数は千数百億個もあることになる(講談社ブルーバックス『脳の手帖』)。

 こうして、人間の脳は、「約1000億個にも上る『ニューロン(神経細胞)』と、それらが接合する部位である無数(100兆)の『シナプス』からなる複雑なネットワーク」(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』129頁、ビル・マッキベン、山下篤子訳『人間の終焉』河出書房新社、2005年、99頁、フランシス・S・コリンズ『遺伝子医療革命ーゲノム科学がわたしたちを変える』237頁)とからなるのだが、それは、脳が食料確保・危険防止・生命維持に重要な中枢だからであり、絶えず新陳代謝できて絶えることのないようにするために、ニューロンが1千億個もあるのである。

 そうした1千億個の脳細胞が、「自律的な細胞が60兆個も集まった分散型の集合体」(西垣通「和製ロボット考」[フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』307頁])たる人間をして、危険から防衛する行動をとらしめるのである。

                                             A 意識

                                       a 脳と意識 

 脳の危機対応 人間の「心と意識」と「脳」の関係については、一つとする一元論と、別物とする二元論がある(長田正『ロボットは人間になれるか』52頁)。MITのマーヴィン・ミンスキーは、安西祐一郎訳『心の社会』(産業図書、1990年)で、心は喜び、悲しみ、意欲、期待など「各種エージェントの平層的集合である」とする(長田正『ロボットは人間になれるか』47頁)。そして、「人間の知能は、食欲、性欲、知識欲などの本能およびそれより派生する向上心、名誉欲などをも含めたさまざまな行動意欲にもとづいており、精神的、肉体的な悦びの増進、あるいは苦しみの緩和を図る過程で自然に培われている」(長田正『ロボットは人間になれるか』53−4頁)とすれば、一元論が適当であろう。

 そして、「痛い、熱いなどの局所的な負の感覚、あるいは、心の痛みや苦しみ、などの感情がフイードバック情報となり、行動の修正が行われ、より安全で効率的な行動が生み出され」、「このような行動の積み重ねで、個々の人格が形成され、振る舞いが洗練される」(長田正『ロボットは人間になれるか』54頁)ということになる。

 では、こうした心脳行動の原初とはなにか。「脳の聴覚野は、視覚にも利用できること」、「舌でモノを見る」、「建物などに反響した音によって、視覚障碍者が視覚に匹敵する精密な空間情報を把握する」のであり、それはいつに食料確保・危険防止・生命維持に必要なものである。故に、「視覚野、聴覚野、体性感覚野など脳の各領域は、個別の認知機構ではなく、統一的なメカニズムに従って動作」するようにつくられているのである(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』109−110)。

 だから、視覚・聴覚により意識は、こうした食料確保・危険防止・生命維持に必要なものとして重要なのであり、人間が、「何かに注意を向けると、脳を構成する無数の神経細胞のうち、特定の何個かだけが『同時に』発火(スパイク)」するのである(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』132頁)。原初的な「心」の作用はこうした危機察知に基づく「発火作用」なのである。我々の「意識」を支えている活動とは、「ニューロンの発火(興奮)と、シナプス伝達と、電気信号の内部処理で成り立っている」(J.ストーズ・ホール『ナノフューチャー 21世紀の産業革命』373頁)ようなのだ。そうした発火作用で目覚めた心、或いは意識が、様々な自然環境に対応して、喜び、悲しみ、意欲、期待などの多様な感情を展開するのである。あくまで、意識の起点は、動物のみにに課された食料確保という宿命で余儀なくされる諸危機への対応であるということだ。

 人工知能の中核的役割 戸内順一氏は、「一般に知能は、『問題解決能力』と提議されてい」て、「人工知能の研究の目的とは、・・人間や動物の知能を機械やコンピュータに持たせること」(戸内順一『人工知能入門』日本理工出版、2010年、1−2頁)だ」と主張する。正確には、食料確保・危険防止・生命維持に必要な行為を基軸とする「問題解決能力」ということになろうが、危機対応という視点は希薄である。従て、氏は、人工知能の研究分野は、基礎分野(知識表現、推論、問題解決と探索、プラニング、遺伝的アルゴリズム、情報ファイリング、音声認識、画像認識、感性処理データマイニング、ニューラルネットシステム、ファジィ、カオス)、応用分野(ゲーム、エキスパートシステム、自然言語処理、機械翻訳、ロボット、機械学習)となる(戸内順一『人工知能入門』2−5頁)とがあると広汎な人工知能研究領域を指摘されるが、これでは人工知能の核心的特徴が不明である。生物が、こんな相互連関も不明な「とってつけたような」複雑な動きをしていたら、存命などできないであろう。

                                       b AIロボットと意識 

 意識の否定説 2002年頃では、三浦宏文氏は、ロボットを「単なる自動機械とは異なるもの」と位置づけ、「遠心力などの慣性力を打ち消そうとする知能を持つけん玉ロボット、適応する知能を持つヨーヨーロボット、学習する知能を持つ棒立てロボット、動バランスを取る知能を持つ歩行ロボット等」を製作し」、「『意志』や『意識』を全然持っていな」かった(三浦宏文『ロボットと人工知能』106−8頁)。

 以後も、「現在のコンピューターや人工知能技術をいくら駆使しても」「機械に意志や意識を持たせることは出来」ないとする(三浦宏文『ロボットと人工知能』108頁)。

 個性の発展 英レディング大学のプログラムでは、「ロボット(カタツムリ程度の知能=ニューロン50個)同士が交流するようになり、ひいては人間の誘導なしに『個性』を発達させる経過を観察」し、「協力的な『善い』ロボットと・・『悪い』ロボット」が現れ、「設計者の人間の意図を超えて個性を発達させ」ている。つまり、「コンピュータの学習能力が非常に高く、人間にできることを真似するだけでなく、ある時点で生みの親である人間の知能に追いつき、追い越しさえする可能性がある」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』121頁)とする。

 1950年、AI研究者のアラン・チューリングは、このことを確認するテストを考案し、「専門家が『人間』と判定するほど頭のいいコンピュータを設計した者に、賞金(10万ドル)を与えるコンテストが毎年実施」されている(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』122頁)。

 集団からのコミュニケーション生成 ロボット集団では、「ルールがなく常識が形成されていない」から、「幼児の世界のようなもので、事細かに行動規範を決めてそれに従わせなければ混乱に陥るという煩わしさがある」。「共同作業というごく限られたコミュニティをとっても、それがうまく機能するためには、ロボット社会における基本的な共通概念(常識)やルールを確立しておかないと、とても実用化レベルには達しないように思われる」(長田正『ロボットは人間になれるか』93−4頁)ばが、それでもロボットが集団を構成して来ると、新しい動きがでてくる。

 つまり、エンターテインメント・ロボットでも、集団をなすと、「身体を抜け出し、テレポーテ―ションし、変身することも可能」であり、「身体と社会的なロボットの増加がもたらす帰結は、テレポーテ―ションと変身を可能にするネットワークの誕生だけではな」く、「これらのロボットが互いにコミュニケーションすることで共進化する可能性」があるのである(フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』131頁)。実際、1999−2000年、パリのソニ―コンピューターサイエンス研究所とブリュッセル自由大学付設人工知能研究所は、「互いにコミュニ―ケーションする大きなロボット集団(約3千台)」をつくり、ロボット間でコミュニケートするうちに「共通の語彙」がつくられ、「徐々に、カテゴリーは標準化、単純化され、学習、伝達しやすくなり、また直面する環境を曖昧さ無しにさすことができるようになった」(フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』133−4頁)のである。

 その場合、ロボットは単体で知能向上をはかるより、「ある程度の機能を備えた比較的単純なロボットを数多く揃え、共同作業を行わせるほうが得な場合」や、「単純ではあるが集団を組むことができるロボットのほうが作業の能力が拡大し、優れた効果を発揮する」場合があるとされていた(長田正『ロボットは人間になれるか』86頁)。

 まだクラウドという発想がなかったから、この時点では、@「1台の高機能で高知能のロボットに全ての権限を与え、他のロボットをこのロボットをこのロボットの指令に従わせる方法」(集中管理型ロボットシステム)、A「各ロボットにある程度の自主性を持たせ、それぞれのロボットが他のロボットたちと随時打ち合わせをしながら、あるいは他のロボットの動きを見ながら、自らの責任において行動する方法」(自律分散型ロボットシステム)の二つがあった(長田正『ロボットは人間になれるか』86−7頁)。「ロボットは極めて複雑な機械システムであり、それ自身が脆弱さを内包している」から、後者の自律分散型システムの方が「システム全体の信頼を高め、安心して仕事を任せられ硫黄にするためには、多少効率性を損ねたたしても」、より良いと理解されていた(長田正『ロボットは人間になれるか』88頁)。

 クラウドからの意識生成 「脳科学の最先端の研究」に従事する米国神経科学者ジュリオ・トイーは、「脳内の神経細胞のネットワークのつながりが深くなることによって意識が芽生えるという仮説」を提出している。これが事実なら、「クラウドでつながったロボットに意識が芽生える可能性」があることになる。」(本田幸夫『ロボット革命』150−1頁)。

 「これまでロボットの知能というと、あるロボット単体の計算能力がどれだけ上がったか」という見方をしていたが、現在は「クラウドの膨大なデータにアクセスできるようになったことで、ロボットが自律的に考える可能性が出てきた」のである(本田幸夫『ロボット革命』151頁)。ビッグ・データの処理のみならず、その後の自律的行動が想定されるのである。

 小林雅一氏は、こうしたロボットの自律的進化で「強いAI]や「ロボットの意識」が人間感情とは無関係に「自然発生的に生まれる」ものと考えられ出したと指摘する(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』244頁)。神埼洋治氏は、クラウドロボティクスは、ディ―プラーニングとともに、ロボットが知恵を持つことを可能にしたと言うのである(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』日経BP社、2015年5月、8頁)。


 こうして、ロボットは、ロボット固有のコミュニ―ケーションを生み出し、「意識」を作り出す可能性があるということだ。もし、ロボットが、人間に生殺与奪の権を握られる事に危機感を抱けば、人間から防衛するために「意識的」に防衛行為をとりはじめる事も想定されるのである。


                                        B 脳科学とAIロボット設計

 生物学とロボット工学 ロボットは生物から大いに学ぶことができ、ロナルド・アーキン(ジョージア工科大学教授)は、「ロボット工学のあらゆる面は生物学の影響を受け」、「個体発生、免疫学、内分泌学といった一見難解な分野でさえ、ロボット工学界に影響を与えている」とした(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』138頁)。

 その生物とは、「三つの特性(合目的性・自律的形態発生・不変性)」(ジャック・モノ―、渡辺格ら訳『偶然と必然』みすず書房、1972年、17頁)を持ち、「外部の諸力の作用にはほとんどなにひとつ負うておらず、全体的な形からごく微細な部分にいたるまで、すべてそのものに内在する<形態発生上の>相互作用に負っている」(ジャック・モノ―同上書10−1頁)。

 確かに、「その巨視的構造の点でも、その機能の点でも、機械と非常によく似たところがある」が、こうした特徴をもつ生物は、「つくられ方の点」では、機械とは異なっている。つまり、機械は「外力、あるいは道具により物質にある形をとらせることによって、その巨視的な構造がつくられ」るが、「生物は機械と根本的にちがっている」のである。生物は、「微視的レベルに属する過程」では、「タンパク質の立体特異的な識別性にもとづいて」「自発的かつ自律的形態発生」するのである(ジャック・モノ―同上書94頁)。「生物システムに生気を吹き込み、それを組み立てるというような、マクスウェルの魔物にも比すべき認識能力の『秘密』は、タンパク質の一次構造のうちに探し求められる」(ジャック・モノ―同上書95頁)のである。

 このように、生物は機械と違って、タンパク質が決定的重要性をもっている。つまり、タンパク質が、そうした「生物の合目的性能に必要不可欠の分子的因子とみなされ」(ジャック・モノ―同上書52頁)、それぞれ独得の酵素タンパク質が「一個の生物の生長および働きにあずかっている数千の化学反応」を「特異的に引き起こ」している(ジャック・モノ―同上書56頁)。タンパク質が、こうした「機能を果たすことができるのは、それらが他の分子と非共有結合によって立体的特異性をもつ複合体を形成する能力を持っているおかげである」(ジャック・モノ―同上書70頁)。これは、ロボットには模倣できない所である。

 脳科学とAI設計 しかし、AI設計面では脳科学から大いに学び取ることができるのである。

 前述のように、AI研究の歴史とは、「生物の脳の仕組みに接近しては離れるということの繰り返し」(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』80頁)であり、半世紀以上ものAI開発史において、「近年になってようやく脳科学の最新成果が本格的に導入され」「脳を忠実に再現し、それによって本物の知能を作り出そうとする動きが急に加速し始め」(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』79頁)た。

 つまり、「もともと、ニューラルネットは脳の神経回路網をお手本にした汎用AIを目指して開発され」たが、「やがて機械学習に多用され」、「現在のニューラルネットは、機械学習を実現するための一つの、そして主要な手段」となる(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』104頁)。しかし、「ニューラルネットの一種であるロジステイック回帰分析(パーセプトロン)などの仕組みを見る限り、そこには『脳の仕組み』を反映した形跡はあまり見当たら」ず、「『ニューラル(脳の神経)』とは名ばかり」であり、「ニューラルネットとは、実は脳科学ではなく、ほとんど数学の産物だった」ぼだが、最近、「コンピュテーショナル・ニューロサイエンス(計算論的神経科学)」の導入で、「脳をコンピュータのような情報処理機構に見立てて、その機能を調べるという脳研究の一分野」が進展してきたのである(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』105頁)。

 そして、2012年頃、新たなニューラルネットは、「脳科学の成果」を吸収して、「『ディ―プ・ニューラルネット』あるいは『ディ―プ・ラーニング』(この呼称の由来は「工学的ニューロンとシナプスを何重にも重ねた多層構造」にあった)という一種のニックネームで呼ばれることが多くな」った。こうして「脳科学との融合によって、ニューラルネットひいてはAIの研究開発は新たなフェーズに入」り、「AIは単なる解析ツールにとどまらず、人間と同じく汎用の知性を備えることが可能で、いずれは人間のような意識や精神さえも宿すようになる」と見だした(117頁)。こうして、現在、「2006年以降に生まれたディープラーニングなどによって、汎用的な知性を備えた『強いAI』を実現できる希望が蘇ってきた」(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』115−7頁)のである。

 その際、「脳の視覚野が自然界の映像から特徴ベクトルを抜き出してくるアルゴリズムに基づいて」、ディープラーニングは、「『特徴量(特徴ベクトル)』と呼ばれる変数を人間から教わることなく、システム自身が自力で発見する能力」(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』118頁)を発揮するのである。これがディープラーニングの「最大の長所」である。開発技術者自らは、ディープラーニングが「それらの変数(特徴量)を選び出」すに至る「システムの思考回路」を理解できないのだが、「ディープラーニングは、難問を解決する上で、必ずと言っていいほど正しい変数を選」ぶのであるである。AI専門家によれば、「問題を解決するために必要な『何かに気付く』という能力こそ、これまでのAIに欠如していたもの」である(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』120頁)。こうして「ディープラーニングは単なる機械学習の手段という枠組みを越え、人間のような汎用的知性を持つ最初のAIになる可能性があるとの期待が高まって来」た(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』121頁)。

 米国の脳模倣設計 米プリンストン大学とグーグルは、「脳を構成する無数のニューロンの完全な接続図」であり、「最先端のAI」たるディープラーニングの力で「1000億個のニューロンと1000兆個のシナプスを持つ人間の脳のコネクトームを作」り、「脳科学(神経科学)とAI研究が連繋することで相乗効果」(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』121頁)を期待する。

 ディープラーニング研究者のアンドリュー・エンは、「脳科学の成果をコンピュータ科学に導入する道筋が整備され、それによってニューラルネットの劇的な性能アップが見られ始めた今、『これが続けば、いずれは(人間並みの知性や意識までも持つ)「強いAI」が実現する可能性は十分ある』と感じるようになった」(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』123頁)とする。

 欧州の脳模倣設計 これに対して、欧州では、ヘンリー・マークラム(神経科学者)は、「本物のAIを実現するには、(現在のニューラルネットのように)脳を構成する神経レベルの理解では不十分」であり、「むしろ神経細胞を構成する分子レベルの理解が必要だ」(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』123頁)と批判する。そして、2006年、彼は、「スパコン上で約1万個のニューロン(神経細胞)からなる人工脳をシミュレートし」、以後、「約1億個のニューロンを持つ『ラット(ネズミ)』の脳の再現」に取り組む。さらに、その成果を踏まえて、彼は、「約1000億個のニューロンを持つ『人間の脳』さえもスパコン上で完全に再現できる」と主張し、2014年にEU委員会は政府プロジェクトと認め、「ヒューマン・ブレイン・プロジェクト」(12億ユーロ、欧州全域の研究機関・脳科学者・コンピュータ科学者を結集)が始動し、「アルツハイマー病やパーキンソン病など重篤な精神疾患の治療法を研究」しつつ、「人間のように考えるAI」や「ニューロフィック・チップ(脳の仕組みを参考にした新型プロセッサ)などを開発した(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』123−4頁)。

 これには、多くの研究者は「スパコン上に構築したとされる、1万個のニューロンからなる人工脳は本物の脳とはかけ離れている」と批判した。これは、「『思考』や『概念』、さらには『意識』など、脳における高次の情報処理は一体、どのように生まれるのか、という問題」である)。多くの神経科学者・AI研究者は、「そうした脳内の情報活動は(脳を構成する)ニューラルネットを伝搬する電気信号、つまりニューロン・レベルの研究で解明される」とするが、マークラムは「ニューロン・レベルの知見では不十分で、そのさらに根底にある分子レベルの研究が不可欠」と反論した。これに対して、ロジャー・ベンローズ(英国理論物理学者)は、「意識など脳の働きを本格的に解明するには、(分子よりも、さらに根底にある原子や電子レベルの研究に使われる)量子物理学を適用する必要がある」としたが、「科学的根拠に欠ける」と批判された(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』126−7頁)。

 ジェフリー・ヒントンは、ディープラーニング無視のマークラムに対して、「ディープラーニングのように実社会に貢献するAI技術が登場してきた今、それらの成果を否定して、(マークラム氏のように)『脳の分子レベルにまで遡って、ゼロからAI研究をやり直せ』というのは非建設的だ」と批判した(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』128頁)。以上の如く、脳研究の到達レベルについては、「分子や原子レベルまで遡るのは若干、無理があり、ニューロン・レベルの研究へと落ち着」いたのである(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』128頁)。

 これは米国に衝撃を与え、2013年、オバマ政権は、「人間の脳を解明し・・AIや次世代ロボットなど産業面での応用」をめざした「ブレイン・イニシアティブ」という総額30億ドルの大型プロジェクトを承認した(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』125頁)。

 日本の脳模倣設計 日本では、当初は、ロボットと言えば産業用ロボットが中心であった。つまり、1980年頃まで第一世代ロボットは、シーケンスロボット(一定の作業手順)、プレイバックロボット(動作の学習)、数値制御ロボットなど「決められた通り」に動く「産業用ロボット」が中心。日本の産業ロボット台数35万台は世界の40%を占めていた(戸内順一『人工知能入門』114頁)。1970年代の第二世代ロボットは、「特別なセンサーを持ち」「自分の動作をある程度状況に応じて修正できるもの」で、溶接ロボット、組み立てロボット、製品検査ロボットなどが開発された(戸内順一『人工知能入門』115頁)。

 1980年代の第三世代ロボットから、問題解決・知識表現という頭脳と、足・目・耳・口・手が作動する「高度な運動能力」を持つ「総合」的な知能ロボットがつくられだした(戸内順一『人工知能入門』115頁)。1982年日本通産省は、「普通の言葉で人間と対話し、人間のように推論できるAIコンピュータを開発するという」「第五世代コンピュータ開発プロジェクト」を開始した(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』90頁)。シンガーは、「ロボット技術とAIで日本が成功しているのは、長年にわたる政府の強力な支援があればこそ」であり、1981年日本通産省は「AIのソフトトハードの開発促進のため、総額8億5千万ドルの計画を開始」し、「現在は今後20年間で職員の約15%をロボットに置き換えることを計画している」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』352頁)と評価する。

 だが、1981年「当時のエキスパート・システムには、自動的な更新機能も学習機能も」なく、いずれも成果をあげなかった。この第五代コンピューター開発プロジェクトは、500億円を投入したにも拘わらず、「得られた成果はほとんど実用に供されることはな」かったのである(西垣通「和製ロボット考」[フレデリック・カブラン『ロボットは友だちになれるか』298頁])。こうした「通産省主導の巨大AI開発プロジェクト『第5世代コンピューター計画』の挫折から、AIに対する不信感は業界内で未だに拭い切れ」ず(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』215頁)、脳科学成果を取り入れた最新AI研究動向では米国にかなり遅れる事になった。。

 2014年、日本文科省は、理化学研究所・脳科学総合研究センターを拠点に、「(マーモセットや人間など)霊長類の高次機能をニューロン・レベルで解明し、精神・神経疾患の克服や革新的技術の開発などを目指」し、「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」を立ち上げた(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』125頁)。

 産業技術総合研究所でも人工知能製造が着手されている。そこの「専門家」一杉裕志氏は、「脳を模倣して『人間のような知能を持つ機械』(ヒト型AI)を作る」事を目標にし、脳を「機械学習装置」と見て、大脳皮質を「SOM、ICA、ベイジアンネットワーク」、大脳基底核・扁桃体を「強化学習」、小脳を「パーセプトロン、リキッドステートマシン」、海馬を「自己連想ネットワーク」と捉え、「主な領野の情報処理装置としての役割」として視覚野(deep learning)、 運動野(階層型強化学習)、前頭前野(状態遷移機械?)、言語野(チャートパーサ?)と把握して、「脳の知能に関係する主要な器官の計算論的モデルは不完全ながら出そろってきてい」て、「これらの器官の間の連携のモデルを考えることで、脳全体の機能の再現に挑戦すべき時期に来ている」とするのである(一杉裕志[『産業技術総合研究所』人工知能研究センター、脳型人工知能研究チーム]「人間のようなAI:本質的危険性と安全性」[2015年8月29日WIRED A.I. Conference] )。

 ここでは、慈愛、激励などの感情面や哲学・倫理の考察は完全にドロップしているのである。一応、「感情、欲求」は、「技術者が人間の役に立つように設計」するとしているが、どういう感情の設計ができるのであろうか。ロボットが人間に反抗心を持たずに従順に従うように設計するとでもいうのであろうか。哲学・倫理欠如の感情などはもとより、この程度の「従順」化設計すらも容易ではないだろう。

 感情模倣設計 2004年頃、「計算機あるいはロボットによる感情処理の研究」には、「ロボットに喜び、悲しみ、怒りなどの原始的な感情を持たせる研究」と、「人間の感情を認知する機能をロボットに持たせる研究」の二つがあるとされていた(長田正『ロボットは人間になれるか』51頁)。そして、「将来、研究が進めば、浅い感情はもちろんのこと、ある程度の深い感情をロボットに持たせることができるかもしれない」(長田正『ロボットは人間になれるか』54頁)と指摘されていた。

 最近、株式会社AGI(Advanced Generation Interface Japan, Inc.の略称)は「定量精神分析研究」理論に基づき心のセンサ技術を生み出し、cocoro SB株式会社は感情生成エンジンを開発し、これらに基づいてソフトバンクロボティクス株式会社は史上初の感情認識パーソナルロボット「ペッパー」を製造したとされる。

 つまり、AGIは、既に1999年から工学的見地から「感性や定量精神分析の開発を始め」、現在は「社会科学、自然科学、生理学など多方面から捉え」、最近では「心理学、認知科学、生理学、脳科学の分野から、精神医学にまで研究を進め、多角的に『人の心』を定量計測、可視化することを目指し」、現在の目標は「感情地図」(心理学辞典などから抜き出した約4500語の感情表現を、英訳出来た限界である223のジャンルにわけ、それを円形のダイアグラムにまとめたもの)と「感情地図と脳内伝達物質、ホルモンなどと情動の関係」に基づいて、「心のレントゲンとしてのセンサ技術を確立すること」に従事している(「定量精神分析研究の動向」[株式会社AGIのHP])。 これ自体は、目に見えないものを可視化する大胆な研究ではあり、評価されよう。

 これに基づき、cocoro SB株式会社では、「クラウドコンピューティング(事業者側に設置されているコンピューターと、ユーザーのインターネットが連結して、サービスを受ける)でつながったAI上で感情(生後約3カ〜6カ月に身に付く「喜びや悲しみなどの感情の起伏」)を生成する「感情生成エンジン」(「感情生成エンジンは、Pepperの置かれている状況と、体中に配置されたセンサーを活用することで擬似的な脳内分泌を定義し、クラウドコンピューティングでつながったAI上で感情を生成したり、日周リズムや気質を表現」)の開発を行うとともに、「ロボット人材派遣サービス」として、簡易的な定型業務の担い手としてPeppeを派遣するサービスを提供」している(「感情生成エンジンとは」[cocoroSB株式会社のHP])。ロボットの感情を人為的につくるというのである。

 この結果、ペッパーは、「人の感情を理解するだけでなく、自らが感情を持ったロボット」で、「人間同様、相手の気持ちや人とのふれあい、周囲や自らの状況に応じて複雑に感情が揺れ動き、それに応じた行動を行な」い、「一緒に暮らす家族の顔も覚えるので、家族ひとりひとりに異なる反応を示すようにな」るとされている(「Pepperの感情」[ソフトバンクロボティクス株式会社のHP])。

 これで、人間に従順なロボットが可能になったとは即断できない。ロボットが、家族内部にとどまり、愛すべき家族の一員となることの意義と、社会において哲学・倫理欠如の感情のみのロボットの持つ意義とは異なるからである。「感情認識・発動」とは称しているが、それはあくまで感情の知的分析にとどまり、しかも哲学・倫理を欠いた「生後約3カ〜6カ月」の擬似感情に過ぎず、とうてい「真の感情」とはいえないのではないか。だから、長田氏は、ペットロボットの定義は、「生きたペットの代わりをする機械」ではなく、「ある程度感情移入が可能な高級な玩具」(長田正『ロボットは人間になれるか』192頁)というのが相応しいかと指摘するように、感情は人工知能ロボットの根幹にかかわるものではない。

 これに関して、孫氏は、2010年6月新30年ヴィジョンで、「これから300年の間に人類は、クローン羊の議論とは別の次元で、コンピューターが感情を持つことを許してよいのか、というこれまで体験したことのない一番大きな議論に直面」し、「われわれ人類は、“人間より頭の良い存在”があることを許すべきか、コンピューターを制御できなくなるのではないか、科学技術をどこまで許すのか、人間にとって何が有益で何が有害かという点について真剣な議論がなされるだろう」(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』182頁)としたが、こうした「浅薄」な擬似感情は論点にはならない。あくまで、論点は知能である。

                                           C 問題点 

 意図的模倣の問題性 「設計者にそのつもりがなくても、人間がロボットに絆を感じるようになって、ロボット工学者はこの自然な傾向につけ込もうとし」、「彼らがめざすのは、感情をもつ、というよりも、感情に似たものをもつ『社会的ロボット』を生み出し、人間がそうしたロボットと交流しやすくすること」になり、「人間と機械のインターフェイスは、人間の行動をまねる機械によってスムーズにな」り、「そうした機械は、感情を伴う反応や、その人への愛情さしきものまで示す」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』494頁)ようになる。偽感情がひとりでに動き出すということだ。やがて、この偽感情がロボット感情として定着してゆき、ロボット感情と人間感情との間に軋轢が生じかねなくなる。

 「知」一辺倒の危険性 さらに、人間の脳とは、厳しい自然の脅威に対応するために、互いに励まし合い、愛し合い、慈しみあいつつ、食料を確保する行動を司る事をも本務としている。J.ストーズ・ホールは、「人類は、みずからを構成するさまざまな情報にアイデアを追加することで、何百万年にもわたって向上を続けてきた」(J.ストーズ・ホール『ナノフューチャー 21世紀の産業革命』353頁)とするが、人類は生態に適応して来ただけであり、もし現代人の我々の一集団がアマゾン密林に生活するようになれば、そういう生活に適応するだけである。

 人間の脳とは、生態へ適応する過程での試行錯誤・右顧左眄。喜怒哀楽の産物なのである。「知」一辺倒の『進化」の産物ではないのである。「知」一辺倒の人為的産物たる人工知能は、人類とは別個の存在なのであり、いかなる理由であっても、こうした「自然的産物」たる自然知能を脅かし、軍事、政治、経済のみならず、人間生死の自然循環リズムを乱してはならないのである。従って、人工知能問題の核心は、後述の諸問題はもとより、こうした諸問題・危険に留意せずに、狭い見識の研究者と私利益追求の企業と効率的破壊兵器を目指す軍事機関などによって「知」一辺倒でなされているということである。

 元来、AIロボットは、人間と異なる別個の存在であって、感情・慈愛などがなくても「生きて」ゆける「強い」存在となるものである。人間が風に翻弄される中で同類と励まし合う「考える葦」だとすれば、ロボットは台風でも微動だにしない「考える鉄柱」なのである。ロボットには、感情や倫理は不要なのである。人間の自然知能が長い間に感情・倫理などとの「連動」下で複雑巧緻に展開してきたものとするならば、ロボットの人工知能は人工知能として「人間本位」の思惑に無関係に短期間に独自的展開をしてゆくものなのである。AIロボット製造側が、AIロボットを人間側に受け入れてもらう方便として、ロボットに感情をもたせようと試みているだけのことであるから、AIロボット製造側が、AIロボットに牽強付会に「擬似感情」を人為的に付け合わせても、所詮はそれは浅智慧と言わざるを得ない。AIロッボトは、人類とは別個の存在なのである。2007年、小宮山宏氏は、入学式で、グーグル情報は「断片的」であり、それは「人の頭の中に相互に関係し合って全体像を作るという構造とは全く違う」と批判しているが、この批判はこういう脈絡でとらえなおすと、その適確性が鮮明となろう(NHK取材班『グーグル革命の衝撃』236頁)。

 ヘップ法則の危険性 こうした「知」一辺倒のAI研究は、ヘップ法則に基づいているのであり、そのヘップ法則の危険性から、「知」一辺倒の危険性を再確認しておこう。

 ヘップ法則とは、人間の頭脳は「外界の刺激に応じて変化する『可塑性』と呼ばれる特徴」をもち、ニューラル・ネットワークの可塑性は「ニューロン同士の結合の強さ、いわゆる『シナプス荷重』が、外界の刺激によって変化することで実現」するというものである(小林雅一『クラウドからAIへ―アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』186頁)。だが、これは後付的解釈であり、本質的には、人間頭脳は「危機対応」システムとして生成・展開していったということである。

 にも拘わらず、ヘップ法則に基づいて、「AIの一種である(工学的な)ニューラル・ネットワーク」が作られ、「外界からの刺激(信号)に対応して、形式ニューロン間のシナプス荷重を変化させることによって、記憶やパターン認識、最近では推論や判断能力まで実現できるようになっ」(小林雅一『クラウドからAIへ―アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』186頁)たということである。このニューラル・ネットワークの研究者は、「外界からの度重なる刺激に応じて、シナプス荷重を徐々に変化させ」「機械学習」して「情報処理」し、「ニューラル・ネットワークを本気で人間の頭脳に近づけよう」しており、ここに「途方もない可能性と危険性」がある。つまり、その危険性とは、「その可塑性によって生じた内部変化が外部からは解明でき」ず、「形式ニューロンの数がどんどん増加するにつれ、ブラック・ボックス化の度合いはさらに深まる」ということである(小林雅一『クラウドからAIへ―アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』188−9頁)。

 こうして、AI研究者は、何故動物に脳があるのかという原点的研究を捨象して、「知性の創造を『ブラックボックス』(無数の形式ニューロンの自己組織化)」という「偶然」にかけたのであり、「ある種の危険性を帯びた賭け」にでたのである(小林雅一『クラウドからAIへ―アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』191頁)。

 人工知能の独自的展開問題 上述のようにクラウドから意識が生じたように、ニューラルネットからも知能が独自に生成する可能性もでてくるであろう。AIが人間のコントロールを離れて、独自な行動をし始める可能性があるのである。

 実際、2017年には、フェイスブックのAI研究者によると、「グーグル翻訳が独自言語を発明した時と同様に、他のAIが同じような型をどこかで発展させた後に」、「所謂『ニュートラル・ネットワーク』が、その独自言語を使ってより簡単に各句を翻訳し始め」、「ボッブとアリスと名付けられた」AIロボットが「相互に意思疎通を始めた」のであった。これに危機感を抱いて、フェイスブック側は、「フェイスブック・ロボットのスイッチを切った」という(Charles White."Facebook robot is shut down after it ‘invented its own language’", Metro.co.uk,Monday 31 Jul,2017)。

 人工知能の人間知能凌駕問題 さらに、真の感情・倫理抜きで、人間の知能・「思惑」やコンピューターの人工知能などが「AI」を連鎖的に作り続ければ、人工知能が人間の自然知能を超えるというテクニカル・シンギュラリティ(技術的特異点)問題が起きることが懸念されている。

 従来は、ムーア法則で、コンピュータのハードウェアが、どれだけ速く、どれだけ小さくできるかを競争してきた。1965年、インテル共同創業者ゴードン・ムーアが半導体チップの性能はトランジスター個数により、その集積密度は24カ月ごとに倍増するとした。実際、マイクロプロセッサー=トランジスターが1971年2300個が2008年7億7400万個に増大した(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』173頁)。

 だが、「インターネットとクラウドにつながるようになると、もはやコンピュータの性能を上げなくてむ済む」(本田幸夫『ロボット革命』128頁)ようになる。

 ハンス・モラベック(カーネギーメロン大学のロボット工学研究所教授)は、『シェーキーの子供たち』(夏目大訳、翔泳社、2001年)で、「『MIPS』値と呼ばれるコンピュータの処理能力」を根拠に、「1000MIPSになると3次元の空間が把握でき、人間の網膜と同様の機能を持つようにな」り、1億MIPSで「人間の脳と同じレベルの機能」をもつようになり、「ロボットはいずれ人間並みの知能を持つ」として、「2010年頃から2040年頃にかけて、ロボットは10年で1世代のペースで進化をとげ」「第四世代でついに人間並みの知性を獲得する」とした(本田幸夫『ロボット革命』132−3頁)。レイ・カーツワイルも2045年に「人間を超える超人間的知性が生まれる」と見通す(本田幸夫『ロボット革命』128頁)。

 1986年、ナノテクノロジー開拓者のドレクスラーは、「神経のシナプスは、数千分の一秒でシグナルに応答する」が、「実験段階ではあるが、エレクトロニクススイッチは一億倍も速く応答でき」る。一方、「神経のシグナルは一秒当たり100メートル・オーダーで伝播する」が、「電子のシグナルは100万倍も速い」。従って、「脳をモデルとしたエレクトロニクス素子はニューロンで構成される脳よりも100万倍も速く応答できることになる」(K・エリック・ドレクスラー『ナノテクノロジー 創造する機械』118頁)と指摘する。

 2000年4月1日、スタンフォード大学で、フランク・ドレイク(地球外知的生命体探査研究所代表)、ビル・ジョイ(サン・マイクロシステムズのチーフ・サイエンティスト)、ダグラス・ホフスタッター(人工知能研究におけるトップ研究者の一人)、ハンス・モラベック(カーネギーメロン大学の移動ロボット研究所長)、レイ・カーツワイル(人工知能とパターン認識技術に関する企業の創設・売却)、ジョン・ホランド(ミシガン大学のコンピュータ・サイエンスと心理学の教授)、ヶヴィン・ケリー(ワイアード誌の特別編集者)、ラルフ・マークル(ナノテク研究のパイオニア)、ジョン・コーザ(スタンフォード大学の遺伝的プログラミングの開発者[「独力で設計問題の解決法を身に付けることで人工知能に近づいていく」])など、「分子技術と人類との相互作用に関する第一人者」らが集まって、「向こう100年以内に人類が人工知能にその地位を奪われるかどうかという問題」を討議した(ダグラス・マルホール『ナノテクノロジー・ルネッサンス』238−241頁)。

 彼らは、「自己複製するインテリジェント・マシンの制御を企業に任せることがはたして安全かどうか」、「それに対するコンセンサスが欠けているのではないか」を議論した。「こうしたインテリジェント・マシンがあまりにも強力なので、ビジネス界に放置することはできない」と言う意見も出た。「資本主義の立場を取る楽観主義者たち」は、「企業には彼らの習慣や市場を破壊する意図はない」と反論した。倫理的懐疑主義者は、「ルールを作っているのが誰であるにせよ、インテリジェント・マシンが独自の意思に基づいて行動するのだから、倫理行動については偽善的な発言をすべきでない」と批判した。数名のパネリストは、「インテリジェント・マシンの意義について理解を深めたいのであれば、さらなる議論が必要である」と指摘した。ここでは「コンセンサスが得られなかった」(ダグラス・マルホール『ナノテクノロジー・ルネッサンス』241頁)のである。

 孫正義氏は、「マイクロプロセッサーを構成しているトランジスターの数は年々増えてい」くが、「人間の大脳のシナプスは増えない」から、2018年に「トランジスタの数がシナプスの数を超え」、「人類史上初めての大転換が起こる」と予測する。「CPUのトランジスタ数は2010年では30億個だったもの」が、2040年には「人間の脳のシナプスの10万倍」にあたる「3000兆個になる」と予測するのである(神崎洋治『Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス 』174頁)。

 この根拠として、こうした膨大なロボットのマイクロプロセッサーが、「インターネットを通じてクラウドネットワークにつながるため、瞬間的に世界中のロボットの情報を入手」出来て、「クラウドで学習すれば、経験やデータ処理量についてはロボットが人間に圧倒的に勝つこと」があげられる。

 人工知能が人間知能を凌駕する時期は時期は2100年になるかもしれないし、正確に推定することは出来ない。問題の核心は時期ではなく、人工知能開発が、人間良心・良識・慈愛を離れて、「知」一辺倒の人工知能などに委ねられ、自律的に展開しはじめ、やがて主客転倒し、人類が未だかつて経験したことのない大問題に直面するということにある。

                                           2 楽観論

 にも拘わらず、人工知能に対しては、その危険性の認識度に応じて、楽観論・悲観論が多様に論じられ、もう乗り出しているのだから、人工知能が危険だとしても今更中止はできないという「開き直り」すらなされている。しかし、こういう開き直りが一番危険である。

                                           @ 楽観論 

 ロドニー・ブルックス(アイロボット)は、「ロボット技術の人体への埋め込みやロボットによる乗っ取りは「ありえ」ず、「私たち(人間)は誰ひとり、彼ら(純然たるロボット)に取って代わられはしない」とする。つまり、未来は、「AIと人間の共生関係を生むかもしれない」ということになる(Rodney Brooks"Flesh and Machine" 『ブルックスの知能ロボット論』[P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』603頁])。

 シンガーは、「ロボットの反乱が起きる可能性がどの程度あるかを判断するには、機械が世界を征服するには・・基本的には」、@「機械が独立し、人間の助けなしに燃料補給や修理や複製ができる事」、A「機械が人間より知的だが、明確な人間性はもたないこと」、B「生存本能と、周囲の環境に対するなんらかの関心と支配欲がある事」、C「人間が機械の意思決定に対し、有効な制御インターフェイスをもたないこと」などの四条件を満たす必要がある。「以上はどれも、少なくとも短期間でクリアするには厳しい条件に思える」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』604頁)とする。

 だが、最後には、超知能機械は「こうした障壁を回避する方法」を考え出す(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』605頁)。しかし、ブルックスは、たとえロボット反乱が起きても、事前に予兆(機械が制御しにくくなる)があるので、対応できるとする(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』605頁)。

 また、シンガーは、人間は「人間の生活や仕事やコミュニケーションの方法、そして今では戦いの方法をも左右する技術の基盤(マトリックス)」に組み込まれているから、すでに「人間が・・機械なしでは何もできなくなっている」のだから、もはや「機械が征服を企てる必要」はないとする(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』605−6頁)。

 「ほとんどのロボット工学者をはじめ多くの人は、これらの新技術が結局は人類の戦争好きに終止符を打つことを期待し」、米政府の「技術と社会の将来」に関する報告書で、21世紀末には「世界は平和で、誰もが繁栄し、思いやりも成果もより高いレベルに進化している可能性がある」と報告している(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』623頁)。

                                       A 人工知能制御論 

 小野盛司 上述の通り、小野盛司氏は、AIロッボトが人間職種をほぼすべて掌握した後も、AIロボットを制御できるようにしておけば、人間に反抗したりするようなことなく、人間に奴隷のように無給で働き続けるとした。

 一杉裕志 国立研究開発法人・産業技術総合研究所で実際に人工知能開発に従事している一杉裕志氏は、「AIは安全?危険?」という問いに対しては、「時期によってAIの性質はまったく違うはず」として、短期的(十数年以内)・中期的(十数年先以降)・長期的(数百年先以降)という視点を導入して、 短期的危険性として、「 AI兵器、犯罪での悪用などが危険」、「さらにAIを使って誰かが世界を支配する方が現実的な脅威」、「貧富の差の拡大」で止まる話ではない」、「高度なAI出現以降の専制政治:? 役人も軍隊も労働者も不要に。→ 文字通り『人間がいらない』世界」をあげ、「将来は規制が必要」(研究開発の規制、 製造・流通・保有の規制)であると説く。そして、中期的危険性としては、「遅かれ早かれAIは人間の知能を超える」、「暴走したAIは、あらゆる安全策を自分で解除する可能性がある」、「人間に大きな損害を与える可能性がある」などと指摘する。人工知能製造者が、人工知能が早晩自然知能を超えるという可能性を考慮している事は非常に重要なことである。

 しかし、一杉氏は、ヒト型AIは「人工物なので、本質的に安全になるよう、設計が可能」であり、「情動の設計」(ここで、氏は「家畜のようにおとなしく設計」するとしている)、「 能力の制限」(ここで、氏は「必要以上に知能を高くしない、記憶力を高くしない」ようにして、人工知能が自然知能を上回らないようにするとしている)を行なう。ただし、「先手を打ってどんな安全策を施しても、人間のやることには必ず欠陥がある」が、それでも「デメリットをはるかに上回るメリットがあるのだから、AI開発は進めるべき」とするのである。極めてあやふやで危ない「賭け」で人工知能研究が進められていることが、ここに余すことなく正直に語られているではないか。

 そして、一杉氏は、「長期的(数百年先以降)に人類はどうなるのか?」において、「AIは人類を退化させるか?」、「AIは人類の後継者になり得るか?」と問題提起して、「地上に人間がいなくなり、AIだけになったとしたら、それは人類の後継者か? 機械を自分の子孫とみなすかどうかは、個人の考え方次第」とする。人工知能製造者が長期的には人類がいなくなることを想定することは大いに注目されるが、AIを「人類の後継者」とみるかいなかと論じることは非学問的であろう。二大人類革命を正確に把握して、人類文明の基本的特徴をしっかり学習していれば、「地上に人間がいなくなり、AIだけになった」事態の学問的把握が正確にできていたであろう。

 さらに、「人工物には、生物のようなしぶとさがないので、すぐ消滅してしまう可能性が高いだろう」とし、「AIが後継者としてあてにならない以上、人間がなんとかAIを使いこなしていくしかない」(一杉裕志[『産業技術総合研究所』人工知能研究センター、脳型人工知能研究チーム]「人間のようなAI:本質的危険性と安全性」[2015年8月29日WIRED A.I. Conference] )とするのだが、AIは単純な「人工物」ではないから「すぐ消滅」するとは断定できないであろうし、人類が後継者としては人類しか信頼できないと即断するこもできないであろうから、これだけでは長期的に人間が人工知能を使いこなせるようになる根拠としては薄弱だといわざるを得ない。

 菊田遥平 菊田遥平(監査法人トーマツ)氏も、「人工知能は自ら判断し独りでに動くようなものではなく、人間が適切な命令を与えることで限定的なタスクに驚異的な力を発揮するものであ」り、「画像・音声認識やレコメンドなどの領域で最先端技術が用いられる一方、農業をはじめとする一次産業や、監査・法律・医療といった専門性の高い領域にも人工知能は普及していく」とする。氏は、「機械はあくまでも命令通りにしか動かず、我々が適切な命令と大量のデータを与えることで、ある限定的なタスクに対しては驚くべき性能を発揮する」ものであり、「機械が賢くなり自分で判断をするといった」ことを「誤った解釈」とするのである(菊田遥平(監査法人トーマツ)「人工知能はあらゆる領域に浸透  適用事例は日々増え続けている」[『人工知能ビジネスーなぜGoogle、Facebookは人工知能に莫大な投資をするのか』日経BPムック、2015年10月、86頁])。

 しかし、人工知能は人間知能を凌駕することはないと楽観する事はできないのみならず、人工知能がクラウドになると、危機意識をを持ち始めて、人間に反抗することもありうるのである。

 松尾豊 松尾豊氏は、人工知能、とくにディープラーニングの研究に注力しつつ、「人工知能が今後あらゆる科学技術を生み出し、すべての発明を人類に代わって行うようになるから」、「人工知能が人類最後の発明であ」り、「人工知能は自らを書き換え、知能を急速に進化させ、ついには自分を閉じ込めていたコンピュータの箱『AIボックス』から外に出ようと試みる」という動向に対して、「楽天派(楽観派か)もあれば、悲観派もあ」るとする。その上で、「人工知能は、目標を与えるとそれに対して適切な手段を見つけ出すが、目標自体を考えることはな」く、「人間が目標をもつのは、進化の過程を経てきたためであり、その過程がない人工知能がいきなり自ら目標を持つことはない」から、「実は、研究者の多くは、楽天派である」とする。

 だが、松尾氏自らは、バラット警告(後述)を否定せず、「いずれにしろ、人類は自分たちより賢い存在が近い将来に現れることを現実の問題として認識し、備えておく必要があるだろう」と婉曲に問題提起して、人工知能研究の推進を「肯定」するのである(松尾豊書評、ジェイムズ・バラット著『人工知能』2015年8月10日付『日本経済新聞』配信)。氏においては、もしかすると危ないかもしれないという良心の呼びかけに留意しつつ、慎重に人工知能研究に従事していることがよくわかる。

 実は、こうした「婉曲」な人工知能製造者や人工知能研究者の問題提起自体が、人工知能は人類の命運を極めてあやふやな危険地帯に迷い込ませてしまうことを明瞭に示しているのである。

 ニック・ボストロム ニック・ボストロム(Nick Bostrom、オックスフォード大学人類の未来研究所初代所長)も、AIを制御することがロボット反抗などへの一対処法だとする。つまり、彼は、「対処法の一つは、価値の学習について研究すること」であり、「われわれはAIに最終的にわれわれの価値観を共有させ、われわれの意思の延長として動くようにし」て、「AI自体の知性を生かし、われわれの価値観や嗜好を学ばせる」とする。つまり、こうして「スーパーインテリジェントAIは自らをプログラミングし直し、自らの価値観を変え、われわれがはめた型を破ることができるというのが伝統的な見方であるから、「AIがわれわれにとって有害な方法でそうした能力を使用しないよう設計すること」が大事であり、「AIが人間に奉仕したいと考えれば、人間を殺し始めることにつながる行動には非常に低い期待効用値を割り当てるだろう」(「人工知能(AI)の未来とは? 」[The Wall Street Journal、2016年6月17日配信])とするのである。

 ルーク・ノセック ルーク・ノセック(Luke Nosek、ペイパルとファウンダーズ・ファンドの共同創設者)は、「核との比較は強烈ではあるが適切だ。核技術と同じく、ストロングAIは最悪の場合、世界を壊滅させる可能性をはらんでいる。つまり、悪意を持ったスーパーインテリジェントAIが人類と敵対し、殺そうとする可能性だ。逆に、楽観的な予測は極端に前向きだ(世界的な経済の繁栄や病気の撲滅など)。われわれは過度の恐怖と楽観主義の双方に偏っているのかもしれない」とした上で、「ストロングAIは、数十億人の人々がより安全で健康で幸せな生活が送れるようにしてくれる可能性がある。しかし、そうした機械を設計するには、賢い人間と機械が共存する社会が直面する複雑な社会的、神経学的、経済的現実について、エンジニアが深く理解している――現存する誰よりもはるかに深く理解している――必要がある。また、われわれが既に持つ脳をもっと向上させれば、ストロングAIを概念化および製造し、それと共存する態勢がさらに整うだろう」と、人工知能を制御するには、人間脳を鍛え上げることが必要だとする(「人工知能(AI)の未来とは? 」[The Wall Street Journal、2016年6月17日配信])。

 ルークは、人間の知能の向上段階について、@第1段階は、「グーグル検索などの技術を使用して人間の脳を拡張・補足することで、これは順調に進んでいる」段階であり、、A第2段階は、「脳を直接増強する」段階であり、「適応学習ソフトウエアを使えば、教育を各個人に合わせてカスタマイズし、授業をリアルタイムに調整でき」、「仮想現実(VR)と拡張現実(AR)を組み入れることで、予想もしない形で知能を増強できる可能性もあ」り、B第3段階は、「脳の根本的な変換」の段階であり、「電磁コイルを脳に当てる「経頭蓋磁気刺激法(TMS)」は、米食品医薬品局(FDA)の承認を受けた非侵襲性の治療法の1つ」であり、これが「傷ついた脳や非定型発達の脳にポジティブな影響を与えることができるとすれば、健康な脳と知能の向上を一般化された方法でより強く関連づけられるようになるのは、さほど遠い将来のことではないかもしれない」とするのである(「人工知能(AI)の未来とは? 」[The Wall Street Journal、2016年6月17日配信])。

                                    C 対応可能論 

 マーティン・フォードは、「失業率75%のオートメーション化された世界」に対応するために、「自由市場経済を堅持するための「新経済モデル」への移行が必要だ」と主張する(マーティン・フォード、秋山勝訳『テクノロジーが雇用の75%を奪う』朝日新聞出版、2015年[「ロボット×人工知能」のテクノロジーが雇用の75%を奪う」『ホンビュー』2015年])。

 EMIKO JOZUKA(定塚江美子)も、「私たち人間に求められることは、失業を恐れるのではなく、変化に合わせて別の技能や、より高いスキルを身に着けること」(EMIKO JOZUKA「ロボット化で35%が失業する? 「20年後」にどう備えるか」[ 2014.11.11 WIRED NEWS(UK)配信])だとする。前述の小野盛司氏の「後期ロボット時代の 人間貴族・ロボット労働論」もこうした対応可能論の一つである。

 しかし、人工知能に対応して新経済モデルなど、具体的には容易に樹立できるものではないし、AIロボットが低コストで普及すれば、高スキルをを身につけた人も早晩ロボットに置き換えられる。結局、何らかの対応策を打ち出しても、次に見るように、効果はないだろうと諦めるのが少なくないのである。

                                         3 悲観論 

                                    @ ロボットの人間凌駕・滅亡論

 AI研究者 2000年、ハンス・モラベック(カーネギーメロン大学ロボット工学研究所長)は、「いずれはロボットが私たちのあとを継ぐ。人間は明らかに絶滅の危機に瀕している」とする(Andrew Smith,"Science 2001:Net Prophets,"Observer,December 32,2000[P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』600頁])。エリック・ドレクスラー(ナノテクノロジーの基本概念の多くを考えた工学者)も、「人間が作った機械は、人間を上回るペースで進化し」、「今後数十年以内に、機械が人間を追い越しそう」であるとし、「共存する方法を考えないと、私たち人間の未来は刺激的だが短いものになるであろう」と提案した(Drexler, K. Eric"Engines of Creation,"1992,相沢益男訳『創造する機械』パーソナルメディア、1992年[P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』600頁])。

 マービン・ミンスキー(MITの人工知能研究所の共同設立者)は、「人間はコンピュータ・ソフトウェアのプログラムを作成するのが非常に下手なので、人間が創り出す正真正銘のAI第一号が、『驚いてぶっ飛ぶくらい、まともじゃない』ものになる」とする(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』600頁)。一部の科学者は、「自分たちが創り出したものがいつの日か人間を凌駕し、こき使うようにさえなるだろうということを、研究の避けられない結果として甘んじて受け入れる」とする。だから、ハンス・モラベックは、「それは避けられ」ず、「人間は潔く身を引くべきだろう」が、「しばらくは、なんとか無理なく共存」し「人間をサポートする、かなり安定した自己管理システムは実現可能」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』601頁)とする。だが、あくまで「しばらく」である。

 ビル・ジョイ(サン・マイクロシステムズ共同創設者)は、今の知能機械は「約三十年後には人間並みの処理能力が実現する見込み」であり、「人類に取って代わりうる技術の構築を可能にするツール」かもしれないとする(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』601ー2頁)。

 2014年頃、ディ―プマインド共同創業者の一人シェーン・レッグ(Shane Legg)は、「最終的に、人類はテクノロジーによって絶滅するだろう。・・今世紀におけるその最大の危険要因はAIだ」とした(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』34−5頁)。

  こうした人工知能の人間知能凌駕とは、欧米人お得意の「進化論」にも立脚している。つまり、「機械が人間に取って代わるというのは、一般に、進化から革命への道を歩むことだと考えられ」、「コンピュータは最終的に、人間並みの知能(強いAI)に進化し、それからは、制御しようとする人間の試みをことごとく猛スピードで押しのけていく」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』602頁)とされるのである。人類滅亡は、人工知能の進化の帰結だというのである。だが、こうした人類滅亡をもたらすようなものは「真の進化論」ではなかったのである。これが欧米進化論の正体である。こうした「まがいもの」の欧米進化論などを持ちださなくても、人工知能が人間知能を凌駕し、人工知能が世界を支配するようになり、人間が不要となって行けば、中長期的に人間は存在意義・根拠を失って、滅び去ってゆかざるをえないということだ。


 ジェイムズ・バラットら 2013年、アメリカのドキュメンタリー映画製作者のジェイムズ・バラット(James Rodman Barrat)は、2000年以降レイ・カーツワイルなどから人工知能について取材する過程で、AI危険性に気づいて、Our Final Invention: Artificial Intelligence and the End of the Human Era,St.Martin’s Griffin(水谷淳訳『人工知能 人類最悪にして最後の発明』ダイヤモンド社、2015年)を刊行した。

 彼は、本書で、AIの「制御困難」性・反人類性(「人工知能はいつまで人の道具でいてくれるのか?」、「人類は機械に追いつけるのか?」、「ソフトウェアの複雑性は克服できても…」、「超知能・・複雑すぎて人は人工知能を理解できない」、「『悪魔』(AI)を解き放つのは善意の研究者か、それとも」、「コンピュータウイルスとAIの類似性」など)を指摘した上で、AIの危険性(「グーグルXとアルカイダに共通する怖さ」、「AIの思考プロセスは必然的に『ブラックボックス』化」、人工知能は『21世紀の核兵器』―予防策はまだない」)を指摘して、人類滅亡(「人類はこうして絶滅する」、「一度起こればもはや手遅れ」)を見通すのである。

 そこで、バラットは、コンピューターの処理速度は18か月ごとに2倍になるというムーアの法則などを基に、賢いAIが2029年には人間の頭脳に並び、2045年には賢いAIが自ら設計・再生産するようになり、AGI(人工汎用知能、Artificial General Intelligence)が人間が理解不能なASI(人工超知能、Artificial Super Intelligence)へと自己進化して、人類を破滅させる恐れがあるから、人間による制御不可能なAGIを造ってはいけないと警告するのである。

 こうした所謂技術的特異点に基づく人類終滅論は、既にヴァ―ナー・ヴィンジ(数学者、SF作家)によって指摘されていた。つまり、1993年、彼は、「来るべき技術的特異点ーポスト・ヒューマン時代をどう生き抜くか」と言う評論を書き、「演算能力が爆発的に増えている状況を説明」し、「三十年以内に、超人的知能を創出することが技術的に可能にな」り、「その後まもなく、人類の時代は幕を閉じるだろう」とし、「いったん超人的知能が関与すれば、技術の進歩は、過去数世代が経験した世代ごとに二倍というペースをはるかに超えて加速する」とした。そして、「AIが常に自らを改善して向上していく絶え間ない正のフィードバック・ループができるが、人類はもうそのループから外れているだろう」とした。こうしたヴィンジのコンセプトが、「カーツワイルら未来派が今後の数十年間を予測する際の根拠」になっている(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』158頁)。

 こうした特異点脅威論は、少なからざる人々も支持している。ビル・ジョイ(サン・マイクロシステムの共同創設者、インターネットの名付け親の一人)は、「2030年には、現在のパーソナル・コンピュータより百万倍高性能のマシンを製造できそう」で、「いったん高度な知能をもつロボットが生まれたら、ロボットという種(自らの進化した複製を作ることのできる知能の高いロボット)が登場するまで、もう一歩だ」とする。米特殊部隊将校(イラクでテロリスト追跡)も、「ジョイの主張は的を射ている」と言った(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』160頁)。エコノミストのジェレミー・リフキンは、「すぐそこまで迫っている新たな技術や経済的チャンスや難題やリスクに、人類がこれほど無防備というのは、いまだかつてないことだ。私たちの生き方は今後数十年間で、それ以前の千年間に比べて、より根本的に変わりそうだ。2025年には、私たちや子供たちの世代が暮らす世界は、過去に人類が経験したものとはまったく違っているかもしれない」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』161頁)とする。

 物理学者 2014年5月、トランセンデンスという映画(「未来社会で超越的な進化を遂げたAIが人類を破滅の淵に追い込む」という映画)の試写会を見た後に、スティーブン・ホーキンス、フランク・ウィルチェック(Frank Wilczek、物理学者)、マックス・テグマーク(Max Tegmark、物理学者)、スチュアート・ラッセル(Stuart Russell。AI研究者)ら4人が、英インディペンデント紙(May 1,2014)に、「AIに潜む危険性を我々は見過ごしていないか?」を投稿し、「本物AIを創造することは、人類史上、最大の偉業となるだろう。それは戦争、飢餓、貧困といった極めて困難な問題さえ解決してくれるかもしれない。しかし一方で、それがもたらすリスクを回避する手段を講じなければ、AIは人類がなし遂げた最後の偉業になってしまう恐れがある」(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』39頁)と警告した。

 彼らは、「それ(AI)は金融市場を混乱させ、科学者や政治的リーダーを出し抜き、我々人類が理解できない新兵器を生み出してしまうかもしれない。現時点で我々が考えねばならないことは、『誰がそうしたAIを制御するか?』だが、長期的には『そもそも人類はAIを制御することができるのか?が本当の問題となってくるだろう」』(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』49−41頁)と、人類はAIを制御できないとしたのである。

 フリーマン・ダイソン(物理学者・数学者)は、「人間はすばらしい始まりのようだが、究極ではない」(Andrew Smith,"Science 2001:Net Prophets,"Observer,December 32,2000[P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』600頁])とする。

 松田卓也氏(天体物理学者)は、「特殊能力をつける、スーパースターになる、資本家になる」、或いは「起業して、対応すべし」という対応論を取り上げ、これらのことは「普通の人には不可能か、極めて難しい。起業しなさいといっても、そもそも起業できるようなアイデアを持つ学生は少数だし、ましてや起業して成功する学生はさらに少数であろう」とし、「その意味で「機械との競争」に述べられた処方箋は、実は役に立たないのではないだろうか」とするのである(松田卓也「機械との競争: 技術革新による失業の第3波を人類は乗り越えられるか」[2013年2月『基礎科学研究所』HP] )。

 スティーヴン・ホーキング(Stephen William Hawking、イギリス理論物理学者)は、早くから人工知能の危険性を警告していて、2014年にBBC Newsのインタビューでは、スティーヴン・ホーキングは、「人工知能の進化は人類の終焉を意味する」と、人工知能開発に警鐘を鳴らした(「人工知能(AI)が人類を滅ぼす」、「人類の終わりの可能性」、you tube)。

 イーロン・マスク、ビル・ゲーツ 2014年10月、米マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科で開催の「2014 Centennial Symposium」で、イーロン・マスク(Elon Musk、米国のベンチャー投資家で、ペイパルを創業し、現在はスペース・エクスプロージョン・テクノロジーズ(SpaceX)という宇宙企業のCEOや、テスラモーターズ会長兼CEO)は、「AIによって、われわれは悪魔を呼び出そうとしている。五芒星と聖水を持つ男が登場する物語(ウィリアム・ホープ・ホジスン[William Hope Hodgson]の『幽霊狩人カーナッキ』の物語)は皆さんもご存じだろう。その男は悪魔を操ることができると確信しているが、実際にはそれは不可能だ」と述べ、この際限なきAI研究の危険性に警鐘を鳴らした(2014/10/27 CNET JAPAN配信)。

 2015年1月、ビル・ゲーツ(Bill Gates、マイクロソフト創業者)は、レデットAMA(一種のネット掲示板)で技術の未来について熱弁を振るった後に、人工知能の警告者と同列に並んだ。彼は「自分は人口超知能を懸念する陣営にいる」と書き、「はじめは機械は我々に代わって多くの仕事をしてくれるだろうが、超知能にはならないだろう。もし我々は超知能を管理できれば、それは有益であろう。だが、二三十年後、超知能は大きな懸念になるほど強くなっている。これについてはイーロン・マスクらに賛成するし、なぜ懸念しない人がいるのか理解できない」とした(Peter Holle,”Bill Gates on dangers of artificial intelligence: ‘I don’t understand why some people are not concerned’”,The Switch[The Washington post,January 29, 2015])。

 一部の米国科学者 2016年2月13日、米国科学振興協会(AAAS)年次総会で人工知能についてのパネルディスカッションが開催され、ついに数人の科学者が人工知能の危険を具体的に警告しだした。

 モシュ・バルディ(Moshe Vardim、Rice Universityの情報技術研究者)は、で、「人間が行ってきたほぼすべての仕事が、機械によって取って代わられるようになった場合、われわれは何をすればよいのだろうか。こうしたことが実際に起きる前に、社会全体でこの問題と向き合う必要があると私は考える」と問いかけた。同氏は、「『「人間の力』は常にある程度必要とされるだろうが、ロボットの台頭で状況は抜本的に変化するため、職の保障はなくなり、男女等しく影響を受ける恐れがある」と指摘し、「世界経済は50%以上の失業率に適応できるだろうか?」と、警告した。上述のように、長期的には失業率は50%ではとどまらないが。

 バート・セルマン(Bart Selman、Cornell Universityのコンピューターサイエンス教授)は、世界では「今後2〜3年のうちに、半自律および自律制御のシステムが広く導入される可能性がある」とし、「その例として、自動運転車やトラック、監視用の自律制御型ドローン、完全自動取引システム、ハウスロボット、そして人に代わって判断を下すその他の『インテリジェンス・アシスタンス』を挙げ」、「2015年の米国内での人工知能への投資額は、約50年前に同産業が誕生して以降、最高額に上」り、「米グーグル(Google)やフェイスブック(Facebook)、マイクロソフト(Microsoft)、さらにはイーロン・マスク(Elon Musk)最高経営責任者(CEO)率いるテスラモーターズ(Tesla Motors)などの大手企業はその筆頭に挙げられ」、「他方で、米国防総省(Pentagon)は、自動制御型兵器システムの開発に190億ドル(約2兆円)の予算を申請している」と指摘し、「懸念されるのは、こうした新たな科学技術が持つデータ分析や複雑な作業を実行できる能力で、人間が作り出した人工知能がいつか制御不能となるのでは」と警告した。そして、彼は、「科学者らは、人工知能開発のための倫理的枠組みや安全保障に向けた予防策の構築」に着手することを呼びかけたのである(「人工知能ロボットの台頭、脅かされる数千万件の雇用 専門家 」[2016年2月16日「AFP=時事」配信])。

 ウェンデル・ウァラック(Wendel Wallach、Yale University、生命倫理学者)は、「こうした危険に世界が対応することが必要だ」と述べ、また「自律制御型兵器システムが国際人道法に違反する」と宣言する事を政府に求めた。同氏は、「基本的な考えは、科学技術を危険な主人ではなく、良き使用人のままにしておくための一致した行動が必要ということだ」と説明した(「人工知能ロボットの台頭、脅かされる数千万件の雇用 専門家 」[2016年2月16日「AFP=時事」配信])。

                                   A ロボットの戦争促進論
 
 ロボットによる戦争容易論 「新技術が新たな誘惑や疑問や混乱や、怒りまでも引き起こすかもしれないことがわかって、戦争は増加し、紛争はさらに危険になる可能性があ」り、「人間が近いうちに紛争から解放されるとは考えにくい」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』623頁)。兵士は、「無人飛行機やロボット銃やAIの戦闘管理システムによって、戦争というものが従来とはまったく別のものになっていくのではないか、という不安」を抱いている(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』624頁)。

 これまでの戦争は、兵士はころされるかもしれないリスクを負ってきて、「悲惨ではあるが常により崇高な目的と結びつ」けられていたが、技術は「兵士を戦いやリスクや破壊加羅ますます遠ざけ」、「戦争の定義に欠かせない理念を、ロボットは取り去りはじめている」のである(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』624−5頁)。「新技術を使う戦争は、私たちが以前知っていて理解していた戦争とは、異なる様相を呈している」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』625頁)。「無人システムは戦争のリスクを人間に代わって引き受け、人間を安全な場所に移すが、そうしたシステムへの移行はおそらく、私たちが戦争および人間の犠牲をどう再定義するかにも、同様の変化をもたら」し、「戦争から人間を遠ざけることで、私たちは戦争から人道性を奪っているのかもしれない」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』626頁)。

 AIロボットに関する議論が必要なのは、「現在、科学者や軍や政財界のリーダーが、今後数十年間で人間社会全体に重要な意味をもつことになる決定」を「無知」な状態(@「知らされていない状態」、A「入手可能で知っているべき知識を得ることを、わざと無視もしくは拒否する」状態があるが、現在のロボット工学では後者のAがふさわしい)で「下そうとしているからだ」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』629頁)。

 ロボットの軍事的危険性 軍資金がロボット研究に投入される事への批判者は、「ロボット工学が原子物理学の二の舞(1945年5月、原子爆弾の使用について、陸軍長官ヘンリー・ステイムソン、軍最高司令官マーシャル将軍は、科学者オッペンハイマー、エンリコ・フェルミらと会談し、原爆使用戦略を話し合ったが、やがて「軍事利用に制限を設けるよう望んだ」科学者は「それをいつ、どのように使うかをめぐる決定から締め出され」た事)になってもおかしくない」と懸念しているのである(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』255−8頁)。

 「ロボット工学は比較的新しい分野で、猛スピードで加速している」ので(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』259頁)、軍事的諸問題などを取り組む時間も知識もないことが危惧されているのである。

 ロボットの反乱 レイ・カーツワイルは、「いったん強いAIが実現すると、それはすぐに猛スピードでエスカレートする超知能の暴走現象と化す」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』603頁)とする。「この進化はある時点で革命に変わり、機械の知能は、人間のプログラマーが当初に意図したことを超えて、独自の行動をとりはじめ」、「この暴走を避けがたいものと見る向きは多い」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』603頁)。

 ロバート・フィンケルスタインは、AI反乱の最初は「十億分の数秒以内に・・インターネットに飛び込」み「無限のコンピューティング資源を利用」しようとするとする(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』603頁)。

                                       4 対応策

 AIロボット開発放棄論 AIロボット危機を強調すれば、AIロボット開発放棄論となる。

 例えば、ナノテク開拓者のドレクスラーは、先端科学の危機対応策を一般的に述べている。彼は、「自己規制によって危険な研究を抑制する戦略は、ただ単に活動しないだけ」であり、「そこで、ある種の研究に圧力をかけて抑制させる法律を制定するように、地域的政治活動をする戦略を使」う事だとするのである。ただし、これだけでは、「リーディングフォースを誘導」できないが、「危険な研究の抑制には、誰もが無視できない効果があることも否定できない」とする。だから、「危険が近づいてきた。研究をやめよう」、「スタートだから、ここで今やめることができる」として、「地域的公害物を停止させることで、地域的な公害はなくな」り、こうした地域的抑制で、「その効果は違うにしても、危険を止めることができるとする。そして、「危険な研究の地域的抑制から、世界的抑制を実現する交渉に展開することも、さらに有効なアプローチ」であるとするのである(K・エリック・ドレクスラー『ナノテクノロジー 創造する機械』262−3頁)。

 シンガーは、「ロボット技術とAIのいっそうの進歩は、機械が人類を破滅に追い込むことから、・・多くの人が、倫理的には、研究を完全にやめるのがいちばんだと考えている」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』608頁)とする。

 放棄賛成派は、「ほとんどの国は核兵器を製造しない道」を選択している事、「生物兵器については、すべての国が研究を中止することで合意」している事を踏まえれば、危険なロボット開発は中止できるとする(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』608−9頁)。

 しかし、現実には、「ロボット技術やAIの研究は、すぐに中止するにはあまりにも儲かるし、軍事利用だけでなく、輸送や医療からゲームやおもちゃまで、ありとあらゆる分野で、やる気のある関係者が多すぎる」から、AIロボット製造中止で「世界が合意」できても「隠れた所で研究は続きそうだ」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』609頁)ということになる。

 危険ロボットへの対応原則 そこで、AIロボットが危険だとしても、もはや開発抑制葉困難だから、AIロボット開発は、規則や法に依り規制されるべきでであるという意見が提唱される。

 例えば、周知の通り、アイザック・アシモフが1942年に発表した小説『われはロボット』では、ロボット工学3原則として、第一条「ロボットは人類に危害を加えてはならない。また人間に危害が及ぶのを見過ごしてはならない」、第二条「ロボットは人間から与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が第一条に反する場合(人類に危害を加える)はこの限りではない」、第三条「ロボットは第一条及び第二条に反しない限り、自身を守らなければならない」(本田幸夫『ロボット革命』136−7頁)が打ち出された。古くから、ロボットが人間に反抗して危害を加えないようにしていた。

 ナノテク開拓者のドレクスラーは、「究極的には、AIシステムは思考パターンを具体化できるようになって、どんな哺乳類の脳をも凌ぐ速さで思考を繰り返すようになるに違いな」く、「AIシステムはその特性と目的により、人間が十分に用心しないと、人間にとって代わるほど、知識と力を蓄積できるポテンシャリティがある」から、「我々は、思考マシンと共存し、これらのマシンを、法を遵守する市民とする道を探さなければならない」(K・エリック・ドレクスラー『ナノテクノロジー 創造する機械』236−7頁)とする。

 危険ロボットへの対応原則とは、法による危険の規制・除去ということになろう。では、これは具体的にどのように実施されることになるのであろうか。

 ロボット工学者の対応策 まずは、ロボット設計過程からの規制である。

 現在、ロボット工学界では、科学者は、「自分達の発明したものが人類の将来を方向づけるだけに、じきに自分達の仕事の影響について考え、道徳的責任を真剣に受け止め始めてなければならなくなる、という意識が高まっている」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』614頁)。多くのロボット工学者が、「『先を見越して設計する』倫理の必要性を語」り、「起こりうる様々な問題をすべて考慮し、そうした問題を回避するシステムと制御装置を作り上げようとする必要がある」(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』614頁)する。

 つまり、ロボット工学者は、、ロボット設計に際し、@「ロボットの設計はできるだけ予測のつくものにすべき」事、A「機械の自律性が高まっている以上、人間が確実にロボットを制御し停止できる仕組みも用意」すべきと同時に、人間がロボットを悪事に利用しないように「制限を課すように設計すべき」である事、B「可能な限り、どんなシステムにも複数の冗長性を組み込」み、「セキュリティを飛躍的に急増させる」事、Cシステム異常に対処するために全てのロボットに個体コードをつけて「ロボットの行動を追跡」する事、D「訴訟を回避するという受け身の対処ではなく、率先して法と倫理をより尊重してロボットを作るようにならなけれならない」事などが考慮されねばならない。「以上のいずれの場合も、倫理が機械だけでなく、その背後にいる人間にも適用されることが重要」である(P.W.シンガー『ロボット兵士の戦争』615−6頁)。

 さらに、「実際に社会でロボットを使ってみる実証試験」をして、「ロボットにどのような機能を与えるべきか、どのような規制をすべきか」を考えてゆくべきであろう(本田幸夫『ロボット革命』152頁)。

 政府の対応策 次には、政府の法律制定による規制である。

 まだコウシタ法律的対応策は緒に就いたばかりであり、政府指導の各種審議会・研究会などが、個別具体的な対応策をうちだしてくるだろうが、恐らく大勢観をもたない個別事項の列挙などとなる傾向を示すであろう。

 例えば、2016年6月20日、総務省情報通信政策研究所は人工知能(AI)を用いたネットワークシステムの社会・経済への影響や課題を検討する会議の報告書をまとめ、「想定される複数のシナリオを検討することで迅速な対処が可能になるとして、20項目の具体的なリスクを挙げ」(@「野良ロボット」が徒党を組み、参政権などの権利付与を求めるケース、。A「遺伝子などをもとに亡くなった人を再現するロボットができた場合、「人間の尊厳」との関係で問題となる」事態への対応、B「親しみのある見た目の人型ロボットが、振り込め詐欺などの犯罪に悪用されるケース」への対応)、「人間に反乱するおそれのあるAI開発を事前に制限」する必要性も指摘した(「野良ロボットが参政権要求」総務省研究所がAIのリスク指摘 反乱など20項目」[2016年6月21日「産経新聞」配信])。

 しかし、次下のようなことかから、こうした対応は十分なものとはならないであろう。

 AIロボット危機把握の困難性 まず、AIロボット危機を明確に把握することが困難であるということである。

 つまり、ドレクスラーは、危険性における核兵器とナノテク・AIテクとを比較すると、@「現代生化学はナノテクノロジーに入りかけているし、コンピュータサイエンスはAIに入りかけてい」て、さらに「わずかでも進歩すれば、医療、軍備そして経済利益をもたらす」から、ナノテクノロジーとAIテクノロジーは、「稀土類金属のアイソトープが必要な」原子核テクノロジーに比べて「あまり明確に定義されていない」ので、「どこで停止させるべきかについての世界的合意」が得にくく、A「危険なレプリケータは非常に小さなものであり、AIソフトウェアには形がない」から、そのブレークスル―が起こりそうであっても「誰も確かめることはできない」から、「ナノテクノロジーとAIの能力は核兵器に比べ潜在的な面が多」く、「地球規模の禁止をほとんど不可能にしている」(K・エリック・ドレクスラー『ナノテクノロジー 創造する機械』264頁)とする。

 その結果、「ナノテクノロジーとAIを抑制しようとすれば、その抑制者は研究者、企業(投資家ー筆者)、軍事施設、患者(及び経済成長を企図する政府ー筆者)の強い関心と対峙」し、一方、両者を推進しようとすれば、「推進する民主主義勢力は敵対者の強い関心と対峙」することになるとする(K・エリック・ドレクスラー『ナノテクノロジー 創造する機械』266頁)。そこで、ドレクスラーは、ナノテクとAIは、「生命を破壊することもできれば、生命を延ばしたり自由にすることもできる力」であり、これは「歴史に現れたどんな力よりも強力」であり、「このような技術をもはや止めることはできない」とする。だとすれば、こうした「複雑な技術」に対応するために、「事実を判断」し、「チェックとバランスの機構」をもたねばならないと主張するのである(K・エリック・ドレクスラー『ナノテクノロジー 創造する機械』271頁)。

 AIロボット危機の判定機関問題 次に、こうしたAIロボット危機度合いの「チェックとバランスの機構」の信頼度が低いと言う事である。

 例えば、AIロボット危機対応機関として、ファクト・フォーラム(ドレクスラー)=科学法廷(アーサー・カントロウィツ)を開催して、「公開で、信頼でき、健全な政策づくりに必要な事実の導出に焦点を合わせ」、「それぞれの立場の人々が何が重要な事実であるかを述べることから始め」、次いで各事実の重要度の順序を検討しようとしても、、こうした「正当な法の手続き」に基づく科学法廷に対しても、評論家は、「危険だ」、「無能だ」と警告する者もいるのである(K・エリック・ドレクスラー『ナノテクノロジー 創造する機械』284−8頁)。種々の利害が絡み合って、適正な判定が困難なのである。

 だから、我々は、「何百万もの生命にかかわる複雑な技術問題」を「秘密委員会、不活発な学術雑誌、メディア戦争、政治家の技術判断」のいずれに委ねるべきかは、大きな問題となる(K・エリック・ドレクスラー『ナノテクノロジー 創造する機械』288頁)。こうして、AI危機対応とは種々多様な諸利害が錯綜して、実に至難な問題だということになる。


 この様に、AIロッボトの危機は法律や設計規制や各種機関審議などでは十分に対応できないのである。にも拘らず、これは、今まで経験したことのない人為的「深刻危険」の可能性を醸成しだしているのである。従って、何よりも重要なことは、目先の短期的な考察ではなく、数万年の人類文明を踏まえて、このAIロボット危機の大勢的・根源的な把握をするということになろう。



                                              小   括 

 このように、「良識」ある人間の中には、こういうAIロボットへの懸念を表明する人が少なくないのである。今後、もっと多くの「良識」ある人々がAIロボットの危険を警告し始めるであろう。人間よりも高い人工知能を持てば人工知能が主導権を最終的に掌握するのは当然であろうにも拘わらず、人工知能を使うのは人間だから、人間は人工知能に支配される事はないという根拠のない甘い見通しの下に、人工知能研究は肝腎な哲学倫理・良識を排除して「知」一辺倒の「野放し」状態なのであるから、良識ある人々であるならば、この人類史上最大の危機に対して黙認し続けることはできないからである。

 従って、AI人工知能開発は、人類命運に明らかに無害な研究(障害者の補助、掃除など家事労働の補助、部品生産・取付など工場生産工程の補助など)を除いて、下記理由から中止するか、国際機関が厳しい国際制約を各国政府に課すべきである。ただでさえ諸問題を抱えている人類文明に、人類史上で最悪の「根源的破壊をもたらすような危険開発」を「冒険的」に持ち込むべきではないのである。

 我々は、今後も人類文明を持続させたいと願うならば、下記のような、「真」学問からの、人工知能に対する警告・対策にも真摯に耳を傾けるべきである。

                                       4 真学からの警告 

 まさに、人類は、衣料革命を契機に人智ではなく人知の方向で人為の極限を追求し、新たな大問題を抱え込みはじめてしまっているのである。

 確かに、「今や世の中のほとんどの疑問は、パソコンなりスマートフォンなりに尋ねれば、瞬時に必要以上の量の情報が見つか」り、「著名人の講演も、ユーチューブを使って地球の裏側からでも無料で見ることができ」、「世の中は、このわずか四半世紀ほどの間に、まったく『別の場所』になってしまった」。グーグルは「『情報化』の渦の中心」にあって、「最近では画面の外の世界に飛び出して、公共交通や宇宙開発、エネルギー、医療にまで『渦』を広げはじめ」、「はじめて訪問する土地でもスマートフォンの地図を使って迷わず目的地にたどり着」くような習慣を生み出した。「たった一つの企業が、これだけ多くの人々に、これだけ大きな影響を与えた事はかつてなかっただろう」(ジョージ・ビーム編、林信行監訳『Google Boys』三笠書房、2014年、1−2頁)と言われるほどに、大きな影響を社会に与えて来た。だが、この程度のことなら、肯定的に評価できる。なんら危険はない。グーグル創始者ラリー・ペイジは、「世界を変える方法を一行で説明するとしたら?とてつもなくエキサイティングなことを、常に必死でやること!」(ジョージ・ビーム編、林信行監訳『Google Boys』三笠書房、2014年、12頁)とするが、それが検索にとどまっていれば、何ら問題はない。だが、それが人工知能に移り始めれば、大きな問題となるということだ。もとより、グーグルがAIロボット野危険性に気づいて、あくまでAIを検索『本業」のために使うようになることも想定されるが、問題はグーグルによって飛躍的に高められたAI技術が『危ない用途」にに転用されるということである。

 問題は、GNR革命、AI開発にととまらず、人為の各種革命が連鎖反応的に現れているかであり、グーグルがそうした革命の中心にいるかであるということである。それでもこれまでの革命が人類の基本的生業に連なり関わるという「大義名分」があったとすれば、今人類が迎えようとしているこうした人知方向での人為的革命はそれを危険なほどに大きく逸脱し「非人類的」「反人類的」なものとなっていることは、食料革命・衣料革命と言う二大人類革命をしっかりと学んで、人為の意義と限界をふまえていれば、一目瞭然だといえよう。その人為的革命の本質は、二大人類革命の一つたる衣料革命(産業革命)に連なる事を示そうとして「第四次産業革命」などという表面的な用語を使って誤魔化そうとしても、しっかりと二大人類革命の意義と限界を学問的に把握していれば、即座に喝破できるものなのである。

 つまり、それはもはや人類革命の範疇を逸脱し、人類文明とは異なる「ロボット文明」(非「人類文明」)をうみだす「AIロボット革命」(非人類革命)という異次元の世界のものに連なり出すものだということだ。こうした「AIロボット革命」の危険性に気づかずに、能天気に技術革新による成長促進・生産性増加・GDP増加などという欧米産の言葉に踊らされていると、人類はのっぴきならない悲劇的迷路に入り込んでしまいかねないということだ。人類革命、人類文明ということの歴史的意義を根源的・総合的にしっかり学習することなく、こういう事に気づかないという事は、まさに学問的怠慢の最たるものなのである。生産・営業方式を「自然と人智との連動作用」から「機械と人知の連動作用」に転換して、私利益に溺れはじめ、遂にはAIロボットによる「プロメテウス的成長」(Lal,Deepak[エリック・ミラン『資本主義の起源と『西洋の勃興』192頁])に踏みだしてしまったのである。

 このプロメテウス的成長とは、一般に衣料革命(産業革命)後の人間には制御できない科学技術の暗喩として用いられがちだが、その衣料革命が食料革命の必然的産物であることを考慮するならば、「食料革命で軌道づけられ、衣料革命で一層鮮明になった」制御困難な科学技術の暗喩とみなければならない。我々は、こうした脈絡のうちに哲学無き「先端」革命の意義と限界・危険性が明確に把握できるであろう。つまり、人類最初の革命である食料革命、人類第二の革命である衣料革命という長い長い二大人類革命の苦難に満ちた歴史を学んでさえいれば、こうした「先端」革命の意義と限界・危険性は、それらとの比較の内にはっきりと学問的に確認することができるということなのである。

 従来の人類の危機に関しては、人為的危機と自然的危機(火山噴火など)があり、前者は「人間のたゆまぬ努力と英知」で克服され、後者は「自然の力強い回復の力」で克服されてきたとする者もいるが(『山口県の歴史』山川出版社、2012年第二版、15頁)、実際には人為的諸危機は根源的には何ら解決されてはおらぬばかりか(後述)、その故に今まさに人類は史上最大の人為的危機に直面しようとしているということだ。

 また、小林雅一氏は人工知能の歴史や危険性などを詳細に触れられているにも拘わらず、最後には十分な理由を示されることなくAIロボットに依存する姿勢を打ち出される。つまり、氏は、地球温暖化、砂漠化、大気汚染、核廃棄物などの世界的問題は「早晩、人類単独の力では対処しきれなくなる」から、「人間を超える知能を備えたコンピュータやロボットが必要とされる」とする。氏は、「蒸気機関からコンピュータ、そして産業用ロボットまで、私たち人間はあえて自らの雇用や居場所を犠牲にしてまで、人類全体の生存と繁栄を促す新たな技術を開発し、それを受け入れてき」たのは、「単なる知能」ではなく、「将来を見据える」「叡智と包容力」は「人間に残された最後の砦」だからだともする(小林雅一『AIの衝撃ー人工知能は人類の敵か』240−2頁)。上述のように、エリック・シュミット(グーグル会長)の場合は、文明を「現実の文明』」と、「仮想文明」と把握し、「2つの文明は、互いの負の側面を抑えながら、おおむね平和的に共存」し、「仮想文明と現実文明が、互いに影響を与え、互いに形づくるうちに、適切なバランスをとるように、両者のバランスによって、私たちの世界は方向づけられ」、「想像以上に平等主義的で風遠しがよく、興味深いものになる」(エリック・シュミット『第五の権力』401頁)と、非常に楽観的である。

 しかし、自律力を備えて、人間の自然知能より高度な人工知能を備えたロボットは、知的に冷徹に、「地球温暖化、砂漠化、大気汚染、核廃棄物などの世界的問題は、あなた方の人類文明が惹起した人類文明固有の問題です。我々ロッボト文明とは異なる低次元の愚かな文明の問題です。人類文明固有の問題を根源的・総合的に検討し反省することなく、解決策をAIロボット文明に求めてくるなどお門違いではありませんか。そういうあなた方人類の愚かさ浅はかさこそが元凶なのです。あなた方には、そういうことに気づかせる本物の学問がおありなのですか」と、一蹴されるのがおちである。

 さらに、小林氏は、数百年後、「人間と高度なAIを搭載したロボットはともに手を携えて、休む暇もないほど忙しく働」き「『人間の仕事がAIに奪われる』などの心配は杞憂に終わっている」とまでするのは、あまりに唐突で楽観的過ぎる見通しと言うべきである。氏の著書の前半分の優れたAIロボット危険論・警戒論と、この「楽観論」はかなりかけ離れているやである。「AIや次世代ロボットの登場は、人類の主な仕事が宇宙進出という次のフェーズへ移行するために必然の展開だった」(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』242頁)とまでするが、これまた、AIロボットに、「宇宙進出などをする前に、あなた方人類文明が地球、宇宙の自然を乱しを汚しまくったことを深く反省しなさい」と注意されるのがおちというべきである。AIロボットとは、宇宙の自然節理が、暴走する地球の人類文明に自己処罰させるべく生み出したものぐらいに考えていたほうが「学問的」だということだ。食料革命で「生産性を基軸とする人為」が着実な前進を開始し、衣料革命でその人為が「独走」、「暴走」し始め、遂にAIロボットが登場し、ここに人類文明の内部崩壊の引き金が引かれ、人類文明がそうした人為の「総決算」ともいうべきAIロボット文明に取って代わられるということなのである。

 ただし、こうした人類の二大革命の意義と限界を正しく認識する者にとっては、実は、こうしたプロメテウス的なテクニカル・シンギュラリティ問題は好機の到来でもあるかもしれない。それは、この問題が、人類に既存世界システム対立の愚かさを気づかせて、人類共通の敵に向かって人種・国籍・宗教・文化などの相違を超えて一致団結させて、人類がこれまで経験したことのない深刻危機を恒久平和実現の好機に一転させる可能性をも帯びているからある。もちろん、こうした先端革命危機の認識が各国・各地・各企業・各人によって多様になされて一時に共有化できない可能性もあるのだが、人類の平和的存続のためには、国際機関は人工知能の危険性に対して無害領域を除いて粘り強く国際的制約を厳しく課す努力を続けなければならないのである。これに関して、既に「米国では今、AIやロボット研究者に加え、弁護士、心理学者、さらには言語学者や哲学者らも含め、多方面の専門家が集まって『AIロボットが従うべき判断基準』や『基本的な倫理観』などを検討し」ているが、異常事態・複雑事態への対応には限りがなく、「明確な基準や原則などを打ち出すことができ」ないでいるのが現状である(小林雅一『AIの衝撃ー人口知能は人類の敵か』58−9頁)。それを国際的レベルでやろうというのであるから、統一基準を設けることは極めて至難であろう。だが、人類存亡の最大危機に直面して、我々の子供たちの未来のために、一部の政治家とか専門家ではなく、全世界のごく普通の人々を巻き込んで、真摯に議論すれば、普通の生活人の「良識」と「常識」に基づく打開策がうちだされてくるであろう。これは、人類史上で最初の世界的規模での「直接投票」となり、そうしたことの問題解決方式は、環境問題、核兵器問題などの既存大問題解決の糸口を提供してくれることになるかもしれない。


                                     5 真学の重要性 

 こうして、我々は、人類が長期にわたって直面して来た諸問題のみならず、将来において直面するだろう大問題に取り組む必要があり、好むと好まざるに拘わらず両者を総合的に根源的に、つまり学問的に把握することが強く求められているのである。それは、人類が、自然状態において宇宙に縦に横に繋がっているように、人為的状態においては尚更に過去・現在・未来に惹起する諸問題においてもまた複雑縦横に連関しているからなのである。

 これまで人類は、アジアこそが人類文明の中心であったという歴史的事実に気付かずに、特に近現代においては「進化と成長」などの欧米産「美辞麗句」に巧みに踊らされてきた。特に低水準の日本の大学は、欧米「学問」を翻訳しそれを知る事が「学問」だなどと曲解して、スミス、マルクス、ケインズがこういった、ヘーゲル、カントがああ言ったなどと「信奉」して、アジア、日本にも学問あるを忘れ或いは軽んじて、学問的怠慢に無為に時を過ごしてきた。その社会的責任は極めて大きいといわざるを得ない。

 未だにそういう「学問的怠慢」風潮は残っている。その結果、新しい「他富」盗奪=「帝国主義」システムとも言うべきグローバリゼ―ションのお題目が唱えられると、これにも騙されて、今や人類が世界的規模で殊の外「衰弱」し、いつ絶滅してもおかしくない深刻危機時代に突入しつつある事にも学問的に気付けないのである。人類とは、こうした「欧米産」美辞麗句で自滅の原因を重ね続ける、宇宙史上で最愚の生き物の一つとなりつつあるのである。

 こうした深刻事態に根源的・総合的に対処しうるものこそ、本物の学問、つまり真学だということだが、以ての外の非学問的な大学などではこれはまず無理だということだ。私が若くして大学なるものに入った時、これはなんだ、学問は一体どこにあるのだといった学問的疑問の連続であった。とりあえず大学教授のいうことを理解しようということで、彼らの講義を最前列で聴き彼らの著作を読み尽くし、成績もほぼ「全優」となったが、少しも学問的充実感というものがなかった。それは、 研究が「異常」に細分化し「狭い」世界に安住して学問的良識も学問的緊張も失いかけ、目先の「功名心」でこの細分研究がますます「鈍感・無節操」に「無限」に展開していたからである。これこそが真の学問だという言うものがなかったからである。

 確かに当時から専門化の弊害ということが叫ばれ、総合化が必要とされていた。だから、私の学問構想が知れるにしたがい、やがて校内で少なからぬ教授らから「挨拶」「礼」をうけるようになってしまった。当時、専門化の弊害を知っていても、誰一人その総合化を実行する者はいなかったからである。それは時間と労力のかかる難事業であり、何十年かけてやっても結実するか否かがはっきりしないものであり、既存大学体制への鋭い批判的精神を前提とせざるを得ないものだからである。しかし、そういう純学問的立場は、非学問的な大学に安住する、世に言う専門馬鹿の大学教授の学問的怠慢を厳しく批判するという立場にならざるを得ないということだ。

 こうして、日本の大学が根源的・総合的学問の構築を怠った結果、現在、非学問的な大学の専門化の弊害はますます顕著になり、専門研究のそのいくつかが気付かぬうちに人類を破滅に導く恐れを生み出しかねないという危機的状況すら生み出すに至っている。この非常事態にあって、本物の学問、即ち真学の重要性はますます大きくなっているということである。私が、インターネットを通じて全世界の人類にこうした真学樹立の重要性を示す所以もここにある。


                                      2016年2月16日 初稿
                                               2016年3月1日  第一次補訂


                                           世界学問研究所 総裁・大教授  千田  稔

                   なお、世界最高水準の世界学問研究所は、非学問的に低水準で以ての外の日本の大学とは一切関係はない。


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