世界唯一　　　　　　　　　　　　　　　　世界学問研究所の公式ＨＰ　　　　　　　　　　　　　　　　　　世界水準 　　　　Only in the world　　　　　　　　　　　　　　　Ｗｏｒｌｄ　　Ａｃａｄｅｍｉｃ　Ｉｎｓｔｉｔｕｔｅ 　　　　　　　 　　　　　Top in the world 自然社会と富社会 Ｎａｔｕｒａｌ　Ｓｏｃｉｅｔｙ　ａｎｄ　Ｗｅａｌｔｈｙ　Ｓｏｃｉｅｔｙ 富と権力 Ｗｅａｌｔｈ　ａｎｄ　Ｐｏｗｅｒ 　　　　　古今東西　　　千年視野　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　日本学問　　　世界光輝 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　�G　オーストラリア植民地 　ここでは、オーストラリアが、どのようにイギリスの侵略を受け、植民地化されつつも、奴隷制を導入されず、イギリス「産業革命」に関わっていったのかなどを瞥見してみよう。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(a)　未知の南方大陸 　古代から、ヨーロッパでは、南方には「未知の南方大陸」つまりラテン語で「テラ・オーストラリス・インコグニスタ」があると信じられ、１６世紀頃から少なからざる探険家が南方でその発見をめざした（石出法太・みどり『オーストラリア・ニュージーランドの歴史』大月書店、２００９年、１４頁）。 　１６４２年、オランダ東インド会社は、オーストラリアの「南半球の未知の部分にはさらに肥沃な土地と資源がある」と信じ、A.J.タスマンを派遣した。タスマンはこの新大陸を調査し、ラテン語オーストラリスではなく、自国名を考慮してニューホランド大陸と名付けた。まだ、彼はこの大陸一周はしていなかった。次いで、１７世紀末、イギリス人海賊W.ダンピアは「オーストラリア大陸に上陸」（関根政美ら『概説オーストラリア史』有斐閣、１９８８年、２４−５頁）した。しかし、ヨーロッパ侵略者は、アメリカ大陸やインド・中国などに関心を示し、この辺境に強い関心を示さなかった。 　その後、１７７０年、イングランド人J．クックは、ヨーロッパ人で最初に「オーストラリア東海岸に到達し」、「国王ジョージ三世のものとする」と宣言し、ニューサウスウェールズ（NSW）と命名した（関根政美ら『概説オーストラリア史』有斐閣、１９８８年、２６頁、大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部など）。以後、彼は、１７７９年まで３回の航海をして、オーストラリアを全周した。 　当時、ニューサウスウェールズは、「地理的に・・主要な交易路から外れており、貿易で利益を生みそうな物品も発見できなかったから」、クックらはまだ「領有・定住しようとはしなかった」（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）。しかも、１８世紀には、「イギリスは、スペインとの戦争、英仏七年戦争、さらにアメリカ独立戦争と混乱が続き、とても南太平洋地域への進出どころではなくなった」（関根政美ら『概説オーストラリア史』有斐閣、１９８８年、２５頁）。こういうことからも、後述のように、１７８８年１月２６日フィリップによるシドニー湾領有宣言が重視され、クックの前記国王ジョージ三世領有宣言は軽視されていったようだ。 　アメリカ独立後には、オーストラリアは後述のように流刑植民地とされ、１８０２年には、イギリス海軍のマシュー・フリンダーズ（Matthew Flinders）が「この広大な大陸を一周する航海をし」、「これによってオーストラリアは初めてヨーロッパ人に一つの大陸と確認され、フリンダースによってオーストラリアという名が広められた」（石出法太・みどり『オーストラリア・ニュージーランドの歴史』１５頁、４３頁）。１８１４年、フリンダースの助言によって、呼び名が「ニューホーランド」から「オーストラリア」に変更された（自治体国際化協会シドニー事務所「オーストラリアの概況及び地方行政事情」2008 年1 月）。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（b）アメリカ独立とオーストラリア流刑植民地化推進 　アメリカ独立とオーストラリア植民地　、アメリカが独立すると、「イギリスの植民地政策は大きく修正を迫られ」、オーストラリア、ニュージーランド、カナダの独立戦争を誘発しないように配慮した（竹田いさみ『物語　オーストラリアの歴史』中公新書、２０００年、５頁）。イギリスにとって、アメリカを失って以来、抵抗を誘発しない「オーストラリア植民やニュージーランド植民」政策が「重要な政策」（山本真鳥編『オセアニア史』山川出版社、２００８年、１０頁）となったのである。 　具体的には、オーストラリア植民の推進理由は、「アメリカが独立し、送るべき流刑囚が監獄に溢れたので、囚人を収容する場所を早急に用意する必要に迫られ」た事のみならず、「亜麻やマスト材などの海軍の戦略物資の調達、フランスの進出に対する牽制」などであったと言われる（山本真鳥編『オセアニア史』８９−９０頁）。さらに、「アメリカの代替地として、イギリスから航海しやすいカナダやアフリカが検討された」が、「真冬のカナダは、あまりに寒くて自給自足のシステムをつくるのが困難」であり、「アフリカは熱帯病や風土病で軍人や行政官が病に倒れ」ていて、いずれも「新植民地の建設に不適当」とされ、ここに、オーストラリアが「気候も温暖で自給自足に適しており、熱帯病や風土病もないため好都合」（竹田いさみ『物語　オーストラリアの歴史』中公新書、２０００年、７頁）とされたのである。 　次には、流刑植民地としてのオーストラリアを見てみよう。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　流刑植民地の変更　１７１７−７６年に、「約４万人の囚人がイギリスからアメリカの植民地に送り込まれ」、「囚人はイギリスの監獄から船主たちに売り渡され、新大陸に到着すると、今度はプランターへと転売され」ていた。囚人を労働力として年季奉公人などとして売り渡していたということは、当時アメリカで普及していた奴隷制の影響であろう。だが、１７８３年パリ条約で認められたアメリカ独立は、「このようなシステムを崩壊させた」（藤川隆男『オーストラリア　歴史の旅』朝日選書、２００１年、９頁）のである。 　イギリス政府は、「流刑判決を受けた囚人をテムズ川や軍港の牢獄船に収容し、彼らの労働力を公共事業などに利用しようとした」が、「年々流刑囚が増えていくため、牢獄船ではすべての囚人を収容できなくな」り、１７７９年流刑再開の委員会が設置され、１７８６年閣議で「西インド諸島、カナダ、アフリカ西海岸などの候補地が検討され」、同年８月に内務大臣シドニー卿トマス・タウンゼンドの尽力で「キャプテン・クックの航海によって発見されていたオーストラリアのニューサウスウェールズのボタニー湾を流刑地とすることが決まった」（藤川隆男『オーストラリア　歴史の旅』朝日選書、２００１年、９頁）。 　こうして、１７８６年に、オーストラリア大陸の「植民地化に本格的に動きはじめ」、「南緯１０度３７分から４３度３９分、東経１３５度までの、オーストラリア大陸東海岸および近接した島々を含むNSW植民地の成立を決定し、退役海軍将校A．フィリップを初代総督に任命し」（関根政美ら『概説オーストラリア史』有斐閣、１９８８年、２６頁）た。 　フィリップ総督の事業　NSW初代総督アーサー・フィリップのもとで、内務省が「囚人輸送船団の編成や送り出だす囚人の選考」などを行なった（藤川隆男『オーストラリア　歴史の旅』朝日選書、２００１年、９−１０頁）。囚人７５０人余（うち女囚約１９０人）の大部分は二十歳前後で「少額の金を奪ったりしたケチな泥棒やスリたち」であり、政治犯などは一人もいなかった（藤川隆男『オーストラリア　歴史の旅』朝日選書、２００１年、１２−３頁）。つまり、囚人の「８０％は１６−３５歳で、移民として最適とされる年齢層に属し」、「集団の中での識字率や熟練労働者の割合はロンドンの数字とほぼ同じかそれを上回るほど」であり、故にオーストラリアは「一般的なイギリスの労働者」（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）を確保したといってよいのであった。 　こうして、イギリスでの産業革命の展開にともなう過剰労働力の生活犯罪者の吐け口と、彼らによる原料供給市場の創出支援のために、オーストラリアが利用されだしたのであるが、オーストラリアも困難な植民初期事業に一般的水準の「優良」労働者を利用したのである。 　１７８７年５月、旗艦シリウス（２０門を備えた６１２トンの帆船）に率いられた１１隻の船団が喜望峰周りでオーストラリアに向かい、１７８８年１月１８日にボタニー湾に到着したが、「肥沃な土地や草地は見つからず、沼地や湿地帯、不毛の砂地が横たわ」っていたので、さらに北上して、１月２５日にシドニー入り江に着き、２６日に上陸し、フィリップ総督は「正式にこの地（シドニー湾）の領有を宣言」した（藤川隆男『オーストラリア　歴史の旅』１３頁、２０頁、２４頁）。 　ここに、１７８８年１月、「オーストラリアの歴史が始ま」り、「ヨーロッパ人による先住民の侵略」が開始された（関根政美ら『概説オーストラリア史』２７頁、山本真鳥編『オセアニア史』８８頁、鎌田真弓「土地資源管理と先住民族：カカドゥ国立公園を事例として」『 IPSHU研究報告シリーズ』広島大学平和科学研究センター、３５号、２００５年１１月、大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）。しかし、「流刑囚を使って食料生産を行なうという初期の目標は、容易に達成できなかった」（関根政美ら『概説オーストラリア史』２７頁）が、１７９０年末に至って、「ようやく農作物を収穫できるようにな」り、９１年後半には１０隻の第三次船隊が到着し、「徐々にではあったが、植民地の食糧事情に好転の兆しが見え始めた」（関根政美ら『概説オーストラリア史』有斐閣、１９８８年、２７頁）。 　自足食料農産物の栽培という植民地開拓の初期困難が克服されつつあり、しだいに輸出商品の取扱いにも進出してゆく。しかし、こうした自足用食料（家畜、野菜など）の持込は、�@入植地の食物連鎖を破壊し、�A入植者の持ち込んだ家畜はアボリジニの食用植物や飲料水を飲食し、アボリジニの食生活に被害を及ぼした。 　フリップ初代総督の後継者が「なかなか決定しなかった四年の間（１７９２−５年）、F．グロース少佐、W．パターソン大尉が行政代理を務めた」が、「彼らは、フィリップの考えを利用して、多くの土地を政府役人や将校にまで与え」、その結果、「大土地を所有する資本家階級が植民地社会にも出現し、後々まで植民地行政の諸問題を生み出すことになった」（関根政美ら『概説オーストラリア史』有斐閣、１９８８年、３０頁）。 　海豹・鯨の捕獲　オーストラリアの全域は、独立前のアメリカと同様に、「イギリスの東インド会社の貿易独占権のもとにあり、ニューサウスウェールズの産物を他国に自由に売ることも、他国の商品を買うこともできなかった」から、「植民地の初期の経済を支えたのは、この独占権から除外され」た「捕鯨業とアザラシ猟」であった（山本真鳥編『オセアニア史』９０頁）。 　１７９０年代末から１８１９年代にかけて、「オーストラリアではアザラシ猟が盛んに行われ」、「アザラシの毛皮は防水性の生地に加工され、獣脂からは油が精製され」、この貴重な油を求めて「アザラシは乱獲され・・オーストラリア周辺のアザラシはほぼ絶滅状態となってしまったため、アザラシ関連産業は１８１２年をピークに収束へ向か」（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）った。 　そこで、既にオーストラリア近海でアメリカ、イギリスによって行われていた捕鯨に乗り出し、１８２０年代には「オーストラリアも活発な捕鯨活動を開始し、ニューサウスウェールズだけでなく、南オーストラリアや西オーストラリア沿岸にも捕鯨基地が作られ」、「照明用ランプの燃料や、ロウソク・石鹸などの原料」として鯨が捕獲された（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）。 　この結果、植民当初は、アザラシ、クジラからとった油が、「植民地に重要な輸出品」（山本真鳥編『オセアニア史』９７頁）となった。 　反乱　初期のニューサウスウェールズ植民地の人口は、「おもに囚人や解放囚人とそれを監督する役人と兵士によって構成され」ることになった。１８０５年人口７０００人のうち、囚人２０００人、役人・兵士６００人であり、「穀物の自給に成功して、羊の数も約２万頭に達した」が、財政的に自立できず、まだ「本国政府の流刑地維持のための支出に依存」（山本真鳥編『オセアニア史』９１頁）していた。なお、この頃の羊はあくまで食用であり、まだ衣料用ではない。 　１７９５年、J．ハンターが第二代総督に就任し、「NSW軍団の思うに任せた植民地行政、とりわけ商取引の独占の改革を試みるが、失敗に終わり」（関根政美ら『概説オーストラリア史』３０頁）、解任された。１８００年第三代総督に就任したP．G．キングは、「民間人に酒の輸入権を与え、軍人の独占取引の一角を崩すきっかけをつくった」。カトリックが大多数を占める「アイルランド人の囚人による反乱の危険性は早くから懸念されており、政府は警戒を強めていた」折に、１７９８年に本国「アイルランドで反乱が起こ」り、１８００年に「植民地での反乱計画が相次いで発覚し」（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）、１８０４年には、「アイルランド人を中心とする３００人以上の囚人が反乱を起こし、ヴィネガーヒルで鎮圧され」、「指導者カニンガムは処刑され、一時的に認められたカトリックの教えも禁止された」（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）。以後、アイルランド系移民は、「この事件をプロテスタント支配層の（カソリック）抑圧の象徴とみなすようになる」（山本真鳥編『オセアニア史』９１ー２頁）。 　１８０６年には、第四代総督ウィリアム・ブライが任命される。「ラム酒の商取引と土地の所有をめぐる」「総督府と将校との抗争」は、W．プライ総督のもとでも、「まだ続いていた」。プライは、「ラム密貿易を止めさせるために、黒幕のマッカーサーを法廷に引きずり出した」が、１８０８年、マッカーサー部下ジョンストン少佐が「ラム酒の反乱」を起こし、「総督府を急襲し、ブライを逮捕、軟禁」した（関根政美ら『概説オーストラリア史』３１頁）。ニューサウスウェールズ軍団の将校と指揮官ジョージ・ジョンストンは、「当時の軍人が「慣習として公務を利用して、個人的な利益を得ることを当然の権利だと考えていた」事を理解しなかった総督ウィリアム・ブライを監禁し、辞任を要求した（山本真鳥編『オセアニア史』９２頁）。そして、ジョンストンは自ら「副総督」と称し、「植民地を支配下に置いた」（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）。しかし、１８０９年にタスマニア副施政官のウィリアム・パターソン（スコットランド出身）が総督代理に就いて、同郷ラクラン・マックウォーリー（Ｌachlan Macquarie ）の総督就任の準備をした。なお、このウィリアム・パターソンの総督代理就任を第五代総督とすれば、以下、総督の順序は一代繰り上がることになる。 　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　(c)　流刑植民地の脱却 　マクウォーリー総督　１８０９年、第五代総督L．ラクラン・マックウォーリーが到着し、「７００人の兵士とともに着任」し、「権力を掌握し改革に着手」し、「反乱将校以下NSW軍団全員を本国に送還し、この間の行政措置を無効」とし、「公的な領域と私的な領域の区分はより厳格になった」。マックウォーリーは、「病院や教会をはじめとする公共建築の建設や道路の拡充、銀行の設立、探検と牧畜産業の奨励、ラム酒に代わる通貨の流通」などを推進したが、「過度の福音主義の押しつけは、増加しつつあった自由移民や旧習になじむ中間層からの反感を買っ」（関根政美ら『概説オーストラリア史』３１−２頁、山本真鳥編『オセアニア史』９２頁）た。 　１８１３年、マックウォーリー総督の命でG．ブラックスランド、W．ローソン、W．C．ウェントワースは「シドニー西方に続く険しい山脈、ブルーマウンテンを越えて、内陸に広がる肥沃な平野を発見」した。「見渡す限りの牧草地の発見は、その後の牧羊産業の重要な門戸を開」き、「自由移民が増加するにつれて、東海岸に閉じ込められていた植民地人の西方移住を促」したが、同時に「彼らによる土地の無断居住も相次ぎ、土地問題をさらに複雑化する」事にもなった（関根政美ら『概説オーストラリア史』３３頁）。ブルーマウンテンズの向こう側の「広大な土地」で「無秩序な拡大が繰り返され、入植者と先住民との間で対立が深ま」り、「違法に公有地を占拠した者は、スクオッターと呼ばれた」（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）。 　なお、「ラム酒の反乱」の黒幕J．マッカーサーは、マックフォーリー総督と同じスコットランド出身ということもあってか、「植民地の商取引に不可欠な酒（ラム酒）などの輸入販売あるいは農場経営、そして後にオーストラリア経済の基幹となる羊毛産業の育成に努め、一代で王国を築き」、「マッカーサーの発言は、総督の政策指針ばかりか本国においても強い影響力をもつほどになる」（関根政美ら『概説オーストラリア史』３０頁）。 　囚人の再活用　ナポレオン戦争下では、「国内の余剰生産力は兵士や船乗りとして軍隊に吸収され」、「輸送用の船舶も軍に徴用され、オーストラリアへ送られる囚人の数は激減」したが、「ナポレオン戦争の終結で状況は一変」し、「浮浪者や犯罪者の吸収先となっていた軍隊が解散し、２５万人以上が失業」し「犯罪が急増し」、ここに「イギリス政府は、戦時徴用から解放された船舶を利用して流刑囚の移送を本格化させ、その結果１８１５年からの５年間で植民地の人口は２倍以上にまで膨ら」（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）んだ。 　総督マクウォーリーは、「この労働力を利用し、多くの公共建築物をつくり、植民地の基盤整備を進めた」（山本真鳥編『オセアニア史』９２頁）。つまり、彼は、「この豊富な労働力を利用して病院や兵舎、教会、学校、道路、橋などを建設し、建設植民地の基盤整備を進めた」。また、マクウォリーは、「元囚人の地位向上に努め、治安判事に任命するなどして、できるだけ一般人と対等に扱おうとしたが、このことはイクスクルーシヴズと呼ばれる特権階級の反発を生んだ」（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）。　 　 　１月２６日祝日　前述の通り、１７７０年のJ．クックの国王ジョージ三世領有宣言にもかかわらず、１７８８年１月２６日初代総督フィリップによるシドニー湾領有宣言がなされた。その後、１８１８年、マクウォーリ総督が「優れた指揮官であったフィリップの上陸を記念」して、１月２６日を「公式に祝」い、アニヴァーサリ・デイと命名し、１９世紀後半に「このアニヴァーサリ・デイが広くニューサウスウェールズ植民地の住民の祝日として定着した」。ただし、これはあくまでニューサウスウェールズの祝日であり、他の植民地（タスマニア、南オーストラリア、西オーストラリ、ヴィクトリア、クイーンズランド）では無視されていた（藤川隆男『オーストラリア　歴史の旅』２９−３１頁）。 　こういう上陸祝日が制定されたということは、植民事業が一定度順調に推移してきたことを示している。マックウォーリー総督治世下では、「経済的・社会的発達とともに、オーストラリアは流刑植民地から英領自治植民地へ変貌する時期に入り、政治面での変革に結びつく様相を示し」（関根政美ら『概説オーストラリア史』３７頁）てきたのである。 　マクウォーリーは、「アボリジナルに対して文明化政策をと」り、先住民学校を設立してキリスト教や読み書き計算、基礎的な職業訓練などを行なったり、毛布や食料を分配するなどの慈善事業を行なったりした」が、先住民には受け入れらず、「こうした試みは失敗に終わ」（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）った。先住民の抵抗を受けつつ、歴代総督の中で、マクウォーリーはアボリジナルの教育・慈善に着手したのであり、ここには植民地行政の転換の意気込みが看取されよう。 　植民地構成員　当時の植民地構成員は、�@最上級層は「委任状をもって本国から給与を与えられる役人」で、ほとんどが元将校であり、�A第二層は「官舎の建築を請け負う業者や監督官、事務員」であり、これに「自由移民や兵隊、水夫の出身、仮出獄あるいは刑期を満了した囚人」が混在し、�B最下層は「囚人の監督官で、通常模範囚などの囚人」からなっていた（関根政美ら『概説オーストラリア史』３４頁）。初期では、囚人なくして植民地経営は成り立たないのであり、囚人労働力が大きな比重を占めていたことが確認されよう。１８３０年まで「植民地の人口の約７０％が流刑囚」（山本真鳥編『オセアニア史』９２頁）だったのである。 　�@を補足すれば、「本来、囚人の監視、植民地の治安維持・防衛を職務とするNSW軍団の将校」が、「アザラシの川と油、クジラの骨と油、・・ナマコ・・白檀」などの貿易を独占していたが、「次第にエマンシピストなどの元囚人を使って、植民地内の流通機構も支配下におさめ」、最上層に君臨したのであった（関根政美ら『概説オーストラリア史』３５頁）。この「特権階級のイクスクルースヴズ」は、「裕福な自由移民」で「強い階級意識」を持ち、例えば「ジョン・マッカーサーの一族を代表とし、メリノ種の育成により特権階級に成り上がった土地所有者や商人、法曹関係者、軍人、貿易業者など」（大庭隆宏「囚人植民地―1788-1850―」大阪大学文学部）がいた。 　�Aを補足すれば、総督によって囚人の刑期終了前に解放されるものはエマンシピストと呼ばれ、１８２０年代、エマンシピストは、「ウェントワースを指導者として政治活動を始め」、「彼らは市民権を植民地社会のより広い層へ拡大することを目指して、陪審裁判の導入や公選制議会の設置などを求めた」が、イクスクルーシヴズは「これらを特権的な少数に認められた権利である」として反対した。また、エマンシピストは、「イギリス本国に対抗して植民地の独自性を強調し、旧世界からの分離の象徴として植民地を「オーストラリア」と呼び、自らを「オーストラリア人」と名乗った」（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）。 　当初は、「政府の役人とNSW軍団の兵隊」（イクスクルーシヴズ）ら、元囚人（エマンシピスト）が、土地所有者となっていたが、両者は対立していたのである。ただし、「富裕なエマンシピストは、公有地の処分や移民問題、土地問題、囚人問題などで、イクスクルーシヴズと共通の利害を持つようになり、植民地の保守的な支配層を形成し」（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）ていった。 　T．ブリスベン総督　第六代総督 T.ブリスベン（１８２１−５年）は、こうしたマクウォーリの脱流刑植民政策を引き継いで、New South Wales植民地の一部に、１８２２年２月１８日に「６マイル四方」を基準としたtownship（１８世紀後半ー１９世紀前半にアメリカのアパラチア山脈以西で施行された土地区画制度）の設定を指示した。このtownshipは、「１８２５年１月１日付の本国からの指示によって１２５平方マイルを基準としたparish（教区）に変更され，以後この基本方針が継承された」。各townshipには「将来の中心集落などとして最も可能性の高い場所にvillage　reserve（村落保留地）」が設定され、１８２５年の指令でも「各parishに『町や中心集落の場所として留保されるべき保留地』を設定すべきこと」が示された（金田章裕「オーストラリアの農牧業地域における中心集落網とその変化」『京都大學文學部研究紀要』３３号、１９９４年）。 　確かに１８３０年まで植民地人口の「約７０％が流刑囚」だったが、上述の通り、「全体としては質の高い労働力」であり、「一般的なイギリスの労働者と異なることはなかった」のである。「植民地は壁のない開放監獄であり、囚人たちは必要な労働をすませれば、残る時間は自由に使うことができた」（山本真鳥編『オセアニア史』９２頁）。 　ビッグ報告書　こうした囚人に対する寛大政策は「本国でもあまり理解を得られず、マクウォリーの統治への不信が高まった」ため、本国政府は、「マクウォリーの政策の実態を調べるためジョン・トマス・ビッグを派遣し」、ビッグ報告書が作成され、「これが以降の植民地運営の方針を決定付けること」となった（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）。１８２２−３年調査に基づくビッグ『「ニュー・サウス・ウェールズ植民地の状態』（『ビッグ報告書』と言われる）では、「自由移民のための植民地的性格は存続させるものの、囚人に対する懲罰的流刑地という本来の目的に沿って強化する」事、「囚人たちを使っての農業・商業の促進」など、流刑植民地から英領自治植民地へ変貌しようとするマックフォーリーやブリスベンの政策に「否定的な見解」が勧告された（関根政美ら『概説オーストラリア史』３６頁）。 　つまり、ここでは、�@改めて「流刑地としての性質を厳格化し、囚人や元囚人の取り扱いを厳しくすること」によって、�A「囚人の労働力を政府雇用から大土地所有者による民間雇用へと転換すること」を打ち出したのである。これにより、「イギリス政府の支出が削減されるだけでなく、イギリス向けの羊毛生産を推進」し、「イギリスの資本家がオーストラリアに資本を投資する機会を創出すること」が意図されていた（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）。 　以降、後任の総督たちは、「この報告書の方針に基づいて個人の起業家を厚遇し、入植地を拡大し、囚人の個人割り当てを増加するなどの政策をと」り、「この流れがのちの西オーストラリア・南オーストラリアの大規模な植民地事業につながっていくことにな」り、オーストラリアは、「イギリスの原材料の供給地として、また資本の投資場所として期待されるようになっていった」（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）。 　植民地議会　初歩的な議会も設置された。 　エマンシビスト・グループを中心に「本国よりも植民地側の自主的な政治形態の獲得」を望んでいたが、「本国議会を通過した植民地の司法改善に関する『１８２３年NSW法』によって、ようやく総督を補佐するかたちで任命制の初期植民地議会（５−７人）が誕生した」が、この議員は総督に任命され、「議員のすべては役人で占められた」。植民地議会は１８２５年にはタスマニア、３２年西オーストラリア、４２年南オーストラリアにも設けられたが、NSW植民地（財産高による選挙を行い、代議員を選出できるようになる）を除けば、「代議制の自治議会を確立するまでにはいたらなかった」（関根政美ら『概説オーストラリア史』３７頁）。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　(d) ヨーロッパ的土地所有の侵略 　アボリジニーからの土地の搾取は、「これまで常にオーストラリア経済の基礎をなしてきたし、この『幸運の国』の労働者達やボス共の相対的な繁栄は、一面では、この始源的な窃盗に基づいてきた」（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）のである。 　土地所有権　植民者たちは、先住者が居住していたにも拘らず、「Terra nullius（無主地）の原則に従い、その後の世代も先住民からの同意も補償もない強制的な強奪を正当化」した（ディンカム・ジャパン「土地所有権」ディンカム・ジャパンのHP[ディジュリドゥとアボリジナル文化の専門サイト]）。 　そして、オーストラリア土地制度は、「イギリスから導入された封建制度として知られる社会組織と結びついた土地保有態様（tenure）と不動産権（estate）の理論に支えられ」、「封建制度を知らない」にも拘らず、「イギリス土地法を観念的擬制の下に適用し」、「すべての土地はある領主から、究極的には（イギリス）国王から出発して保有され」るというものとされ、「オーストラリア全土は国王地であり、国王による譲与（grant）により土地に対する各種の権利を擬制することである」（金城秀樹「オーストラリア先住民の土地所有ー共同体と共同体的土地所有」『札幌大学総合論叢』第３３号、２０１２年３月）とされたのである。 　つまり、オーストラリアの土地は、「原則的に王に属するものとされており、私人による完全所有権は否定されているが、いわゆる土地所有者は原則的にはその土地を自ら所有すると同じ権利、すなわちその土地を自由に利用・売却・賃貸・担保設定をする権利である自由保有権（Freefold）が認められ」（小林正典「オーストラリアにおける産学官連携による不動産市場の活性化に向けた環境整備の取組みについて」『RETIO』１０１号、２０１６年４月）る事になるのである。先住者の土地慣習を全く無視して、ヨーロッパ土地所有思想が「勝手」に導入されたのである。 　大土地所有者　１８１９年、植民地政府は、�@「中小自営農民を中心とする自給自足的な植民地をめざす方針」、�A「大規模経営による牧畜業の成長」をはかる方針などをうちだし、このうち、「囚人労働を大規模な雇用者に割り当て」てて、後者の�Aを「決定」して、「産業革命を経験したイギリスにとって、オーストラリアは・・原材料の供給地として、資本の投資場所として期待されるようになっていた」（山本真鳥編『オセアニア史』９８頁）。 　入植開始から１８３０年頃までのオーストラリアの農業は、「穀物の栽培と牧畜が組み合わせられ、小規模農民と大土地所有者が共存していた」が、「（前記）ビッグの報告書によって、（囚人を使った）大規模経営による牧畜業が推し進められることになる」（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）。ただし、この大規模経営については、所有か借入れかは不明であるが、牧羊業では国有地のリース比重が非常に大きい。 　ウェイクフィールドの富農創出策　一方、本国では、エドワード・ギボン・ウェイクフィールドは、「組織的植民活動の実現のために公有地の売却価格を高く設定することを求め」、「そうすることで労働者が独立した農民になることを防ぎ、土地を購入した資本家がこの労働力を利用でき」、「また、土地の売却で得た利益を移民の導入に充てれば、より多くの労働力を確保することができる」と主張した（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）。 　ウェークフィールドは、「植民地の広大な土地にたいする過少労働力が賃金高騰を招き、その資力によって労働者が容易に土地を購入し小規模農民として生活するため、広大な土地に人口が拡散する」結果、「労働力不足により利潤が低下し、資本家の投資が阻害される」と同時に「労働力不足が分業や協業を妨げ、市場は十分に形成されず、文明レベルは最低水準にとどまる」とし、「人口と土地の不均衡を最大の問題とした」のである。そして、彼は、「植民地政府が公有地売却価格を高く設定することによって、問題が解決できると主張した」（『オーストラリア辞典』大阪大学）。 　そこで、１８２０年代から、ウェークフィールドらは「植民地改革運動」を展開し、「植民地の公有地売却価格を十分に高く設定」させるべきと主張し、１８３１年イギリス政府はこれを受け入れ、これをオーストラリアとニュージーランドに適用することを決定した（山本真鳥編『オセアニア史』１００−１頁）。 　１８３１年以降、「補助移民が囚人にかわって、移民の最大の集団になり、オーストラリアは囚人植民地から普通の植民地に転換」（山本真鳥編『オセアニア史』１０１頁）しようとする。組織的植民論者は、「この成果だけでは満足せず、まったく新しい植民地をウェークフィールドの理論に基づいて建設することを、イギリス政府に求め」、その結果、「南オーストラリア植民地とニュージーランドの植民地が建設され」（山本真鳥編『オセアニア史』１０１頁）た。 　しかし、１８３６年１２月、南オーストラリア総督ジョン・ハインドマーシュは、入植者を引き連れて開拓に従事したが、１８４１年まで２９万９０００エーカーが売却され、耕作地は僅か２５００エーカーにすぎず、「土地は・・投機の対象」となり、「植民地財政は破綻し、組織的植民は事実上失敗」（山本真鳥編『オセアニア史』１０２頁）した。ウェイクフィールドは、「富裕なイギリス中産階級の代弁者のような存在」であり、「彼らは組織的植民によってイギリスの社会と文明を移植し、中産階級にとっての理想郷を設立しようとした」。イギリス政府は、「彼らの要求に沿い、南オーストラリアとニュージーランドに全く新しい植民地を建設」し、「そこでは入植者自身が新しい社会を作り出そうという意識を持ち、イギリスの都市文明の再生産と囚人労働からの自由、信仰の自由、移民・貿易の自由、政治的自由の実現」を目指した。しかし、実際には、開発を巡って官民の主導権争いが起こり、投機の対象になって財政が破綻して、組織的植民計画は失敗に終わった」のであった。 　スクォッター　当初スクオッターとは、「許可なしに公有地を占有し、家畜を略奪する無法者を指す言葉」であっった。１８２９年、NSW第七代総督ダーリングは、「無秩序な入植地の拡大を望」まず、ニューサウスウェールズの「シドニーから約１５０マイル以内にある１９県（カウンティ）を入植地と定め、それ以遠の土地での放牧を禁止」した。しかし、入植者は、「境界をこえ、ダーリング川上流域やマレー川流域に進出」し、「違法に公有地を占拠」するスクウォッター（土地の無断居住者）が登場した（山本真鳥編『オセアニア史』９８−９頁）。 　１８３１年、本国植民地省は、「従来の土地の無償提供をやめ、王領土を１エーカー当たり最低５シリングで競売にかけて売り出す」とし、同時に「オーストラリア農業会社を設立、土地の分譲促進の機関」とした（関根政美ら『概説オーストラリア史』３９頁）。しかし、「富裕層による土地買収が進み、植民地歳入は増加したものの、そうでない移住者らによる西方の土地のスクオッターが急増し」、１８３０年代後半にはスクォッターは「南下してポートフィリップ地区(ヴィクトリア州)にまで進出する頃に、植民地内で政治的にも一大勢力となった」（関根政美ら『概説オーストラリア史』３９頁）。 　このスクオッターが牧羊産業の発展に寄与し、「オーストラリアはイギリスへの原材料の供給地となり、イギリス資本の投資機会を増やした」。イギリス政府はこれを歓迎し、１８３６年には第八代総督バーク（１８３１−７年）が現状を追認し、１０ポンドの「許可料を支払えば未開拓の公有地での放牧も許可され」、「スクオッターという言葉は単に公有地で放牧する者を指す言葉にな」（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）った。スクォッターは、１８４０年までには、「内陸部の大規模な家畜所有者」を意味するようになった（山本真鳥編『オセアニア史』９８−９頁）。こうして、１８３０年代以降には、「植民地のジェントリやイクスクルーシヴズもエマンシピストと同様、定住地を越えて違法に公有地を占拠するようにな」り、彼らもスクオッターと呼ばれるようになった（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）。しかし、１８４０年代、不況の中で、G．ギッブス第九代総督は、「スクォッターらに土地所有を認める代わりに免許発行料を徴収する」事としたために、「彼らの不満を爆発させ」（関根政美ら『概説オーストラリア史』３９頁）た。 　マルクスは、以上の土地政策の一面を「イギリス政府による貴族や資本家への植民地の未耕地の破廉恥な捨売り」（マルクス『資本論』第１部、６０５頁）と表現した。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 (e)　牧羊業の発展 　以上のスクオッターの増加の起動力であった牧羊業の発展を見てみよう。 　乾燥帯　オーストラリアは「世界で最も乾燥した大陸」（山本真鳥編『オセアニア史』９４頁）である。 　オーストラリア大陸は、「東に温帯湿潤気候や、西岸海洋性気候が若干存在するものの、国土の５７％が乾燥気候（砂漠ないしはステップ）で、六大陸中で最も乾燥が著しい」（山本真鳥編『オセアニア史』山川出版社、２００８年、３頁）のである。「年間平均降水量は４３０ｍｍ」であり、「国土の四割近くは年間降水量が２５０ｍｍ以下の乾燥地帯」（石出法太・みどり『オーストラリア・ニュージーランドの歴史』大月書店、２００９年、１９頁）である。 　「オーストラリアの乾燥した気候や広大な平野などの自然条件が牧羊に適していることが判明する」と、「イギリス人人植者は各国より種々の種羊を輸入し、改良、繁殖に努め」、「１０年後の１７９８年、牧羊業者はケープタウンからスペイン・メリノ羊１３頭をシドニーに導人し、その品とは全く別個のオーストラリアン・メリノ（Australian Merino）なる純粋種を確立」した。その羊毛が。「ボタニー・ウール（Botany Wool）の名のもとに、最優等の紡績用原料として世界に知られるに至り、オーストラリア牧羊業の興隆が始まった」（遠山嘉博「日豪羊毛貿易の起源と発展」『追手門経済論集』４０−１、２００５年）のである。 　まず、どのように導入されたのかを瞥見してみよう。 　羊毛導入　「ナポレオン戦争は、入植地の発展をおくらせたが、その間国土が戦場になったスペインから、良質の羊毛を生産するメリノ種の羊が大量に全世界に流れ」、「この一部を手に入れたジョン・マッカーサーなどの入植者たちは、これをほかの品種とかけあわせて改良し、オーストラリアの羊毛産業の基礎とした」（山本真鳥編『オセアニア史』９７頁）。さらに、１７９７年にまず南アフリカからもメリーノ種を輸入し、１８０３年には「早くもイギリスへ輸出の兆しをみせた」。この頃、「ニューキャッスルでの石炭発見」、「ホークスベリーやパラマッタにおける農業活動が軌道に乗り、余剰の作物が商業活動にまわされ」る事もなされ、「新しい経済発展の萌芽」が見られた（関根政美ら『概説オーストラリア史』３５頁）。 　１８１３年、グレゴリー・ブラックスランド（イギリス・ケント州フォードウィッチ出身）らは、「ヨーロッパ人として初めてブルーマウンテンズをこえ」、「牧畜に適した広大な平原」を発見した（山本真鳥編『オセアニア史』９７頁）。 　さらに、１８１９年に東インド会社の貿易独占権が廃止され、１８２０年には、今度は「サクソニア（ドイツのザクセン）のメリノ種」（ザクセン選帝侯領のメリノ種はイギリスで選帝侯ウールとして人気を博した）が大量に輸入され、１８２４年に「イギリスの羊毛法が廃止され、イギリスからの羊毛と羊の輸出が解禁され」、これらが「オーストラリアをメリノの国」に変えることになった（山本真鳥編『オセアニア史』９７頁）。こうして、東インド会社の「貿易独占と航海条例、そして羊毛産業との競合」などの阻害要因が除去され、「植民地西方の広大な牧草地の発見をはじめとして、植民地社会ならびに産業構造の質的変化が現れ、効果的な競争市場が登場」（関根政美ら『概説オーストラリア史』３５頁、大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）した。 　牧羊業の発展　１８２０−３０年代、NSW植民地では、「牧羊業が発展し、産業経済の基幹になるに従い、羊毛輸出が輸出産業のなかで重要な位置を示すようになり、経済的にも自給自足から自立型植民地への変貌をとげる」（関根政美ら『概説オーストラリア史』３８頁）。こうして、「羊毛はオーストラリアの主要換金商品として確立」し、「オーストラリアがイギリスの羊毛輸入に占めるシェア」は、１８３０年８％、１８５０年４７％に増加した（山本真鳥編『オセアニア史』９９−１００頁）。つまり、１８３０年代半ばには、羊毛産業は「それまで輸出のトップであった漁業を追い抜き全体の三分の一以上を占めるようにな」り、１８５０年代までに羊毛産業は「輸出産品の半分を超えるまでに成長」し、本国イギリスの羊毛輸入高の「半分以上がオーストラリア植民地からであった」（関根政美ら『概説オーストラリア史』３８頁）。 　こうして、オーストラリア経済の「牧畜への特化が決定的とな」（大庭隆宏「囚人植民地　―1788-1850―」大阪大学文学部）り、「産業革命」で工業国となったイギリスが、アメリカに求めていた原料供給地の代替地として、オーストラリアを植民地化してゆくのである。これに関連して、マルクスは、「大工業国における労働者の絶えざる『過剰化』は、促成的な移住及び外国の拓殖を助長するのであって、それらの外国は、例えばオーストラリアが羊毛生産地に転化されたように、母国の原料の生産地に転化され」（マルクス『資本論』第１部、３４１頁）たと指摘している。 　牧羊業発展の波及効果　１８３０−４０年代、オーストラリアは、「牧羊業を発展させることによって流刑植民地から一般植民地へと移行」し、１８５０年代には「ゴールドラッシュをきっかけとして、国内において軽工業や建設業が発展」（関根政美ら『概説オーストラリア史』５１頁）した。 　牧羊業の発展は農業発展を抑制した。１８４０年代以来、「牛と羊を中心とする牧畜業者たちは、広大な土地を安い賃貸料で占有して」いた（関根政美ら『概説オーストラリア史』５６頁）。１８４６年から、「政府保有地を放牧事業者がリースし使用する制度」が開始され、２００５年では「全豪州の４４%という広い範囲を占め」ている。オーストラリアの土地所有形態では政府保有地が一番広く、他に民有地(フリーホールドランド、アボリジニ所有地）があるが、土地利用では放牧リース地(Pastoral Lease)が最大である（鎌田真弓「オーストラリア先住民族によるランド・マネジメント」『NUCB journal of economics and information science』４９−２、２００５年３月）。 　この結果、移民が農業を始めようとしても、「手頃な土地を利用することができなかった」。しかし、移民は「都市ブルジョアジーと協力」して、「政治的キャンペーンとしての『土地開放運動』を盛んに行」ったので、１８６０年代以降、「各植民地において新しい土地法の制定、土地賃貸料の値上げとともに土地競売が実現」し、「牧畜業者も土地購入へと向かうとともに、移民自らも土地購入に参加していった」。これは、「広大なスクウォッターズと、自営小農の確立を目指すセレクターズの闘いとして、１９世紀後半の植民地議会の重大な政治争点となった」が、オーストラリアの金融機関や投資家たちは牧畜業に十分な利益を見出していたから、農業に関心は低く、「結果的には小農経営の拡大に対して不十分にしか寄与しなかった」（関根政美ら『概説オーストラリア史』５６頁）。 　長期的なブームは都市経済を促進した。１８５０−１８９０年代、オーストラリアは、「長期的なブームを享受」した。つまり、�@牧畜業や農業は「労働集約的というよりは、どちらかというと機械化や粗放農業を中心として労働省略的で、大量の労働力を必要としなかった」事、�A「オーストラリアに移民してきた人々」は都市貧民層であり、その性格が「都市指向を示していたこと」、�B一般移民には大資本を必要とする農業・牧畜業は「高嶺の花」であり、「都市化の発展にともなう建設・土木労働者や、金融・不動産・家事サービス業を中心とする都市サービス産業や軽工業となる方がてっとり早かった」事」から、「その影響はまずメルボルンおよびシドニーを中心とした大都市の発展に現れた」（関根政美ら『概説オーストラリア史』５４−６頁）。また、こうした発展は、オーストラリアではアメリカのような奴隷制を不要とした。 　こうした長期ブームが続き、「オーストラリア人の生活水準は、羊毛や金の輸出に加え、都市の土地ブームによって世界のトップに踊り出ることとなった」（関根政美ら『概説オーストラリア史』５９頁）。ここに、「農業の発展と自給自足の進展、海産物、羊毛を中心とする輸入産業の発展にともなう自由移民の増大と社会発展は、総督独裁制を変更させ、１８２３年、２８年、４２年の初期植民地憲法の制定と改正をもたらし」、１８５０年までには、「一院制ながらも議会を獲得し、最高裁判所の設置、陪審裁判制度を獲得し」（関根政美ら『概説オーストラリア史』６１頁）た。 　以後の牧羊業　以後の牧羊業を見ておけば、「オーストラリアの自然条件の牧羊への好適性、入植牧羊業者の品種改良の努力と成功、牧羊の収益性に着目した一部入植者の積極的な取り組みなどの結果、牧羊業はニューサウスウェールズを中心にオーストラリア全域に広がり、飼育頭数に多少の消長はあれ，急速な発展」をとげた。頭数は「１７８８年の２９頭は１８０１年には６７５７頭に、１８５０年には１３０５万３２４頭に、１９００年には７０６０万２９９５頭に、そして１９４０年には１億２１３６万３９４５頭にと急増し」（遠山嘉博「日豪羊毛貿易の起源と発展」『追手門経済論集』４０−１、２００５年）た。 　また、１９３８−９年度の統計では，「世界における緬羊頭数７億５５４０万頭のうちオーストラリアは１億１０５０万頭（１４．６％）を占めて世界第１位、世界の脂付産毛量３９億９０４０万ポンド（封度）のうち９億８５００万ポンド（２４．７％）を、とくに良質の紡績用羊毛では世界全体の２６億５３７０万ポンド中９億８５００万ポンド（37.1％）を占め」て、「これらはすべて、２位を大きく引き離しての世界第１位」である（遠山嘉博「日豪羊毛貿易の起源と発展」『追手門経済論集』４０−１、２００５年）。 　奴隷制不要化　オーストラリアは、「常に、アメリカを意識して国家建設を進めてきた歴史をもち、その一例が奴隷制問題であ」り、「アメリカにおけるアフリカ系黒人問題の深刻化が指摘され、奴隷制を導入したアメリカの轍を踏むべきではない、との意見が共有され」（竹田いさみ『物語　オーストラリアの歴史』中公新書、２０００年、４３頁）、黒人奴隷制は導入されなかったとされている。 　しかし、オーストラリアで奴隷制が導入されなかったのは、主産業の羊毛業が労働省略的であり、過酷な労務工程もなく、基本的には奴隷制を必要としなかったからである。奴隷制批判の良識ではなく、羊毛業発展が奴隷制を不要としたのである。ただし、オーストラリアに全く奴隷がいなかったのではなく、次に見るように少人数の奴隷は存在した。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　小規模奴隷　１８世紀においてだけでなく、「イギリス人の官吏は、アボリジニー達を奴隷として働かせようとし」、「アボリジニー達が、オーストラリア経済の屋台骨である、羊の大牧場で働く奴隷労働力として使われたことは疑い無い」（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）のである。綿作のような大規模で組織だった奴隷制ではなく、牧羊業での臨時的な劣悪労働ともいうべき「奴隷労働」であり、そうした低賃金劣悪労働はアボリジナル労働者の常態であり、中国出稼ぎ労働と混じりあっていた。 　１８４０年代に、「服役者達の供給を失ったニュー・サウス・ウェールズの牧場主達」は「安価な有色人種の労働力」を用い始めた。政府も、「ノーザン・テリトリーの鉱山で中国人達を使ったが、彼らには、ヨーロッパ人が受け取る１２分の１しか支払われ」ず、「ヴィクトリアやニュー・サウス・ウェールズの南部金鉱地帯で探査をしていた中国人達は、地表の金鉱が無くなり始めた頃までは大目に見てもらえたが、その後は、白人の入植者達と直接に競争せねばならない羽目に陥」り、「この間に、全てのアジア人は、鉱山業者保護連盟への加入を禁じられ」（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）た。 　白人労働者達は羊毛刈り込み労働者達ですら、低賃金の「有色人種の（カラード）」労働力が脅かしていると信じ」、「有色人種の移入に反対して大衆動員をかけ」、「国民党の『白人のオーストラリア』政策（白豪主義）を煽った」。１９２０年、国民党政府は、「非ヨーロッパ人の移入を阻む一連の法案を成立させ」、「クイーンズランドにいた太平洋の諸島から連れて来られた人々は、多くが強制的に元の島へ帰された」（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）。 　一方、１８９０年代から、「太平洋の島々の住民が、砂糖きびプランテーションでの労働のために、クイーンズランドへ引きずりこま」れ、「重労働の手作業」という「過酷な労働条件の下で、わずかな賃金が支払われただけだった」（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）。つまり、「ソロモン諸島やニューへブリデス（現在のバヌアツ）から多数のカナカ人を調達し、クイーンズランドの砂糖きびプランテーションで、労働に従事させることが日常化していた時代があ」り、これを「ある種の奴隷制」と見る見解もある。しかし、生産量も少なく、「有色人種を活用した奴隷制を機能させてはならないとの政治判断から、連邦議会の討議でもカナカ人を導入することに、反対の意見が大勢を占めた」（竹田いさみ『物語　オーストラリアの歴史』４３−４頁）。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(f)　各植民地の展開 　列強のオセアニア植民地化　イギリスは、「オーストラリア、ニュージーラ、ンドのほかに、ニューギニア島南東部、ソロモン諸島、フィジー、ギルバート諸島、エリス諸島など太平洋のあちこちの諸島に利権を握」り、フランスはソサイエティ諸島を中心とするフランス領ポリネシアやニューカレドニア（メラネシア）を領有した。スペインは、「フィリピンとグアムを握り、やがてマリアナ諸島、カロリン諸島も名目的ではあるが支配下にお」（山本真鳥編『オセアニア史』山川出版社、２００８年、１０頁）いた。 　アメリカは、「国内のフロンティアもほとんど消滅する１９世紀終わりごろには、米西戦争の結果として、カリブ海のプエルト・リコ、アジアのフィリピン、ミクロネシアのグァムを掌中に収め」、まもなく「ハワイを併合し、アメリカ領サモアを海外領土とした」（山本真鳥編『オセアニア史』山川出版社、２００８年、１１頁）。 　ニューサウスウェールズ植民地（NSW）　言うまでも無く、オーストラリア植民地の基軸はニューサウスウェールズ植民地である。 　１８２０年代には、「シドニーやホバートといった植民地の中心地から離れた居住地域が安定した社会状態を確保できるようにな」り、かつ「内陸部への進出が可能なことがわかる」と、「この空白の大陸に富を増やすチャンスがあふれているという話が本国にも伝わり始め」、オーストラリアは「再び脚光を浴び」だした（関根政美ら『概説オーストラリア史』４０−１頁）。 　そこには、「北米に比べて遠く、また運賃も数倍するオーストラリアへの移民の難点を乗り越える」政策として、�@「２０年代後半まで土地が無料またはわずかな金額で与えられ」、�A「慢性的な労働力不足を解消するために何とか移民を大量に送り込」むために「『十分な価格』で土地を売る」という提案があった。 　後者�Aは、E．G．ウェイクフィールド発案であり、「必ずしもそれが後の植民地省政策の変革につながったとは言い難い」が、「彼の影響を受けた人びとが新植民地への、とくに南オーストラリアへの入植を促進した」ことは事実である（関根政美ら『概説オーストラリア史』４１頁）。 　ニュー・サウス・ウエールズの白人人口は、１８３０年代７万人、１８４０年１９万人、１９世紀半ば頃４０万人（１８２０−５０年の送致囚人１４万人、自由移民２０万人）に増加した（関根政美ら『概説オーストラリア史』４０頁）。 　１９８３年に、ニュー・サウス・ウエールズ州政府は、「ニュー・サウス・ウエールズ州先住民土地所有権法を施行し」たが、「これによって地方、地域、州の三層からなる先住民土地評議会が設立され」、「土地評議会は、法的に占有されず、宅地として必要がなかったり、重要な公共目的に使用されていない国有地に対しては、所有権の請求をすることが可能にな」った（ディンカム・ジャパン「土地所有権」ディンカム・ジャパンのHP[ディジュリドゥとアボリジナル文化の専門サイト]）。 　ヴィクトリア植民地　１８３６年、ヴィクトリア植民地に「シドニーから役人に連れられた最初の入植者が到着し」、さらに「タスマニア植民地のホバートタウンやローンセストンからの移住が相次ぎ」、人口は１８３８年３５００人余、１８５１年９万７千人と増加した（関根政美ら『概説オーストラリア史』５０−１頁）。 　１８３７年、バーク総督は、「この土地を訪れ、当時のイギリス首相にちなんでメルボルンと改名した」（関根政美ら『概説オーストラリア史』５１頁）。１８４０年代、「メルボルンでは、NSW植民地との分離・独立を熱望する声が高まり始めた」（関根政美ら『概説オーストラリア史』５１頁）。 　１８４８年のカリフォルニアの金発見に続き、１８５１年に「ニューサウスウェールズで金が発見されると、オーストラリアでもゴールドラッシュが始ま」り、「ヴィクトリアでも金が発見され」、１８５０年代には「ヴィクトリアは、オーストラリアの金の９０％近くを算出し、文字通り世界の黄金郷にな」り、「１８５０年代にオーストラリアが算出した金は、１９世紀前半に全世界で算出した金の量に匹敵し」、「金は羊毛をしのぎ、最大の輸出品目となり、その地位は１８７０年代までゆるがなかった」（山本真鳥編『オセアニア史』１０５頁）。１８５０年代、自由移民が囚人にとってかわり、ヴィクトリア（州都メルボルン）の人口は８万人から５０万人に増加した（山本真鳥編『オセアニア史』１０５頁）。１８５９年には、北東部のクイーンズランド州が分離した。 　ヴィクトリア州は、「先住民地域社会に、自分たちの土地の自由保有権を与えた最初の州」であり、「ビクトリア州政府はビクトリア州に残る２つの先住民居住地区の所有権も、議会の特別立法によって先住民に譲渡」したが、「その後ビクトリア州議会で土地権利法を成立させようとした試みは失敗に終わ」る（ディンカム・ジャパン「土地所有権」ディンカム・ジャパンのHP[ディジュリドゥとアボリジナル文化の専門サイト]）。「先住民の土地の強奪とそこからの追放に対する補償の問題」は、「ビクトリア州議会の超党派合同委員会で調査され、１９８４年１０月1に報告書が提出され」るが、「州政府はまだこの報告に基づく行動は起こしてい」ないのである（ディンカム・ジャパン「土地所有権」ディンカム・ジャパンのHP[ディジュリドゥとアボリジナル文化の専門サイト]）。　 　南オーストラリア植民地　前述のウェイクフィールド理論は、「１８３０年代における南オーストラリアの植民に大きな影響をあたえた」（『オーストラリア辞典』大阪大学）といわれる。当時「失業と貧困がはびこっていたイギリス社会から抜け出す道を移民に求めた者が少なくな」く、南オーストラリアではウェイクフィールドの新植民地入植論が「イギリスで絶大な支持を受け」、「彼と彼の支持者はパンフレットを発行したり、入植団体を設立し」、その結果ウェイクフィールドは「南オ−ストラリア植民地の創始者として不朽のもの」となる（関根政美ら『概説オーストラリア史』４８頁）。　 　１８２８年、２９年、C．スタート海軍大佐は、南オーストラリアを二度探検し、東海岸に源を発するダーリング川沿いに西進し、「河口を南オーストラリアに発見し」、「ウェイクフィールドの計画どおりに入植できる適当な地を探し求めていたイギリス人を歓喜させた」（関根政美ら『概説オーストラリア史』４８頁）。１８３２−３年、「多くの人々が新植民地の建設許可を求めて植民地省を訪れ」、１８３４年「イギリス議会は南オーストラリア植民地設立法案」を採択し、同地植民地建設は「イギリス議会によって推し進められることが決定」し、ここでも「囚人はいかなる条件でも送らない」とされた（関根政美ら『概説オーストラリア史』４９頁）。 　この時まで、「銀行家や投機に関心のある人、商人、議会改革派議員などが中心となって」南オーストラリア協会などを筆頭に、「イギリス国内では入植促進のための熱狂的な団体が結成された」。「土地売買と移住に関するあらゆる管理権をもつ委員会」は、「一エーカー当たり一ポンドで土地を売ることを決めた」が、この買い手はいなかったので、南オーストラリア会社は「１エーカー当たりの売渡し価格を１２シリングと決め」、「ようやく入植の下地ができあがった」（関根政美ら『概説オーストラリア史』４９頁）。 　１８３６年１２月２８日、バッファロー号が南オーストラリア・ホールドファースト湾に到着し、初代総督J．ハインドマーシュは「大英帝国直轄の自治植民地として、同地の領有宣言を公式に発表」した。１８３７年、ポート・アデレードが「植民地の本拠地」にきまると、「開拓者はわれ先に同地に移り始めた」（関根政美ら『概説オーストラリア史』４９−５０頁）。当初は、「土地の金銭分譲はうまくいかず」、１８４０年代後半、「入植者たちへの合法的土地売却が円滑に機能しはじめ」、「ようやく植民地も人口の急増と社会的安定を取り戻し、繁栄の兆しが見えるようになった」（関根政美ら『概説オーストラリア史』５０頁）。 　なお、南オーストラリア州では、「１９８１年の　Pitjantiatjara土地所有権法で、州の北西部にある１０万１１９０平方キロメートルの土地の不可譲所有権が、伝統的な持ち主の組織に譲渡され」、１９９６年、「先住民土地信託法が成立し、かつての居住地域およそ５０００平方ｋｍに対する自由保有権が信託され」た。また、「州の最西部にある７万６０００平方キロメートルを越える土地は、１９８４年のMaralimga Tjaritja土地所有権法によって、伝統的な持ち主に譲渡され」た（ディンカム・ジャパン「土地所有権」ディンカム・ジャパンのHP[ディジュリドゥとアボリジナル文化の専門サイト]）。 　西オーストラリア植民地　１８２０年代、フランスが西オーストラリアに進出すると、イギリス政府は「自国の利権が脅かされる」として、ダーリングNSW総督に西オーストラリア調査を命じた（関根政美ら『概説オーストラリア史』４５頁）。 　１８２９年６月、入植者の第一陣が西オーストラリアのスワンリバーに上陸し、「約４００人の入植者、役人、兵隊を連れてきた総指揮官のスターリングが、西オーストラリア植民地の全権を握る副総督に任命された」（関根政美ら『概説オーストラリア史』４５−６頁）。 　１８２９年、C.H．フリーマントルは、「イギリス政府の命を受け」、「オーストラリア第三の植民地として『NSW植民地を含まない新オランダ（西オーストラリア）のあらゆる領土』の所有を宣言」し、ここに「全オーストラリアが正式にイギリス政府の下に置かれることになった」（関根政美ら『概説オーストラリア史』４５頁）。 　しかし、西オーストラリアでは、植民地省は「囚人を締め出し、資力のある者だけに一般入植を限るという条件をつけたため」に、「NSWと異なり、囚人という強制労働力の助けなしに、現実の植民地建設に着手しなければならなくな」り、労働力不足で開発困難であった。当初の入植者１０００人は、２０年後でも６千人（NSWでは１万人）にとどまった（関根政美ら『概説オーストラリア史』４６頁）。 　１８３０年に形成された西オーストラリア人は、「スターリング副総督を長とする政府役人」、「家族を引き連れてやって来た民間投資家」、「新開地に土地を求めた」一般労働者からなり、最初の政府役人を除けば、「入植者の多くは陸軍や海軍の元軍人で、イギリスでは家族を養っていけるほどの財力をもてなかった階層に属し」、「その社会的地位も低く、物価上昇と当時の社会情勢の変化から、本国で土地を手に入れること自体難しかった人々」である。ここでは、「下層を形成する囚人はいなかった」が、１９世紀後半になって、西オーストラリアでも、「囚人輸送が開始され、金をはじめとする鉱山資源の開発が本格化」（関根政美ら『概説オーストラリア史』４７頁）してくる。 　なお、西オーストラリア州では、２０世紀に「州政府が先住民地域社会に土地の所有権を与え、立法を待たずに行政取り決めのみで、インフラ整備やサービス供給を可能にする準備をし、先住民地域社会に移譲され」た（ディンカム・ジャパン「土地所有権」ディンカム・ジャパンのHP[ディジュリドゥとアボリジナル文化の専門サイト]）。 　北部「オーストラリア」　ヨーロッパ人が入植するかなり以前から、「北部ケープ・タウンを訪れたパプア系民族との交流を皮切りに、北部に居住するアボリジニはインドネシア人や中国人との対外交易を行ってい」（「オーストラリア教育旅行ガイド」[情報提供：オーストラリア政府観光局]）た。 　北部は、ニューサウスウェールズ植民地の一部であったが、１８６３年、南オーストラリア植民地がこの地域を編入した。しかし、移民も増えず、１９１１年に連邦政府に返還した。ここの面積は広大だが、人口が少ないことから、「州ではなく準州（テリトリー）とされ」（ ?ジェニファー・ピンカートン「ノーザンテリトリーガイド 」[オーストラリア政府観光局公式サイト]）る。 　この北部の気候は、トップエンド（ノーザンテリトリー北部の通称）の熱帯雨林性気候からアウトバック（内陸部）の砂漠性気候まで分かれ、厳しい自然が白人侵略者を遠ざけ、アボリジナルが一番多く住んでいる。 　なお、１９７６年には北部準州でアボリジニ土地権法が成立し、準州の約５０％がアボリジニ信託領となった。１９７８年、北部準州は連邦議会により自治権を与えられたが、「準州政府の権限は限られ、法律制定の権限がないほか、一部の政府機能は連邦政府によって管理」されている（永井正博、久保田博志「北部準州(Northern Territory)の鉱業事情」『金属資源情報』７８号、２００６年）。「アボリジニが最も多く居住」し、「北部準州の半分はアボリジニの土地で、慣習法にもとづいた自治が行われている」(平野智佳子「なぜオーストラリア北部準州ではアボリジニへの飲酒規制がおこなわれているのか？」[２０１８年６月２７日『SYNODOS』]）。ここにはカカドゥ国立公園（Kakadu National Park）があり、アボリジナルの精神文化や、壁画３０００以上が残されている。 　後述の１９７７年にアボリジナル土地権利法の規定に従い、「３カ所の国立公園を含む４８万６９８３平方キロメートルの土地（北部準州のおよそ３６％）が、１９８９年９月３０日までに北部準州の先住民団体に譲渡され」、「ウルル（もとのエアーズロック）とその周辺の公園は、先住民地域会社が管理し」、「カカドゥ国立公園は伝統的な所有者と連邦政府の機関である国立公園・野生動物サービス局が共同管理して」いる（ディンカム・ジャパン「土地所有権」ディンカム・ジャパンのHP[ディジュリドゥとアボリジナル文化の専門サイト]）。そして、この「カカドゥ国立公園区域内には、・・３つの言語集団（クニング、グンジェミ、ジャオワン）の他に少なくとも７つの言語集団があり、多くの氏族集団が存在して、アボリジニ諸集団の意見調整が難し」く、「土地権利者は父系で継承される氏族集団で、氏族間で神話を共有しながらも、それぞれが自らのカントリーへの責任をもち、他者のカントリ−の諸問題に口出しをしたり決定を押し付けたりすることを嫌」い、「土地への権利をめぐって氏族間で対立が起こることもあるし、一つの言語集団内でも、鉱山開発や土地利用で異なる意見を持つこともあ」り、「公園管理評議会を構成するアボリジニの代表が、土地権利者である諸集団の意思を必ずしも代弁できるわけではない」（鎌田真弓「オーストラリア先住民族によるランド・マネジメント」）のである。 　２００６年５月、「アボリジニの子どもたちへの性的虐待を取り上げたTV番組」を機に、「『アボリジニの子どもたちを救え』という感情的な議論が新聞や雑誌を中心に盛り上が」り、「連邦政府はこうした世論に後押しされる形で、翌２００７年、北部準州のアボリジニ・コミュニティへの強制介入を発表した」のであった。「飲酒規制だけが歓迎されるような状況が起きた」。２００７年、北部準州において、「アボリジニを対象とした飲酒規制が行われることが決ま」り、「この飲酒規制は、連邦政府による介入政策ともとれる『北部準州緊急措置Northern Territory Emergency Response』の項目の一つで、アボリジニ・コミュニティ内での酒のやりとりを一切禁じるというもの」で「人種差別」ではないかと問題となる。ところが、「それまで酒を禁じられていたアボリジニだったが、これを機に自由に酒を飲めるようにな」り、喜ぶとともに、負のサイクルも生じ、飲酒慣習が促進され、「暴力や虐待といったトラブルも急増した」(平野智佳子「なぜオーストラリア北部準州ではアボリジニへの飲酒規制がおこなわれているのか？」[２０１８年６月２７日『SYNODOS』]）。 　２００８年にオーストラリアで制作された映画「オーストラリア」はこの北部準州が舞台である。 　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(g)　アボリジナルの生活と虐殺 　アボリジナルの用語　英語のアボリジニは「通常、原住民、先住民、土着民の意味であることから、今日では差別的な意味合いが強く、使用すべきではないと考えられてい」て、「最近では日本でも、オーストラリアの先住民を『アボリジナル』や『アボリジナルの人々』と呼ぶようになってき」（石出法太・みどり『オーストラリア・ニュージーランドの歴史』大月書店、２００９年、２４頁、藤川隆男「オーストラリア先住民の呼称について」『Fujikawa's　Home Page』）た。こういう理由から、以下、ここではアボリジナルを使用する。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(ｱ)　アボリジナルの生活　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　α　オーストラロイド集団　 　６−５万年前、「サフル大陸（ニューギニア、オーストラリア、タスマニア島などからなる大陸）に拡散してきたオーストラロイド集団は、土器をつくらない旧石器文化集団であ」り、「単純な石器類」で「狩猟採集を主とする生活を送っていた」（山本真鳥編『オセアニア史』山川出版社、２００８年、２０頁）。 　そして、「オーストラリア中央部の乾燥地域への拡散居住」が行われていて、「当時の気候は、冷涼・湿潤であり、今のようには乾燥しておらず、ずっと暮らしやすい環境だった」が、２万２千ー１万６千年前の最大氷期には、広範な乾燥地域が出現したため、同遺跡（クルマビラ岩陰遺跡）はいったん廃棄される」（山本真鳥編『オセアニア史』２１頁）。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　β　アボリジナルの生活　 　アボリジナルの自然生活　最初にやってきた「オーストラロイドがアボリジナルの祖先」であり、「アボリジナルは白人に出会うまで採集狩猟という最も初期の方法をずっと維持してきた」（山本真鳥編『オセアニア史』山川出版社、２００８年、７頁）。８０００年前、「海水位が現在と同じになったので」、「熱帯雨林に覆われた」ニューギニアと「平坦で乾燥しがちな」オーストラリアは海で隔てられ、「両地域に拡散したオーストラロイドが、異なった生活形態を展開」する（山本真鳥編『オセアニア史』２２頁）。 　オーストラリアの先住民は、「生産の一段階である焼畑耕作の痕跡さえみあたらず、原始的石器文化の段階を脱することなく狩猟採集の生活を送り続け」、「物質的豊富さを基準にすれば，客観的には低い水準にとどまったままであった」（金城秀樹「オーストラリア先住民の土地所有」『札幌大学総合論叢』第３３号、２０１２年３月）。つまり、アボリジナルは、「金属器をもたなかったが、自然を理解し、その恵みを最大限に利用することで、オーストラリア大陸とタスマニアのすみずみまで広がっていた」（山本真鳥編『オセアニア史』７９頁）。そして、アボリジナルは、「森や草原を焼くことで、植物の生長を促し、狩猟や移動を容易にし」（山本真鳥編『オセアニア史』９４頁）た。 　明らかに、ブリテン帝国がオーストラリアを侵略するまで、先住民アボリジナルはオーストラリアの自然に相応しい生活を送っていたのである。さらに、最近の人類学・宗教学では、次のように、アボリジナルの土地に対する二重の関係などを明らかにしている。 　アボリジナル集団の内外関係　後に神話で再述するが、「全体に通じる特徴としてトーテミズムの信仰にもとづく宗教と親族組織を挙げることができ」、「各クランのトーテムとの結びつきはカンガルーなどの動物や土地（totem site）であったりする」（金城秀樹「オーストラリア先住民の土地所有」『札幌大学総合論叢』第３３号、２０１２年３月）。 　アボリジナルの「基本単位は家族」であり、一夫多妻制であり、「数家族が集団をつくって生活し、同じ言語を話すこれらの集団で社会がつくられてい」（石出法太・みどり『オーストラリア・ニュージーランドの歴史』大月書店、２００９年、２７頁）た。アボリジナルは、「ヨーロッパ人の入植当時、異なる言語をもつ約５００の部族に分れ住んでいたと推定され」（金城秀樹「オーストラリア先住民の土地所有」『札幌大学総合論叢』第３３号、２０１２年３月）る。１８世紀に白人が入植した当初には、「自律的な地域集団の存在が６００以上報告され」、「それぞれの地域集団は独自の言語体系、神話、儀礼、婚姻規則をもち、狩猟採集をしながら季節性の移動生活をおくっていた」(平野智佳子「なぜオーストラリア北部準州ではアボリジニへの飲酒規制がおこなわれているのか？」[２０１８年６月２７日『SYNODOS』]）とされ、諸部族は５−６百以上あったようだ。なお、１７世紀には、アボリジナルでは、「２００をこえる言語集団が、採集・狩猟に依存した生活を送っていた」（山本真鳥編『オセアニア史』７８−９頁）という見解もあるが、２００部族は少なすぎるようだ。こうして「様々な異なった地域に住むアボリジニー達」は、「それぞれ異なった名前で自分達のこと」をコオリ、ムッリ、ニュンガ等とよんでいた（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）。 　そして、アボリジナルの「実際の生活における集団の枠組み」の基本は、ホルド（horde）という「兄弟、息子、未婚の娘および息子の娘からなる人々」の血縁集団であり、経済的要求（食糧事情）にしたがって、狩猟採集のために、テリトリー内を自由に移動する（金城秀樹「オーストラリア先住民の土地所有」）。 　次に、「同一部族内の複数のクラン（clan、これは 同じ出自との意識をもつ集団であり、外婚的な複数のクランは胞族[phratry]と呼ばれる）によって形成されるコミュニティ」があり、この地縁的コミュニティが、「政治的単位としてのまとまりをもち、そのテリトリーをカントリー（故地）と称」している（金城秀樹「オーストラリア先住民の土地所有」）。 　こうして形成されるアボリジニーの諸部族には地域差があり、「オーストラリア南東部の沿岸部では、いくつかのアボリジニー部族は、かなり人口の密集した地域で、半永久的な石造りの小屋に住み、頭から足までの毛皮の服を着、種子を持つ幾種類かの草を栽培し」、「中央部の砂漠地帯では、もっと小さな集団が広く分布し、カンガルーや、その他の有袋類や、トカゲを狩り、野草や根っこや土中の幼虫等を採集し、基本的な道具類を持っただけで水を求めて絶えず移動していた」。こうして、「自然要因や、彼らにとっての文化的な反応の結果として、アボリジニーの人口は比較的小さいまま保たれ」（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）ていた。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　γ　アボリジナルのドリーム神話 　このアボリジナルは、当時の神話によると、原始・古代に固有な精神文明を築いていた。 　ドリームタイム　アボリジナルの神話（「Dreamtime[The Dreaming]」または「alcheringa」）とは、遥か昔、彼ら祖先の精霊による天地創造にまつわる物語の総称である。「ドリームタイム」という単語は、主に「時が始まる以前」または「万物創世の時」（後述）を思う事を意味し、「ドリーミング」という単語は、個別の物語や精神世界の痕跡を辿る事を指している（「アボリジニに伝わる天地創造の神話『ドリームタイム』」[Australia Direct Source]など）。 　アボリジナルには、普通の日常の時間のほかに、この夢見の時間があり、睡眠のときには夢見の時に戻るとされ、老年に至って夢見の知識が完成されるともされる（「虹蛇　Rainbow Serpent」[minamo.sakura.ne.jp]など）。「覚醒しながら夢を見て、そのうちで時間の隔たりを飛び越え、創造期に自ら入り込」（二宮公太郎「アボリジニの神話伝承」『地域環境に関する歴史的・文化的・社会的研究』２００７年）み、年とともに老成するのである。 　このドリームタイムという用語は「オーストラリアの人類学者アドルファス・ピーター・エルキンによって命名され、同じく人類学者のウィリアム・スタンナーが普及」させたものであり、「先住民の間で使われている言語であるアランディック諸語の言葉に由来するが」、本来の意味は「永遠、創られざる存在」とされ、この用語を巡っては論争が続いてい」て、「ドリームタイムやドリーミングという言葉を敢えて使わない動きもあ」り、「アランダ族の言語でドリームタイムに当たるアルチェリンガ(alcheringa)という言葉をそのまま用いるなどしている」（『ニコニコ大百科』）。 　三時代区分　アボリジニ神話では「ドリームタイム」を三区分して、�@ 「始まりの時代」（何も存在しない暗黒の時代）、�A「創造の時代」（ドリーミングにより天地や動植物が生まれた時代）、 �B「伝承の時代」（現代を含む時代）とする。アボリジナルは部族の歴史や生きるために必要な知恵といった「創造の時代」の考えを、 絵を描いたり歌を歌うことで語り継ぎながら生きてきた。「伝承の時代」の現代では、そのような痕跡をたどることを「ドリーミング」と呼んでいる（「アボリジニのドリームタイム」『ようこそシドニー』）。 　アボリジナルは、この三時代を区分しつつも、意識は三時代を生きているのであり、「過去（暗黒時代・創造時代）の意識が現在（伝承時代）の意識の内に生きて働いているということ、アボリジニの場合、このことが特に顕著である」（二宮公太郎「アボリジニの神話伝承」『地域環境に関する歴史的・文化的・社会的研究』２００７年）ともいえる。 　暗黒時代　北部オーストラリでは、「夢の時代」の「まだ太陽は輝いていなかった」頃、結婚を反対されて「部族を離れようと心に決めていた娘」がいて、厳しい自然の中に逃げ出し疲労困憊したが、「祖先の精霊たちもあまりにも娘がかわいそうになり、そっと天上の静かで安らかな所へと引き上げてや」り、おかげでその娘は天上界で充足した生活を送り、「私はもう地上には戻れないけれど、何とかみんなのお役に立」ちたいとして、「天上の火」を造ってやり、これが太陽になったとする（「アボリジニとは・・・？」[The Japanese school of Melbourne]、二宮公太郎「アボリジニの神話伝承」『地域環境に関する歴史的・文化的・社会的研究』２００７年）。 　しかし、太陽は、暗闇を照らし、火をつくってくれたが、一方では、乾燥、灼熱をももたらした。 　河川などの水辺の地方で、夜明けに騒ぐカササギと太陽を結びつける次の創造時代の「別の伝承」がある。それによれば、「“夢の時代”、太陽は既に在った」が、「下にもう一つの空が覆っていて、地上は暗かった」ので、「カササギたちが力を合わせ、下の空を退かそうと持ち上げて運んでいた」所、「彼らは誤って下の空を地面に落とし、下の空は粉々に砕け散っ」て、「太陽が現われ」、「以来、夜明けにはカササギたちが騒ぐが、誰も文句を言わない」（二宮公太郎「アボリジニの神話伝承」『地域環境に関する歴史的・文化的・社会的研究』２００７年）というのである。 　アボリジナルは、恐らく各地の特徴に応じて、暗黒時代の太陽、創造時代の太陽の神話を創造したのである。 　創造時代　「夢幻時（ドリームタイム）」という世界観」では、「世界は目覚めているときと眠っているときの二つに分けることができ、眠っているときは夢の世界で暮らし、その生活こそが真実で、目覚めている時の生活は幻でしかない」（「虹蛇　Rainbow Serpent」[minamo.sakura.ne.jp]）とする。これは、厳しい暑さの日常生活は幻であってほしいという願望の現われかもしれない。夢の世界では、「石も動物も人も、皆同じ「精霊」として暮らし」、「死ぬということがないので、大昔の精霊達が今も暮らしていて、世界の始まりを教えてくれ」（「虹蛇　Rainbow Serpent」[minamo.sakura.ne.jp]）るとする。 　このように、アボリジナルにとっては、眠っている夢の世界では、精霊が活躍する「創造時代」なのである。つまり、「「Dreamtime」（夢の時代）」には「大地が生まれ、宇宙が創造され、動植物が独自の形になった遙か昔、全能の神や精霊たちが活躍」し、「アボリジニにとって祖先は常に身近な存在であ」り、「現代と過去の隔たりは曖昧で、神話を語ることで彼らは今も『夢の時代』の頃を生きており、それが『今を生きる』アボリジニの人々の証しであり、誇り」（「アボリジニとは・・・？」[The Japanese school of Melbourne]）だとも言える。「アボリジニは、天地創造の時代（ドリームタイム）から現在にいたるまで存在する精霊を信仰の中心とし」、「この精霊こそが、自然界のすべてを創造し、伝統的な儀式を司り、踊りや歌や絵画などさまざまなものに生命を吹き込むのだと信じている」（［エアーズロックの達人.com HP 2006.12.20］）。 　そして、「この夢の世界で最も偉大な精霊が虹蛇とされ」、創造時代に全ての生き物が虹蛇から生まれたとする（「虹蛇　Rainbow Serpent」[minamo.sakura.ne.jp]）。次には、この虹蛇を掘り下げてみよう。 　虹蛇信仰　虹蛇とは、「アボリジニ各部族が崇拝する蛇の精霊で、形や色、大きさは様々だが、肌には自分を崇拝するアボリジニの各部族を示す色とりどりの模様があったといわれ」、「虹蛇は泉や湖の底に棲み、生物にとって最も大切な水や雨を自由に操」り、「生命を司る精霊とも呼ばれ、すべての生物は虹蛇から生まれたとされた」。そして。「トカゲや蛇、カタツムリといった地面をはう生物が水辺から離れようとしないのは、虹蛇に付き従っていると考えられたからである」された。また、虹蛇は、「世界で一番古い精霊で、これまでに起きた全ての出来事を覚えている知識の精霊でもあ」り、「そのため、祖先の霊や古い霊を大切にするアボリジニの人々は虹蛇を最も偉大な精霊として深く崇拝し」、「特に虹蛇が棲むといわれた泉などでは、その怒りを買わないように多くのタブーが決められていた」（「虹蛇　Rainbow Serpent」[minamo.sakura.ne.jp]）。 　七色の虹と蛇との関連は、各部族の多様性を示すと同時に、それらの巨大さを示すのであり、遠い山や川の上に「この巨大な虹蛇がのたうちながら行った」結果、巨大なスケールで「平地や川や山脈、要するに大地の地形」が造られたともするのである（二宮公太郎「アボリジニの神話伝承」『地域環境に関する歴史的・文化的・社会的研究』２００７年）。 　「熱と乾きを与える太陽は危険な存在で、夜の涼しさを与える月は生命の恵みをもたらすものと考えられ」、虹蛇は、「精霊たちの中でも特に月の精霊、月男と仲がいいと伝えられ」、「月の明るい夜に、虹蛇の棲む泉を月男が訪れることがあ」り、「虹蛇は、睡蓮の根と貝で月男をもてなし、二人きりで世界の秘密について話し合」い、「月男は天から見える全てを、虹蛇は大地で起こった全てを話し、これから世界をどうするかについて相談」し、アボリジナルは、「もしこの会話を聞いてしまったら、呪いを受けて石の像と化してしまう」とされた（「虹蛇　Rainbow Serpent」[minamo.sakura.ne.jp]）。 　なお、創造時代の月については、別の神話がある。「ジャバラという優秀なハンターがい」て、「彼の妻は、話し好きの男と夢中になって話していて、その間に幼い娘が小川で溺れ死んでしま」い、「怒ったジャバラは妻を殺してしまった」。しかし、「心優しい精霊たちは、二人の亡骸を天上に引き上げ、蘇らせた」ので、「反省したジャバラは、一緒に暮らせるよう精霊たちに頼」み、「宇宙のなかで探し出すことを条件に、それは許され」、「ジャバラが宇宙を漂いながら焚くキャンプの火が、月に見える」（二宮公太郎「アボリジニの神話伝承」『地域環境に関する歴史的・文化的・社会的研究』２００７年）というのである。これも、月明を説明した神話である。 　また、明けの明星の由来については、アボリジナルは、人間の敵を燃やす炎として、人間に夜明けの励ましを与えている。「人間を捕らえて食う巨大なワシタカがい」て、「彼には人間の妻が有り、妻の母親と妻の友人、合わせて三人の女と、巨大な木の上で暮らしていた」。 人間たちは、「このワシタカを退治しようとして、キツツキと木登りネズミに頼」み、そこで、「キツツキと木登りネズミは、木の途中で一泊してワシタカの小屋に近づき、火を付けた」所、「ワシタカと女たちは、みな焼け死」に、「ワシタカの燃える炎が、明けの明星となっ」（二宮公太郎「アボリジニの神話伝承」『地域環境に関する歴史的・文化的・社会的研究』２００７年）たというのである。 　さらに、ニューサウスウエールズ地方に住んでいたウィラジェリという部族では、南十字星の由来に関して　「空の王が赤土から二人の男と一人の女を造った』所、「男の一人が飢えて死」に、「死の精霊が死んだ男を白いユーカリの木のホコラに押し込めた」。すると、「雷が起こり、精霊と男ごと木を引き抜いた」所、「木は銀河の近くまで飛び、そこに根をおろし」、「やがて木だけが見えなくなり、死の精霊の二つの眼と最初に死んだ人間の二つの眼が光っている」（二宮公太郎「アボリジニの神話伝承」『地域環境に関する歴史的・文化的・社会的研究』２００７年）とする。死の精霊、死んだ人間の眼が光り輝いたものとしたのである。 　明けの明星、南十字星は虹蛇とは直接関係はないが、創造時代の虹蛇神こそ、「人間をはじめとして土地、動物、植物などすべてを創造し」、「すべてを創造し終わると、創造神は、自らが創造した被造物のどれかに化身して大地の中に潜んだ」のである。そして、「精霊は自由に大陸上を動き回り、その精霊が出産適齢期の女に乗り移ると子供が生まれ」、その結果、「精霊が宿っている動物、植物などをトーテム（超自然的関係で結ばれている事）として、各部族は信仰の対象とし」、また「精霊が宿り、やがて死んでまた生まれ変わっていく場所を聖地」として大切にしていた（［エアーズロックの達人.com HP 2006.12.20］）。アボリジニの人々は、膨大な量の「夢の時代」＝創造時代の伝説を伝えてきて、「その多くは、毎日の生活に大切な、さまざまな動物の起源や特性を代々語り継いでいる」。 アボリジニの考える天地創造の時代に、「大地が形成され、人間も含めた動植物が生命を与えられた」とされる（「アボリジニとは・・・？」[The Japanese school of Melbourne]）。 　次に、この虹蛇などの世界・生物創造の一端をもう少し瞥見してみよう。 　虹蛇ウングトの世界・動物創造　「夢の世界が始まったときには、海以外の何も見当たら」ず、「その海の底の泥が集まって生まれたのが、最初の精霊、虹蛇ウングトとされ」、ウングトは、「世界が寂しすぎるので、陸地を作ってそこを命で満たそうと考え」、「海面に高く体を持ち上げて、何度も何度もブーメランを飛ば」し、「ブーメランの触れた海面にたくさんの泡が立ち、その泡が固まって陸地とな」り、「ウングトは、泡から作られた大地にはいあがり、たくさんの卵を産」み、「その卵から精霊たちが生まれ、さらにその精霊たちが生物を生んだので、世界は多くの動物が暮らすようになった」（「虹蛇　Rainbow Serpent」[minamo.sakura.ne.jp]）という。 　始祖蛇エインガナと人間誕生　アボリジニナルのポンガポンガ族は、「自分達の崇拝する虹蛇エインガナこそが最も古く偉大な精霊だと信じ」、「世界や人間を作ったのもエインガナの業績だと伝え」、「そのためこの虹蛇は『始祖蛇』と呼ばれていた」（「虹蛇　Rainbow Serpent」[minamo.sakura.ne.jp]）。 　ドリームタイムの最初は、「エインガナという一匹の虹蛇が、無限に広がるピエインガナという砂漠に暮らしているだけ」であり、「エインガナは、何もない砂漠に飽き飽きしていたので、水、石、風、山、空、火、動物など地上に存在する全てを生み出し、世界をにぎやかにした」（「虹蛇　Rainbow Serpent」[minamo.sakura.ne.jp]）。 　最後に、「人間を身ごもるが、その時エインガナは激しい陣痛に襲われ」難産に直面した時、「古い精霊バルライヤがやってきて」、「バルライヤはエインガナの肛門に槍を突き刺して、腹を切り裂い」て「人間が生れ落ちた」。しかし、「生まれた人間達はエインガナに見向きもせず、遠くへ逃げて」行ったので、こうした「人間の勝手さに怒ったエインガナは追いかけて全員を飲み込んでしま」い、「人間達が忠誠を誓うまで腹の中から出してやろうとはしなかった」。エインガナが人間生死の運命を握っていたのである（「虹蛇　Rainbow Serpent」[minamo.sakura.ne.jp]）。 　始祖蛇エインガナから、人間のみならず水、石、風、山、空、火、動物など地上に存在する全てが生まれたように、アボリジニたちにとって、「人間と人間以外の動物との間に境界は無」く、「彼らは、自分がワラビーの子孫だとか、コアラの子孫だとか、言ったり」、また、人間と「自然のあらゆる事物との間にも境界は無」く、「天体や気象現象に関わる神話の中に、顕著に現れ」、「 空間的な距離や高さについても、区別するという観念が基本的に無い」（二宮公太郎「アボリジニの神話伝承」『地域環境に関する歴史的・文化的・社会的研究』２００７年）のである。 　エアーズロックの虹蛇ワムナビ　エアーズロックは、「アボリジニ各部族が崇拝する蛇の精霊で、形や色、大きさは様々だが、肌には自分を崇拝するアボリジニの各部族を示す色とりどりの模様があったといわれ」、「虹蛇は泉や湖の底に棲み、生物にとって最も大切な水や雨を自由に操」った（［エアーズロックの人.com HP 2006.12.20］）。エアーズロックは、あくまで虹蛇の隠れ棲む岩ということのようだ。 　つまり、世界最大の岩山エアーズロック（アボリジナルはウルルと呼ぶ）には、「今でも強い力を持つワムナビという虹蛇が棲んでおり、そのはるか地下で数百メートルもある体を横たえているといわれ」るが、「ワムナビが目覚めの世界を嫌っていて、他の虹蛇達が目覚めの世界を作った事を快く思っていないから」、「偉大な精霊であるワムナビは人々から崇拝されていない」。またワムナビは、「肉体は目覚めの世界にだけ必要なもので、精霊だけが暮らす夢の世界には必要ないと考えているため、あえて肉体を持とうとしない」ので、「彼は、今でも私達が見ることも触れることもできないまま、エアーズロックの地下に潜んでいるとされる」（「虹蛇　Rainbow Serpent」[minamo.sakura.ne.jp]）。 　オルガ山脈の虹蛇ワムナビ　オーストラリア北西の高山オルガにも、「エアーズロックの虹蛇と同じワムナビという名前の虹蛇が棲んでい」て、「このワムナビは「美しく輝く虹の蛇」といわれ、全身から虹のような光を放ち、長く豊かなヒゲと首筋にそって長いたてがみを生やし、鋭い牙を持っていた」。ワムナビは、「山の中腹にある泉に棲むとされ、彼が息を吐くと気持ちよい風になるが、山で彼を侮辱したりするとその風は暴風に変わり、汚した人間を探すために山を降り、その魂を奪うまでは怒りを和らげようとはしなかった」ので、「アボリジニの人々はオルガ山に登るときには虹蛇を怒らせないよう注意していた」（「虹蛇　Rainbow Serpent」[minamo.sakura.ne.jp]）。 　カンガルーの創造　「夢の時代」が始まってほんの間もない頃、この地にはカンガルーは一匹もいなかったが、「ある日、男たちが狩りに出かけると、突然今まであったこともない、ひどい暴風に見舞われ」、「動物たちが必死に風に立ち向かってい」たが、「動物たちは疲労困憊してはいるものの、好奇心旺盛のようだった」。動物たちは、「日陰と草と水を探し始め、それらをすぐに見つけ」、「ここが、動物たちが住みたいと思っていた所にぴったりの、まさに理想の場所」であり、こうして「カンガルーは、オーストラリアのブッシュヤ山岳地帯のほとんどと同じように、アーネムランド（ノーザンテリトリの地名）にも数多くいて、自由気ままに歩き回っている」（「アボリジニとは・・・？」[The Japanese school of Melbourne]）。 　カモノハシの創造　創生期のオーストラリアでは、「最初の人間たちが沿岸地域から内陸へと移動を開始し、最初の動物たちが安住の地を探していた頃」、「あるところにカモの群れがいて、『一羽の幼い雌ガモ』が冒険して群を離れて、網にかかり、それを、『巨大な水生ネズミ』が助けてくれ、『おまえはわしのものじゃ』と言いつつ拘束した」が、カモは逃げ出し、仲間のカモの群に戻り、やがて産卵したが、孵化すると、「硬い茶色の毛で覆われ」、四本の水掻きを持ち、後ろ足には水生ネズミの「鋭い爪」がつき、仲間から怖がられ」、仕方なく仲間から逃れて生活し、ここに「カモでもなくネズミでもない新種のカモノハシが誕生した」とする（「アボリジニとは・・・？」[The Japanese school of Melbourne]）。 　コアラの創造　創造期のオーストラリアでは、コアラ（現地語で「水を飲まない」という意味）がユーカリで水分補給して水を飲まないということを、「クーボルという名前の孤児の少年」の物語で説明した（「アボリジニとは・・・？」[The Japanese school of Melbourne]）。 　諸部族の統一　上述の諸部族はこうしたドリームタイムの創造神話で統一を維持している。諸部族は、「その内部のみならず部族同士の複雑で広範囲な諸々の関係を有し」、「Dreaming（ドリーミング）のいろいろの部分を組み合わせた繰り返し歌がそれぞれ異なった地域と結び付いていて、大陸の正反対の所まで広が」り、「様々な出来事の情報は短期間に何百マイルも離れた所に届」き、「いろいろな品物（そのほとんどが象徴的な性質のものであった）が、広範な地域にわたって取引され、時折、大人数のアボリジニーが一同に集まって、儀礼的な共同体の集会を催し」、この集会はcorrobor（コロボリー「確証」）と呼ばれる。食糧は、「伝統的にアボリジニー社会の集団の全構成員に分配され、『富』の『私的』貯蓄を誰かが望むということは無」く、「労働は必要に応じて、あるいは必要に備えて、実行されるだけであ」り、「残りの時間は、集落の生活と文化に費やされた」（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）。 　このように、諸部族は、「一連の創造神話」である「『Dreamtime（ドリームタイム：夢の時代）』に基づく伝承的知識と法の複合体系」によって、「部族組織、社会的義務、行状、土地との関係の基本を定め、過去、現在、未来の繋がり」を維持するのである。そして、「集団の決定は、年長者達（普通、男性）と幾人かの女性達とによる協議でなされ」、「この女性達とは、自分達の独自の社会的、又は儀礼的な活動の他、集団全体の社会的、文化的、経済的営為に加わっている人々であった」（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）。 　「ドリームタイムの物語は、崇拝の対象として、何世代にもわたり語り継がれ」、「それらは神秘的な儀式や習慣にも多大な影響を与え」、「ドリームタイムの継承には、カラフルで象徴的で熱狂的な歌と踊りの儀式が執り行われる」（「アボリジニに伝わる天地創造の神話『ドリームタイム』」[Australia Direct Source]）。 　それでも、北部準州で指摘したように、諸部族は決して一枚岩ではなく、内部に軋轢を抱え込んでいたのである。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　δ　アボリジナルの土地　 　土地に対する関係　伝統的オーストラリア先住民の世界観は、土地を舞台にして、「ドリームタイムという彼らの祖先が創造したとされる完全無欠の神話世界を、時空を超えて実現するというもの」（金城秀樹「オーストラリア先住民の土地所有」）である。天地創造の神話『ドリームタイム』」では「人間も自然の一部として認識し、動物や植物などと一体であるという精神世界を反映したもの」で、「自然との共存を図るため、さまざまな知恵や生活習慣を生み出し」（「オーストラリア教育旅行ガイド」[情報提供：オーストラリア政府観光局]）のである。つまり、「儀礼を通じて一体化する神話世界とは、空間であり、自然であり、具体的には土地であ」り、「伝統的先住民はこのような土地と精神的に結びついており、この空間、すなわち土地の範囲はドリームタイムに定められたものであり、それは人為による変更が不可能なものとされている」（金城秀樹「オーストラリア先住民の土地所有」）のである。 　このように、土地に対する関係は、観念的と経済的という二重の関係となる。つまり、「血縁で結ばれた各伝統的先住民の集団は一定の範囲の土地を観念的に支配しているのであ」り、「他方、実際の生活においては、自然条件によって規定されて細分化された各集団がそれぞれ土地を占有するが、狩猟採集生活の中では、ある土地の占有状態は固定的ではな」く、「すべての先住民は、出生と共に父系出自にもとづく血縁集団の成員であり、同時に（狩猟）経済生活上の集団の成員であ」り、「人類学では、前者は land owning group（土地所有集団）、後者は land using group（土地使用集団）として区別する」（金城秀樹「オーストラリア先住民の土地所有」）という。しかし、アボリジナルは、土地の所有、支配、使用などを区別などしているのであろうか。アボリジナルにとって、土地は食料の供給源であり、疲労を癒す寝具であり、神と交流する舞台であり、神によって創造された自然世界であり、そこには土地の所有、支配、使用などといった区別などはありえないというべきであるが、その土地の食料供給には限界があり、その土地の扶養人数は決まってくるから、その限りでの土地支配範囲が決まってくるだけである。人口の増減で、土地所有規模と土地使用規模に相違がでてくるだけであり、絶えず土地に対する柔軟な神の調整がなされるであろう。 　生活の土地　アボリジニーの土地との関係は、食料確保の土地と、聖なる土地とにおいては異なってくる。前者から見れば、「耕作、狩猟、採集、それに火の使用による環境の広範囲な変更を通じて、土地は、アボリジニー社会の基礎をな」し、「実際、特定の草木を増やすための火の使用、そしてこれに並行する、ワラビーやカンガルーなどの動物の放牧は、非常に広範囲に行われたものであり、オーストラリアの生態系はたった一人の人間による人工物ではないかという議論がされているほどである」。土地は又、「アボリジニーの社会組織の基礎をも提供し」、「いくつかの特定の氏族が、特定の区域の使用と世話の、諸権利それに特定の諸義務を持っている」。 　聖地　後者聖地を見れば、アボリジナルの「集団や個人は、精霊が住まう、聖地のある特定のカントリー（故地）に帰属し、自らのカントリーの声に従い、いつくしみ、世話をする（care）責任をも」ち、「イルカラやジャビルカのアボリジニが鉱山開発に反対したのは、聖地が破壊されるという理由からであ」り、「土地の返還が進むにつれて、開発か環境保全かという二者択一ではなく、先住民族の「生活・文化圏」としての土地・水域のあり方が議論に登場することになった」（鎌田真弓「オーストラリア先住民族によるランド・マネジメント──アーネムランド、カカドゥ国立公園、ニトゥミラック国立公園──」 『NUCB journal of economics and information science』、４９−２、２００５年３月）。狩猟と採集の権利は、「部族集団の中の誰もが例外なく持っていて」も、こうした「聖なる区域についての権利と責任、そしてある特定の場所と関連する「Dreaming :ドリーミング」の物語は、「ある特定の氏族の管轄に置かれ、その氏族の構成員によって口頭で代々継承されていく」（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）のである。聖地の管轄者は全部族ではなく、特定部族なのである。 　このように、アボリジナルにとって、土地は「食料確保の土地」にせよ「聖なる土地」にせよ、手付かずの野生の土地ではないのである。「アボリジニの人たちにとって自然環境たる「土地」（＝カントリー）とは「人間がきちんと世話をしてこそ正しく保たれるもの」であり、「『手つかずの自然（wilderness）』とは、話や儀礼の営みを通じての人間との繋がりが亡くなってしまった土地、つまり、「謡も儀礼もない土地」を意味する」から、「アボリジニの人たちの自然環境に対する認識は『手つかずの自然の保護』を主たる目的とする環境保全の考え方や国立公園管理のあり方とも衝突を起こ」（鎌田真弓「オーストラリア先住民族によるランド・マネジメント」）すことになる。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 (ｲ)　アボリジニの虐殺 　入植者のアボリジナル虐殺　イギリス侵略・虐殺を支えたのは「社会ダーウィニズム」であり、それによれば、「人類に進化の位階があり、あらゆる階級と人種のうち、上流階級の西洋白人男性は生まれながらにして優越した存在なのであ」り、「自分達よりも洗練されていない技術しか持たず、中央集権的政治構造や土地の固定した私的所有制をも持っていなかったアボリジニー達に遭遇した時、アボリジニー達はやがて死滅することが不可避な、原始的な『石器時代』の人間達であるとの見解が取られ」、「従って、アボリジニー達の殺害は殺人とはならず、優越した進んだ文化と劣等の死滅しつつある文化との衝突の不可避の結果とされ」、実際、「ほんの数年前に至るまで、ほとんどの学校の生徒は、アボリジニーは死滅しつつある人種であり、彼らが生き残れる道は、唯一、白人社会への同化なのだと教えられていた」（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）。 　当初の「入植者達がそこにずっと居座るだろうことがやがて明らかになった時、アボリジニー達は親切と分与という、彼らの伝統的な対応をよく行」ない、「こうした対応はほどなく不適切になった」が、「白人達による殴打、銃撃はすぐに紛争を引き起こし、報復合戦に発展し」た（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）。当初のアボリジニ殺害は水・食料が原因だった。白人達は、「新しくある地域を奪い取った（植民した）時」には、「水利のある最良の平地へ素早く移動し」、「その為アボリジニー達はどんどん、高所の乾燥し辺鄙な土地へと追いやられ」、「アボリジニー達が川や井戸に近付こうとして銃撃されることはよくあ」り、「多数のアボリジニーが数少ない水資源と食糧の周りに集まっていたので、水と食糧の供給に対する圧力が大きくなり過ぎた時には、無数の者が餓死した」（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）。 　やがて、「入植者の無秩序な拡大は、多くの場合、アボリジナルとの土地をめぐる血なまぐさい争いを伴ってい」て、「イギリスによるアボリジナルの征服は、実際には個々の入植者による小さなアボリジナル集団への攻撃として進められ」（山本真鳥編『オセアニア史』９７−８頁）た。そして、アボリジナル殺戮は常態化し、「アボリジニー狩りと呼ばれ、カンガルー狩りとほとんど同じ様な調子で行われ」、「これらの殺戮は公認のことがよくあ」り、「白人はほとんど、アボリジニー殺害の故に裁判にかけられる事はなかった」。「あるアボリジニーの集団の数少ない生き残りが伝えた事件」によると、「何人ものアボリジニーの赤ん坊が首のところまで土に埋められ、それらの首はどれだけ遠くに飛ばせるか競争するために蹴り飛ばされたり、「同時に女性達は計画的に強姦され、そして膣を貫いて身体を串刺しにして殺され」、「最後に男性達は生殖器を切り落とされ、放置されて出血多量で死んだ」（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）のであった。 　オーストラリア南部のニャンガ（オーストラリア南部のアボリジナル）は、「白人入植者を死後の世界から蘇った先祖の霊」と見ていたから、「イギリス人の入植を抵抗なく受け入れた」が、１８３４年入植者はニャンガ慣習と衝突して、「ピンジャラの虐殺」をひき起こした（山本真鳥編『オセアニア史』９５−６頁）。 　１８５０年代までに、「アボリジニーのオーストラリアのうち、沿岸地帯のほとんどが、侵略されており、公然と殺戮の行われることは無くなったが、アボリジニーの集団に対する襲撃事件は、クイーンズランドとノーザン・テリトリーで１９３０年代に至るまで報告されている」。１９００年までに「大陸はほぼ全体が植民地にされ、遠隔地や島嶼部に住む僅か一握りのアボリジニー達が部族的な生活を送っているだけとな」り、「アボリジニーの大半は全国約２５０ヶ所」の 宣教師定住地又は居留地に集められた。「強制的な家族の離散、英語の使用と白人の習慣の強制等を通して、部族の言語や習慣は破壊され」、「畜舎のような施設で、アボリジニー達は、賃金も与えられず、砂糖、小麦、紅茶、タバコの生産のために働いたが、強力であった労働組合運動からは何らの支援も無」く、「自分達の所の黒人を処遇するためのアイデアを得ようとして」「宣教師定住地や居留地におけるこのような「アパルトヘイト」は南アフリカ共和国から調査団さえやって来たくらい」であった（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）。 　さらに、アボリジニーの最も大事な聖地、儀式も汚され、絶たれ、精神的「虐殺」がなされた。「アボリジニー達の聖地は、ある時は無意識に、しかしそれ以上頻繁に意図的にその神聖さを冒涜され」、「儀礼上の営みは徹底的に打ち砕かれ」、「黒人達のいかなる大規模な集いも、植民者達の集落に対する潜在的脅威と見なされて、解散させられた」。「残虐な形で解散させられる事も稀では無」く、「『ドリームタイム』伝説の、ある世代から次の世代への伝承は、諸々の部族集団の非常に多くの構成員が死亡したり離散したために、破壊されてしま」い、「自分達の伝統的な土地を強奪されたことの心理的、又社会的影響が、巨大な衝撃を与えて、道徳的頽廃が生まれ、又一方で、アルコールによって事態が一層悪化する中で、数多くのアボリジニーの集団の部族的生活の解体が進行した」（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）。 　白人侵略者の病原菌拡散　１７世紀に来たマカッサルのナマコ漁師、「西部やタスマニアにきたオランダ」人は定住しなかったので、「アボリジナルは１８世紀の末まで、まったく独自の発展をとげ」（山本真鳥編『オセアニア史』７９頁）た。 　次のイギリス人入植者は、「アボリジナルの狩猟場を農地や牧場に転用することで開拓を進めた」（山本真鳥編『オセアニア史』９５頁）。さらに、アボリジナルは、「入植者のもたらした、天然痘に類似した病気、梅毒、インフルエンザ、はしかなどによって人口の崩壊を経験し」、「オーストラリア島南部の多くの言語集団は消滅した」。この結果、１９世紀半ば、「タスマニア島の先住民はほぼ全滅」し、「ヴィクトリアとニューサウスウェールズのアボリジナルの人口は、１０分の１以下になった」（山本真鳥編『オセアニア史』７９頁）。「特に天然痘や諸々の性病が多大の犠牲者を生み、白人の入植地の境界を越えて急速に広ま」り、「多くの場合、既に天然痘や腸チフスなどの病気にかかっているアボリジニーの集団に毛布が配られたことで一層増加した」（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）。 　特に大きな被害をもたらした天然痘のオーストラリアへの導入・流行過程を見てみよう。まず、「最初の艦隊のシドニー湾上陸後１５ヶ月が経過した１７８９年に、シドニーの新しいヨーロッパ人居留地近くのアボリジニの間で、天然痘の大流行が確認され」、「天然痘はまたたくまに、東南オーストラリアに居住するアボリジニの人々の間に広範囲に広まった」。次に、ノエル・バトリンは、「１７８９年と１８２９年の天然痘の大流行が、アボリジニの人々に与えた人口統計的影響を分析し」、「彼は、それらの流行が、１９世紀前半における東南オーストラリア居住のアボリジニ人口衰退の大きな要因になったと論じた」。最後に、１９世紀後半にもオーストラリアで「天然痘が散発的にヨーロッパ人の間で発生し」、「アボリジニと天然痘の歴史が再び興味をもって呼び起こされた」（坂口清ら「オーストラリアにおける天然痘の歴史と”伝説”」『国際協力論集』１２−２、２００４年１０月）のである。こうして、天然痘の流行には、１７８９年、１８２９年、１９世紀後半の三つの大きな波があったのである。 　こうした伝染病によって、アボリジナル人口は、入植当時に５０万ー１００万人いたが、１９０１年６万人、１９２０年頃には７万人に減少したのである。こうした「伝染病によるアボリジナル人口の激減、アボリジナルが家族を中心とする社会単位で生活し、大規模な武力的抵抗ができなかったことは、入植者の侵略のコストを最小限におさえた」（山本真鳥編『オセアニア史』９５頁）。病原菌は、武力以上に、侵略者の「先住民アボリジナルの減少による土地収奪」に寄与することになったのである。 　以後、アボリジナル人口は、１９８０年代初頭１６万人、１９９６年には３５万人、２００８年頃４０万人に回復した（山本真鳥編『オセアニア史』７９−８０頁、石出法太・みどり『オーストラリア・ニュージーランドの歴史』３２−３頁、３８頁）。 　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(h) 　タスマニア・アボリジナル大虐殺　 　タスマニア植民　１８０３年、ボーエン海軍大尉は、「フランスの周辺地域進出を抑止するため」にも、タスマニアのダーウェント河畔に入植地を開くことを重視した事から、懲罰居留地タスマニアは「NSWに次ぐ規模の植民地」（関根政美ら『概説オーストラリア史』３２頁）となる。同年、D．コリンズ海軍大佐は、ポートフィリップ湾（メルボルン湾）開発を断念して、１８０４年「タスマニアに拠点を移した」。コリンズは副総督に昇格し、「ホバートタウンの建設に力を注」（関根政美ら『概説オーストラリア史』３２頁）いだ。一方、キングNSW第三代総督は、W．パターソンをNSW副総督に任命して、タスマニアの北部ポートダーリンプル（現ローンセストン）を建設させた（関根政美ら『概説オーストラリア史』３２頁）。 　「オーストラリアの原住民と最初に接触したイギリス人ジェームズ・クックやジョゼフ・バンクス」などは、「彼らのことをインディアン呼んでい」た。「当時の英吉利人にとって、インドから東に連なる東南アジアやオーストラリアは東インドの一部であ」り、東インド会社の管轄地域であり、「初期の入植者たちも、日常的にインディアンという呼称を用いていたらしい」（藤川隆男『オーストラリア　歴史の旅』４１−２頁）。 　１８世紀末では、まだ「原住民たちはアボリジニズとかアボリジナルズなどとは一般に呼ばれなかった」が、１９世紀には「このような名称（アボリジニズ）が使われ始め」、１８２０年代には「アボリジナルズも一般化し始め、アボリジニという単数形も用いられるようにな」った。そして、インディアンは使われなくなり、１８３０年代には、アボリジニ（アボリジナルなど）、ネィティヴ、ブラックの三つが用いられ（藤川隆男『オーストラリア　歴史の旅』４２ー３頁）、前述のように、現在は「差別的な意味合いが強」いアボリジニは使用されず、アボリジナルが使用されている。 　士官ワトキン・テンチ（１７５８−１８３３年）は、著書『シドニーの最初の四年間』で、アボリジナルは、「繊細なアフリカ人や忍耐強く用心深いアメリカ人」、「優美で臆病な南海の島の住人」と比較して、「非常に見劣り」がして、「これほど文明からかけ離れた状態はほとんどない」とした。彼らは、「荒野中の獲物を求めてさまよい歩く野蛮人は、我々の本性を堕落させ、苦しめるすべての感情によって醜悪な姿になった生き物である」（藤川隆男『オーストラリア　歴史の旅』４７−８頁）と見下した。 　タスマニアでのアボリジナル大虐殺　タスマニアでは、「アボリジニは、自分自身の狩猟場を守るために戦えば、無差別の報復攻撃を受け、奪われた土地にある白人の作物や家畜に手を出せば、窃盗犯として射殺され」（藤川隆男『オーストラリア　歴史の旅』４７頁）た。 　この結果、１８１８年まで、アボリジナルは４千人から２千人に半減し、白人は３千人に増加し、１８２０年代には「牧羊業が飛躍的に発展」し、１８３０年代には白人人口２万３千人、羊１００万頭に増加した（藤川隆男『オーストラリア　歴史の旅』４９−５０頁）。 　アボリジナルは、「土地の無断使用に対する支払いを求めて、あるいは失われた名誉を回復するために、ヨーロッパ人の家畜を殺し、牧羊夫たちの小屋を襲」い、アボリジニと白人との対立が深刻化する１８３０年までには、「大部分のヨーロッパ人は『アボリジニはオラウータンに近い何物かである』」（藤川隆男『オーストラリア　歴史の旅』５２頁）と見下した。 　１８２６年１１月、副総督アーサーは、「入植者たちの強い要求に押されてアボリジニを武力で追い払う権利」を入植者に与えた。１８２７年、「アボリジニは民族の存亡をかけて最後の反撃を開始」し、「各地で入植者の小屋」を襲い、３０人の白人を殺害した。１８２８年１１月、副総督アーサーは、「定住地にいるアボリジニに対して戒厳令を布告」し、「理由のいかんを問わず、ヨーロッパ人がアボリジニを射殺しても起訴されない法的根拠が与えられ」、ここに「アボリジニに対する絶滅戦争は最終局面を迎え」た。１８２８−３０年、アボリジニ遠征隊は、６０人を殺害し、２０人を逮捕した（藤川隆男『オーストラリア　歴史の旅』５３−４頁）。 　１８３０年、アーサーは、「定住地に残るアボリジニを完全に争闘する作戦」を決定したが、「アボリジニがもはやほとんど生存していなかった」ので、２０００人の兵士・囚人・自由人が参加しても、２人を殺害し、２人を逮捕したに過ぎなかった（藤川隆男『オーストラリア　歴史の旅』５６頁）。 　この時、ジョージ・O・ロビンソンは、副総督アーサー要請で、「非定住地域に残るアボリジニを集め、白人の殺戮の手が届かない場所へ移住させる計画」に着手し、「先祖伝来の土地から引き離すことによってのみ、アボリジニをキリスト教化し、優れた文明の本質を教え込むことができると信じ」、１８３３年フリンダース島の収容施設に４３人、１８３４年には４３人を送り込んだが、彼らは食べない塩漬け肉を配給され、「多くの者は病気で狩猟ができ」ず、２年間で５１人が死亡した。１８３５−３９年には、１３４人のうち５９人が死亡した。１８４７年、「経費がかかりすぎる」という理由で「フリンダース島で生き残った４７人のアボリジニがタスマニア島」の「放棄された囚人収容所」に送られたが、「タスマニア政府は、彼らの滅亡を願って、最小限の支出さえも惜しむようにな」り、１８６８年には３人残るのみとなった（藤川隆男『オーストラリア　歴史の旅』５８−６０頁）。 　こうして、タスマニアでは、アブリジナルはほとんど絶滅させられた。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 (i) 　アボリジナル復権運動　 　奇妙と言うべきか、良心の呵責から当然というべきか、一方でオーストラリア植民地政府は、アボリジニを殺戮しつつ、他方でオーストラリア各州・連邦政府はアボリジニを復権させようとする。現在、「アボリジニの文化や言語は国家レベルで積極的に保護されており、それを後押しするための支援やサービスも充実、オーストラリアを代表する建築物には彼らの描いた絵画が飾られていることも多い」(平野智佳子「なぜオーストラリア北部準州ではアボリジニへの飲酒規制がおこなわれているのか？」[２０１８年６月２７日『SYNODOS』]）のである。なぜ、こうなったのか。 　近代のアボリジナル差別　各州政府が白人移植を有利に推進するために「非白人に対する差別政策」をとっていたので、連邦憲法起草者は、連邦政府がこれに介入することを恐れて、「オーストラリア連邦憲法には、国民（市民）ということばが書き込まれなかった」（山本真鳥編『オセアニア史』１３６頁）。 　２０世紀前半、「先住民保護政策の模範であるといわれたクィーンズランドでは、滅亡しつつある『純血』のアボリジナルを隔離し、保護する一方で、『混血』のアボリジナルを一般社会に拡散・同化して、アボリジナルを消滅させようとし」、こうして「保護の名のもとに、実際には二級市民が生み出され」、「対アボリジナル政策は、暴力による鎮圧から、保護による統制に変化した」（山本真鳥編『オセアニア史』１３７頁）に過ぎなかった。 　アボリジナルは、�@「保護という名の統制を受けただけでなく、低賃金の労働力として搾取され」、�A男（１９０９年）女（１９０４年）賃金の一部が強制貯金され、ほとんどが死後政府に没収され、�B「労働条件に不満をもったり、契約期限終了前に仕事を離れたり、契約の更新を拒否したりした場合には、・・対抗手段がなく、保護官の自由裁量によって・・強制移動させられた」（山本真鳥編『オセアニア史』１３７頁）。 　アボリジナルの差別撤廃運動　１９４６年５月１日、「オーストラリア北西部のピルバラ地域の８００人のアボリジニーの郵便労働者が、砂糖、小麦、紅茶、タバコだけの支払いに代えて、賃金支払いを要求してストライキを行」なった（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）。 　１９５０年代から「アボリジナルに対する差別的な法律が廃止」され、１９５１年に開催されたアボリジニ福祉会議で、ノーザンテリトリーの担当大臣ハスラックは「アボリジニや混血のアボリジニがやがて白人オーストラリア人と同等の生活をすることが望ましい」と発言し、アボリジニの白人社会へ吸収する同化政策が推進された（石出法太・みどり『オーストラリア・ニュージーランドの歴史』３５頁など）。 　１９６０年代の初め、「ノーザン・テリトリーのワッティ・クリーク（イギリス人の中で最も金持ちの男、ヴェスティ卿の所有）のアボリジニー達が賃金を要求してストライキを行」ない、同時に「自分達自身の土地の一部を返還するよう要求し」、「現代の土地所有権運動はここから開始されたのだった」（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）。１９６２年に、「アボリジニーの牧夫が賃金を受ける権利を求めた闘争に勝利し、従来憲法５１条第２６項および１２６条でアボリジナルを国勢調査の対象外と規定していたが、１９６７年にはこの差別規定が廃止され、ようやく１９６８年には、アボリジニー達は人口調査の時に人口として数えられるようになり、又、選挙権も持つようにな」（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWAなど）った。アボリジナルはオーストラリア国民として正式に認知されたのである。 　アボリジナルの土地回復運動　こうして北部のアボリジニ共同体の土地権回復運動に先導され、１９６０年代にオーストラリア先住民族の復権運動は本格化した。「アボリジニ共同体は当初から、それぞれのカントリー（故地）との繋がりが自らのアイデンティティの根幹であると主張し、特定の土地の管理や利用に当事者として関わることを要求した。オーストラリア先住民族の復権運動は土地権回復の歴史であったといえる」（鎌田真弓「土地資源管理と先住民族：カカドゥ国立公園を事例として」『 IPSHU研究報告シリーズ』広島大学平和科学研究センター、３５号、２００５年１１月）。 　「１９６０年代に顕著化したオーストラリア先住民族の土地権回復運動は、遠隔地での鉱山開発ブームに触発された部分が大き」く、「その後しばしば、先住民族の土地権・先住権の要求は経済の基盤を揺るがすものとして喧伝されたために、オーストラリア社会に疑念や反発を生じさせ、時には感情的な議論へと発展し」つつも、「そうした社会的不安を抑えながら、オーストラリアが過去４０年近くにわたって、土地権・先住権を実体化する法制度を整備してきたことは特筆に値」し、「特に、先住権や先住権原の概念が、英国およびオーストラリアの慣習法とアボリジニの土地利用に関する慣習法の妥協の産物として形成された点で、先進的な取り組みを行ってきた」（鎌田真弓「土地資源管理と先住民族：カカドゥ国立公園を事例として」『 IPSHU研究報告シリーズ』広島大学平和科学研究センター、３５号、２００５年１１月）。 　１９７２ 年、「土地権回復運動を宣伝するために、アボリジナルは６ヵ月もの間キャンベラの国会敷地内の芝生にテント大使館を作」り、アボリジニこそがもとのオーストラリアの住民であり、アボリジナルの土地権を認知することなどを要求した（「Land rights」『オーストラリア辞典』大阪大学、窪田幸子「オーストラリア・ナショナリズムの変化と先住民」『キリスト教文明とナショナリズム』国立民俗学博物館論集、２、２０１４年）。 　１９７５年には連邦政府の人種差別禁止法が成立し、広い分野での差別が禁止された（ステファニー・クープ「オーストラリアにおける人種に基づく中傷の禁止と表現の自由──イートック v. ボルトを中心に」『アジア太平洋レビュー』２０１３年など）。 　１９７６年に北部準州で思考された先住民土地所有権法が「オーストラリアで最も重要な土地所有権に関する法律」となる。「この法律は先住民たちが未譲渡の国有地とその他一部の土地に対する所有権を要求することを可能」にし、「先住民土地委員会は、請求者が伝統的な先住民の所有者であるか否かを判定し、請求された土地の譲渡から発生する可能性のある損失についてコメント」するものだからである（ディンカム・ジャパン「土地所有権」ディンカム・ジャパンのHP[ディジュリドゥとアボリジナル文化の専門サイト]）。 　多文化主義　１９８０年前後から、「オーストラリア社会で国民統合理念として採り入れられてきた『オーストラリア多文化主義』」（坂口清ら「オーストラリアにおける天然痘の歴史と”伝説”」『国際協力論集』１２−２、２００４年１０月）もアボリジナル復権の背景となる。アボリジニが固有の文化的特性を「国民的遺産」として自覚してきたことが、国民統合理念として多文化主義を打ち出したのである。 　この「オーストラリア先住民族の土地権・先住権の承認に至る過程」で、�@「様々なアボリジニ共同体が土地の所有・管理・利用の当事者として政治の舞台に登場し」、「既存の法体系への組込みを可能にするために、アボリジニ諸集団の再編成と組織化が行われて法人格が付与された」り、「伝統的集団が土地管理の主体として認められ」、�A「土地が持つ「資源」としての価値の多様化を促し」、「農牧畜・鉱物資源や観光資源としての商品価値のみならず、時代の流れとともに生物多様性や自然環境の保全が重視されるようになったが、同時に、土地はそれぞれのアボリジニ共同体の生活基盤であり、文化の根幹であることが認知されることとな」り、�B「土地へのかかわり方の多様性が認識され、土地の所有・管理・利用の概念が再検討されることにな」り、「伝統的なアボリジニの共同体としてのアイデンティティは、特定の土地との絆によって規定され」、「ヨーロッパ法的な「所有」概念に加えて、アボリジニの慣習法に基づく土地利用のあり方やアボリジニの自然観が認知され」、�C「こうしたアボリジニの「土地観」が現代オーストラリアの法制度の中に取り入れられ、特定の土地を対象とした適切な土地管理の制度が試行されてきた」（鎌田真弓「土地資源管理と先住民族：カカドゥ国立公園を事例として」『 IPSHU研究報告シリーズ』広島大学平和科学研究センター、３５号、２００５年１１月）。 　１９８７年に、ジョン・ピルガーが、「秘密の国」というドキュメンタリー映画で、「オーストラリアの歴史を断罪する見解を発表し」、「西部オーストラリアでの羊毛生産の成功の背景にある真実に気づくようにな」った。アボリジナルの犠牲である（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）。 　１９８８年の二百年祭（１７８８年フィリップによるシドニー湾領有宣言から２百年）ではアボリジナル犠牲の観点から、いくつもの批判がなされた。 　WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」（First published in 1988 by the ASF-IWA）は、「史上試みられた人種絶滅、アパルトヘイト（人種隔離）、そして今も存在する一般的な人種的偏見」を取り上げた。「今祝われようとしているのは、植民地時代のオーストラリアの国の神話であり、新しい「広大な」国を「開け放ち」「定住した」、勇敢な探検家達や逞しい先駆者達の神話である」が、「１９８８年が実際に意味しているのは、侵略の開始であ」り、「オーストラリア・アボリジニー達のほぼ全面的に近い人種絶滅を開始した侵略であ」り、「１７８８年１月２６日、ニュー・サウス・ウェ−ルズのボタニー湾に、残虐な刑務所植民地が建設されて侵略が始まった」（WHITEWASH「オーストラリアの２００年　もう一つの歴史」First published in 1988 by the ASF-IWA）とする。 　１９９１年オーストラリアでは、「拘留中のアボリジニの死亡に関する調査委員会」の報告書の勧告に従って、「アボリジニアとの和解評議会」が設立された。その後１０年の間、非先住系オーストラリア人と先住民族アボリジニとの相互を理解するための共同作業が、曲がりなりにも続けられた」（坂口清ら「オーストラリアにおける天然痘の歴史と”伝説”」『国際協力論集』１２−２、２００４年１０月）。 　マボ判決　１９９２年６月オーストラリア連邦最高裁は、マボ裁判（「トレス海峡の小さな島の所有権を先住民[マボ]とクイーンズランド州が争っていた訴訟」）で、「オーストラリアは『無主の土地』であるというヨーロッパ系の人々の間で伝統的な考え方」を否定し、「公有地における先住民の土地権原（「土地所有権よりは弱いものの、宗教や生活などを通じて土地との関係があること」）を認めた」のである（石出法太・みどり『オーストラリア・ニュージーランドの歴史』３７−８頁）。つまり、この判決の画期性は、「先住民族の慣習的土地利用が、当時の英国の慣習法（コモン・ロー）によっても有効な土地利用だったことを認め」（マボ判決）、「慣習法に基づき、先住民族が土地を利用する権利（先住権）の根拠となる先住権原を認めた」のである。『無主の土地』という慣習法が「「先住民族の慣習的土地利用」という慣習法に取って代わり、改めて先住権原が、「慣習法あるいは慣習にもとづき保持され、オーストラリアのコモン・ローによって承認される土地あるいは水面に対する先住民族の共同体的、集団的あるいは個人的な権利と利益」（先住権原法223条1項（a））とされたのである（「マボ判決」「先住民族/少数民族 - 先住民族の土地の権利」AMNESTY INTERNATIONAL）。 　１９９２年１０月には、連邦政府は、「この判決が意味するところを、全国的に研究する計画を発表」し、「州や特別地域の諸団体、先住民・トレス海峡諸島民組織、鉱山・牧畜関係諸産業などとの協議が行われ、最終的には１９９３年９月に報告書が提出されることになっ」たのである。まず、連邦政府は、「判決は土着民の権利という形で、オーストラリアの土地保有権に新しい要素を導入し、特に土地に対する他の利権との関連で、土着民の権利の定義と適用を明確にする必要が出てきた」とする。政府はさらに、「今後先住民やトレス海峡諸島民の権利保護とすべてのオーストラリア人が受ける恩恵との均衡を保つ政策の立案に努力する」と言う（ディンカム・ジャパン「土地所有権」ディンカム・ジャパンのHP[ディジュリドゥとアボリジナル文化の専門サイト]）。 　先住権原法　１９９３年、慣習法あるいは慣習にもとづき保持され、オーストラリアのコモン・ローによって承認される土地あるいは水面に対する先住民の共同体的、集団的あるいは個人的な権利と利益」が保証される先住権原法（Native Title Act）が制定され、形式上、国王の譲与のない未譲渡の土地に対し、先住民のかつての土地に対する権利が認められることになった」（金城秀樹「オーストラリア先住民の土地所有）。先住権原法 は、「ネイティブ・タイトルの承認と、イギリス法システムとの整合性を具体化するための制定法」であり、「必ずしも、先住民が長い間、慣習的に所有、利用してきた土地に対する権利をそのまま認めたものではないが、基本的には伝統や慣習が存在することが示されれば、従来の土地と先住民の特殊な関係を認める」（金城秀樹「オーストラリア先住民の土地所有）とされたのである。こうして、先住民が土地との慣習的連繋を明らかにできた場合、土地の返還あるいは補償の請求手続がなされることになる。 　この先住権原法が「オーストラリア全土に適用され、設置された先住権原審判所には多くの審査請求が出され」（石出法太・みどり『オーストラリア・ニュージーランドの歴史』３７−８頁）、「慣習による先住民族の土地の支配が認められるようにな」（「マボ判決」「先住民族/少数民族 - 先住民族の土地の権利」AMNESTY INTERNATIONAL）ったのである。先住民の土地に対する権利（native title，以下ネイティブ・タイトル）とは、「近代社会における土地所有とは全く異なり，共同体的権利であり、オーストラリアは国家政策として，国家法上の土地所有制度とは異なる土地の権利を認めたのである」（金城秀樹「オーストラリア先住民の土地所有）。 　先住民は、「土地の現実的占有を基礎としない土地上の利益を享受しうるとし、この場合、利益とは必ずしも経済的利益を指すものではなく、むしろ土地に対する精神的関係（spiritual relation）によりもたらされる精神的利益をも含むもの」である。先住民は、「精神的関係を有する土地を「自己のもの」とする明確な所有意識を持っているが、現実生活の中では，自己のものと意識する土地を、経済活動のために利用するとは限らず、場合によっては一生涯立ち入ることもない場合もあるとされ」、「したがって、このネイティブ・タイトルは近代的意味での、少なくともコモン・ロー上の概念での土地所有権（土地保有権）ではない」。土地に対する共同体的権利は、わが国においても「共有の性質を有する入会権」（民法２６３条）、「共有の性質を有しない入会権」（民法２９４条）として規定され、この場合の共有は総有とされる」（金城秀樹「オーストラリア先住民の土地所有）。 　先住者権利と放牧権利　１９９６年，連邦最高裁判所（High?Court?of Australia）は、「本来適用されないリースホールド上、すなわちパストラル・リース上にも、ネイティブ・タイトルを認めうるとの判決を下し」、パストラル・リースは、歴史的なその権利の創設の過程で、「この目的（放牧）で譲与されたリースは、許された範囲内で必要とされる牛の放牧、土地の耕作についての排他的な権利のみを被譲与人に与えたのであり、このリースは当該地域で狩猟するという先行する権利を先住民から奪うことは意図されてはいな」かった。「パストラル・リースは，排他的占有の権利は含まない。牧畜業者の放牧による排他的権利は、先住民の利用と（牧畜業者の）現実占有の権利が共存するものであり、それは相互的権利（mutual rights）である。」（金城秀樹「オーストラリア先住民の土地所有）とされる。 　「（当時のイギリス）政府の意図は・・・放牧場での放牧の排他的権利のみを与えたのであり、先住民が生活目的のため土地を利用することを排除するような土地の排他的占有を与えたのではない」（金城秀樹「オーストラリア先住民の土地所有）として、パストラル・リース上にネイティブ・タイトルを認めたのである。 　先住権原法にいうネイティブ・タイトルは、いわばわが国の民法でいう「共有の性質を有する」権利であり、パストラル・リース上のネイティブ・タイトルは、「共有の性質を有しない」権利に該当するであろう。ただし、「わが国の入会権は農業の補充的生産の場としての「山林原野への立ち入りと薪炭用雑木などの採取」の権利であり、ネイティブ・タイトルは先住民の主要な生産の場での権利である」。また、入会権は、「特定される共同体的枠組みを権利主体とし、その成員により、客体としての特定の土地の利用権、場合によっては所有権を内容とするものである」のに対し、ネイティブ・タイトルは、「権利主体である共同体の枠組みを、ホルド（horde）、クラン（clan）あるいは複数クランとするかにより、特定される土地の支配の範囲および排他性の存否も異なる」（金城秀樹「オーストラリア先住民の土地所有」）。 　「先住権原法による慣習法の承認とはいえ、先住民の社会構造の変化により、先住民固有のものと認められた権利を享受する先住民は、わずか先住民人口の５−１０％といわれており、多くの先住民は、すでにその伝統性を失い、国家内の主要な文化への同化を余儀なくされている」（金城秀樹「オーストラリア先住民の土地所有」）。 　　 　２００５年には、「オーストラリア全土の１６％、北部準州にいたっては約５０％の土地が先住民族の管理下にあり、その権利は海岸や海域にまでおよぶ」（鎌田真弓「オーストラリア先住民族によるランド・マネジメント──アーネムランド、カカドゥ国立公園、ニトゥミラック国立公園──」 『NUCB journal of economics and information science』、４９−２、２００５年３月）。 　　　 　２００８年２月、ラッド首相は議会でアボリジナルに対して、「政府としては初めて公式謝罪をおこな」（石出法太・みどり『オーストラリア・ニュージーランドの歴史』大月書店、２００９年、３２頁）った。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 (j)　 ニュージーランドでのマオリ虐殺 　最後に、オーストラリアの隣国ニュージーランドでも先住民マオリ族が虐殺されたことを見ておこう。 　ニュージーランド会社　１８３８年エドワード・ギボン・ウェークフィールドは資本金１０万ポンドでニュージーランド会社を設立し、１８３９年トーリー号を派して、品物（毛布、マスケット銃、銃、火薬、実弾、鉛板、鉄鍋、石鹸、タバコ、斧、鋤、鍬、釣り針、シャツ、ジャケット、ズボン、鉛筆、眼鏡、小ナイフ、ハサミ、はんかち、櫛など９０００ポンド以上）で「クック海峡を挟んで南北にまたがる２千万エーカー」を買い付けた。宅地１エーカーが、畑地１００エーカー付で、売りに出された（山本真鳥編『オセアニア史』１７２頁）。 　「ニュージーランド会社の創設者エドワード・ギボン・ウェークフィールドの考える植民地は、土地と労働と資本の均衡のとれたものでなければならなかった」（山本真鳥編『オセアニア史』１７１頁）。彼は、「ニュージーランドではマオリ族が無益な役立たずの土地を持っているにすぎ」ず、「ヨーロッパ人が手を加えてこそ土地は価値がでると考え」、「ニュージーランドを彼の考える最良の植民地にすることを夢見た」（山本真鳥編『オセアニア史』１７１−２頁）。 　１８４０年、ニュージーランドが、「オーストラリアのニューサウスウェールズから分離してイギリス領植民地として独立」（１７８頁）する。 　マオリを欺網　１８４０年１月に、本国政府は「マオリ首長となんらかの協定」を結ぶために、代理監督ウィリアム・ホブソンを派遣した。２月５日、彼は、ワイタンギ条約の内容を説明したが、「大部分の首長はこの条約に反対意見を述べた」。だが、「キリスト教改宗者であるマオリ首長、特にシガブヒの首長タマティ・ワカ・ネネがその流れを変え」、２月６日４５人の署名を得て、彼らには「毛布二枚とタバコ」が与えられた（山本真鳥編『オセアニア史』１７４頁）。 　このワイタンギ条約は、�@「マオリの首長たちは彼らの持っているすべての権利をイギリス国王に全面的に譲渡すること」、�A「マオリ所有の土地、森林、水産資源などはイギリス国王によって完全に保障され」、「マオリが土地を譲渡したいと希望する場合にはイギリス国王に先買権があること」、�B「マオリにイギリス国民としての特権が与えられること」がうたわれていたが（山本真鳥編『オセアニア史』１７４頁）、宣教師ヘンリー・ウィリアムズのマオリ訳だけではその危ない本質を理解することはできなかったであろう。 　それでも、５月までに、ホブソン使者はマオリ首長５１２人の署名を集め、１８４０年５月２１日「ニュージーランド全土がイギリス植民地となったこと」が宣言された（山本真鳥編『オセアニア史』１７５頁）。 　ニュージーランド会社は、「マオリから購入した土地を転売することで利益をあげる予定であったが、ワイタンギ条約によって、国王の先買権が定められたためにそのうまみはなくなり、１８５８年には解散した」（山本真鳥編『オセアニア史』１７６頁）。ウェイクフィールドの意図した「資本家とその下で働く小作人という図式」は、「土地を購入する資本家が少なかったために、ニュージーランドで根をおろすことはなかった」が、その結果、「比較的早くから自作農が生まれ、ニュージーランドがイギリスの階級社会を脱することができた」（山本真鳥編『オセアニア史』１７７頁）。 　以後、政府が移住計画を推進し、補助移民１０万人を送り込んだ（山本真鳥編『オセアニア史』１７７頁）。 　マオリ人口は、１８４０年８万人、１８９１年４万２千人に半減し、移住者たちは「彼らをいずれは絶滅する民族」（山本真鳥編『オセアニア史』１８０頁）とみた。 　マオリ王国擁立運動　１８５８年、ワイカトのマオリ諸族は大集会を開き、「ンガティハウア族の非凡な首長であるタミハナの提案に従って、ワイカトの有力首長テフェロフェロ（キリスト教徒）をマオリ王に選出し」、彼は「ポタタウ王と名乗り、王国独自の法秩序、旗、軍隊などの制度を整え」（山本真鳥編『オセアニア史』１８２頁）た。 　このマオリ王は、「ワイカト地方のみならず、タウボ湖、さらには東海岸、タラナキの一部のマオリからも支持され」、「彼らは『マオリ王のマナ（呪力）が及んでいる土地はタブ（禁忌）である』とし、移住者たちと戦火を交えるつもりはなかった」（山本真鳥編『オセアニア史』１８３頁）。 　タラナキ土地騒動　タラナキでは、「土地売却派と反対派のマオリ間の抗争が続」き、「ンガティ・アワ・テイラがワイタラ川近くの土地を売るたいと申し出た」が、首長ウィレム・キンギは「彼にはその権利がない」と反対した（山本真鳥編『オセアニア史』１８３頁）。 　１８５９年３月、トマス・ブラウン総督はタラキナに乗り込み、「キンギがその土地の一部を所有しているのでない限り、他人が土地を売ることを妨害することは許されない」と批判し、「その土地がテイラの所有であることを確認した」（山本真鳥編『オセアニア史』１８３頁）として、購入を決めた。しかし、１８６０年測量が開始されると、キンギ一族が測量を妨害したので、土地戦争が起き、キンギ側には当初の３００人に「南タラナキ、・・マオリ王の配下であるワイカトのマオリ」も加わり、１５００人となり、「ニュージーランド政府の連合軍３０００人」と戦った（山本真鳥編『オセアニア史』１８３頁）。政府軍は、「地理に明るく勇敢なマオリ族」に苦戦し、１８６３年グレイ総督は「訓練を積み、近代的な装備も整ったイギリス本国とニュージーランド政府の連合軍隊１万２千人を投入して、鎮定したが、勇猛果敢さに驚き、四散したマオリ族まで制圧することはできなかった（山本真鳥編『オセアニア史』１８４−５頁）。 　「土地戦争はマオリとヨーロッパ人の間に深い憎悪をもたらし、パイ・マリレやリンガトゥンのような宗教に裏付けられた（武力）抵抗運動も生み出し」たり、「タラチキのパリハカに見られたような無抵抗不服従の宗教運動もあった」が、政府は「土地の不法占拠」で指導者テ・フィティを逮捕し「運動を抑圧」した（山本真鳥編『オセアニア史』１８６頁）。 　１８６０年以降、マオリは、�@「土地戦争による強制収容によって多くの土地を失」い、�A１８６５年先住民土地法で「ワイタンギ条約に記載されていた国王先買権の廃止」と「先住民土地法廷の設置」が定められ、「法廷は個々のマオリの請求に応じて、それぞれの土地の区画を決定し個人の所有権を確定し」、これによって「マオリの土地共同所有を個人所有にきりかえて、土地譲渡を容易」にし、土地を失った（山本真鳥編『オセアニア史』１８７頁）。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　小 括 　オーストラリアは、アメリカ独立の影響を受けて、一挙に植民地化が推進され、流刑植民地・移民植民地を経て、イギリスがアメリカに望んでいたこと、即ちイギリス「産業革命」への原材料供給植民地へと再編されていった。植民過程で先住民アボリジニの虐殺がなされ、アボリジニの「高度」精神的な居住土地が侵略されたが、羊毛が主産業として展開していったことが、アメリカとは異なってオーストラリアでは先住民奴隷化はもとより、黒人奴隷制も展開することを防止した。 　北部オーストラリアの植民地開発を抑制する厳しい自然がアボリジナルを生きながらえさせ、かつ奴隷制抑制のオーストラリア良心が、近代において、アボリジナル虐殺・「一部」奴隷化を深く自省させ、先住民復権運動を展開させることになる。現在のところ、オーストラリア先住民復権気運はアメリカ先住民復権運動を誘発させてはいないが、今後オーストラリア・アボリジナルがアメリカ・インディアン（or Native American）と連帯するのか否か、注視してゆきたい。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２０１８年７月１５日　第一稿 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　世界学問研究所　総裁　　千田　稔

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